競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第14話

2007年08月25日 | エースに恋してる
 ワンボックス車がとも子のマンションの前に駐まった。あたりを見回したが、マスコミらしい人影はないようだ。
「明日11時になったら、迎えに来るから」
 運転手さんはそう言い残すと、ワンバックス車とともに行ってしまった。オレととも子は顔を見合わすと、マンションのエントランスへと歩き出した。しかし、さっと2つの人影がオレととも子の行く手に立ちふさがった。1人はカメラを構えていた。だれがどう見てもマスコミだった。
「キミたち、恋人同士なんでしょ!?」
 オレは慌ててとも子を自分の身の陰に隠した。
「な、なんなんだよ」
「ここで毎日やってるの?」
 何言ってやがるんだ、こいつ? カメラを構えたヤツのカシャカシャとゆーシャッター音が、急に耳障りになった。オレは思わずそのカメラを振り払おうとした。
「何撮ってんだよーっ!!」
「おーっと」
 カメラを構えてるやつが、さっとカメラを守るように身をそらした。すると、しゃべり担当の方が、その声色を変えた。
「おおっと、暴行罪が成立しちまったよ。このまま警察に訴え出りゃ、おまえらの甲子園行きは永久におじゃんになっちまうな。
 さあ、言えよ、おまえら、毎日ここでやってるんだろ!?」
 なんだよ、こいつら!? けっ、こーなったら、破れかぶれだ!!
「ああ、やってるよ!! 毎日やってる!! やっちゃ、いけねーのかよ!?」
 2人のチンピラマスコミは顔を見合わせニヤッとすると、道をさっと開けた。
 ふととも子を見ると、とも子は顔を赤くしてうつむいてた。もうどうにでもなりやがれだ。オレはとも子の手を引き、2人のチンピラマスコミに撮影されながら、エントランスに入った。
     ※
 このマンションはとっても背が高い。恐らくこの街で1番高い建物だとと思う。とも子の、いや、聖カトリーヌ紫苑学園が借りた部屋はその最上階にあるから、外から見られる心配はないのだが、それでもとも子は、すべてのカーテンを閉じた。
 とも子はすべてのカーテンを閉めると、目を閉じ、唇を突き出した。キスをねだるポーズだ。ここでキスをすれば、2人は行き着くところまで一気に行ってしまうと思う。でも、もう外堀は埋められてしまった。いや、自分で埋めてしまったとゆーのが正解だろう。もう後戻りはできなかった。
 しびれを切らしたのか、とも子の方から来た。思ったとおり、とも子は舌を入れてきた。しかし、とも子の身長は145センチ、オレの身長は185センチだから、とも子はむりな背伸びをする必要があり、すぐに唇を離した。その直後、とも子は仔猫のような笑みを浮かべた。そう、あのときと同じ笑みだ。そしてとも子は、あのときと同じように制服を脱ぎ出した。あのときと同じ、薄黄色のかわいいブラジャーがあらわになった。オレののどか異様に乾き出した。心臓が異常に早く、なおかつ強く打った。
 しかし、ここである疑問が浮かんだ。その疑問をストレートにとも子にぶつけてみた。
「とも子、キミは処女か?」
 その質問に対し、とも子はただ笑みを浮かべているだけだった。どうやらオレの質問が耳に入ってないらしい。しかし、とも子はきっと処女だと思う。女の初体験は心身ともにきつい負荷をかけることくらい、野球一筋のオレだって知ってる。今ここでとも子とやっちゃ、まずいだろ?
「とも子、今日はやめよ」
 とも子ははっとすると、とたんに情けない顔になり、首を横に振った。
「とも子、よーく聞いてくれよ。今キミの身体は、キミとオレだけのものじゃないんだよ。聖カトリーヌ紫苑学園野球部全員のものなんだよ」
 しかし、とも子の顔は、まだ納得してないようだ。
「とも子だって、甲子園に行きたいんだろ? 大事な試合の前の日にやっちゃだめだ。甲子園行きが決まったら、思う存分やろ」
 とも子はまだ納得してないようだ。もっと説得が必要なようだ。
「オレは聖カトリーヌ紫苑学園野球部のキャプテンだ。キャプテンはチームの勝利を優先させなくっちゃいけないんだ。
 オレは自己責任だから今ここでキミの身体に傷をつけたってどーってことないが、他のナインはどうする? 中井は? 唐沢は? 北村は? ここまで人一倍頑張ってきた箕島はどうする? あいつだって、ここまで来たら甲子園に行きたいだろ。
 オレは聖カトリーヌ紫苑学園野球部のキャプテンとして、甲子園までの残り2試合、キミに全力投球して欲しい。だから、今はやりたくないんだ。
 わかってくれよ、とも子」
 とも子はうつむいた。むりやり納得してくれたようだ。今度はオレが身をかがめ、とも子にキスをした。とも子は舌を入れてこなかった。本当に納得してくれたようだ。
     ※
 オレはとも子に導かれ、ダイニングキッチンに入った。どうやらとも子は何かご飯を作ってくれるようだ。ふと時計を見ると、順延となっていた準々決勝が行われている時間だった。とも子がつくるご飯も気になるが、その試合も気になった。実はその勝者と次の準決勝で当たるのである。
 オレはとも子に許しを得て、テレビをつけた。
     ※
 テレビに映し出された試合は、城島高校対鮎川工業戦。そう、あの因縁の城島高校である。一方の鮎川工業は、去年夏の甲子園に出場した古豪である。試合はすでに9回の表まで終わっており、2対0で鮎川工業がリードしてた。
 9回裏、城島高校最後の攻撃。トップバッターはカウント2─3から微妙なタマを見てフォアボールを獲った。なんか、若干ストライクぽかったが…
 続くバッターは、二遊間寄りのショートゴロ。ショートはセカンドにトス。セカンドはファーストに送球。ゲッツー… しかし、1塁塁審はセーフの判定。おかしい、今のはぎりぎりだが、アウトのタイミングだった。と、カメラが切り替わり、2塁ベースを映し出した。なんと、そこにはアウトになったはずのランナーが立っていた。テレビのアナウンサーと解説者の会話によると、セカンドが早く2塁ベースを踏んでしまい、ショートからの送球を受け捕ったときは、すでに2塁ベースを通り過ぎていた、と判定されたらしい。いや、それもおかしい。ショートからの送球を受け捕ったとき、セカンドの足は確実にベース上にあった。いったい、どうなってるんだ?…
 鮎川工業は抗議したが認められず、ノーアウトランナー1塁2塁で試合は再開された。
 バッターは柴田。カキーン!! 柴田の打球は、左中間を真っ二つに割った。このままだと2塁ランナーばかりか、1塁ランナーまで生還してくる。同点… しかし、打球は1バウンドでフェンスを越えた。エンタイトル2ベースだ。これだと2塁ランナーはホームインとなるが、1塁ランナーは3塁止まりとなる。
 しかし、なんと1塁ランナーが手を叩きながらホームインしてきた。続く柴田も、バンザイしながらホームイン。なんと、ホームランと裁定されたようだ。つまり、サヨナラ逆転ホームランである。そんなバカな!!
 テレビは別角度から撮った映像を流したが、どう見ても柴田の撃ったタマは、フェンス手前で1バウンドしてからスタンドインしてた。
 当然鮎川工業は猛然と抗議したが、審判団はさっさと引き上げてしまい、高校野球につきものの試合終了のあいさつも、校歌斉唱もなしに試合は終了してしまった。グランドにたくさんのゴミが投げ込まれた。
 あまりにもおかしすぎる。信じたくはないが、城島高校は絶対裏で何かやってると思う。オレたちはこんな汚いやつらと闘わなきゃいけないのか?…
     ※
 とも子がスパゲッティを作って持ってきてくれた。上に載ってるミートソースは缶詰っぽいが、それでも初めて食べるとも子の手料理は美味しそうだった。ふととも子も、テレビ画面の中の異常に気づいたようだ。彼女も心配してるようだ。
 とも子の気ががテレビ画面に向いてる最中、オレはなんとなく部屋の豪華さが気になり出した。なんで聖カトリーヌ紫苑学園は、こんなに立派な部屋をとも子に貸し与えたんだろ? 園長が言ってた「かなり特殊な事情」って、いったいなんなんだろう?…
 今日一日でさらにとも子の謎が増えてしまった。ああ、とも子の正体を知りたいなあ…
     ※
 ふとオレの目が、サイドボードの中段にある写真立てを捉えた。それは中学生らしい男女が1人ずつ写っている写真だった。2人はどうやら恋人同士らしい。色合いが微妙に不自然なところを見ると、古い写真を最新のデジタル技術で修正してあるようだ。
 驚いたのは男の方だ。オレとどことなく似てるこの男は、おじいちゃんにそっくりなのだ。それ以上に驚きなのが、女の子の方。髪形こそ違うが、とも子に酷似してるのだ。なんなんだ、この写真は?…
 ふとその写真立てを取り上げる手が。とも子の手だった。とも子はいつもと違う笑みをオレに見せると、その写真立てを持ったまま、部屋を出て行ってしまった。
 どうやらオレは、見てはいけない写真を見てしまったらしい。てことは、あの写真の女の子はとも子? じゃ、男の方は? とも子がいつぞや言ってた、甲子園で準優勝したピッチャーなのか? しかし、それにしても、おじいちゃんにそっくりだっだ… おじいちゃんも甲子園準優勝投手。もしかしたら、とも子の昔の彼って、オレのおじいちゃん?… いや、そんなバカなことがあるか。とも子はオレと同じ18歳だろ?…
 ああ、頭が混乱してきた…
     ※
 話によると、おじいちゃんはオレと同じ中学2年の頃から頭角を現わし、高校1年の夏から甲子園を席巻していたとか。しかし、いまいち勝ち運に恵まれず、最後の甲子園となった高3夏の準優勝が最高だったらしい。
 その後鳴り物入りでプロ野球に入団するも、ぜんぜん芽が出ず、一軍で1勝も挙げることもなく、退団したようだ。
 でも、おじいちゃんは夢を捨てきれず、一人息子、つまりオレの親父を幼い頃から徹底的にスパルタで鍛えた。親父はかなり嫌がってたらしいが。
 スパルタ教育のお陰か、親父はリトルリーグの頃から頭角を現わしたが、中学生に入ると肩とひじが痛み出した。でも、おじいちゃんはそれを仮病と思い、毎日苛酷なピッチング練習を課した。気が付いたときは、親父の肩とひじはボロボロになっていて、投手生命は絶たれた。
 おじいちゃんはそうとう反省したらしい。そして、2度と野球に係わらないと誓った。が、しかし、オレが生まれ、オレが左利きだとゆーことに気づくと、急に気が変わった。左利きは野球、特にピッチャーには貴重な人材なのだ。
 オレは物心つく前からおじいちゃんに野球を覚えさせられた。ただ、親父のときのような一方的なスパルタではなく、ほめられおだてられながらの野球教育だった。
 また、親父のときの反省から、最初オレは、ファーストを守らされた。ピッチャーに転向したのは、骨が固まった中2のとき。オレはすぐにチームのエースとなり、おもしろいように三振を獲りまくった。半年もしないうちに、オレは数十年に1人の逸材と言われるほどのスーパーエースとなっていた。
 すべてがおじいちゃんの計算どおりだった。しかし、あの事故。おじいちゃんは即死し、オレは投手生命を絶たれた。おじいちゃんはつくづく運のない人生だった…
     ※
 園長先生の話だと、そんな野球一筋なおじいちゃんにも、とも子みたいなかわいい彼女がいたらしいが、さっき見た写真は、明らかにおじいちゃんととも子だった。いったいあの写真はなんだったんだ?
 もしかしたら、あの写真の女の子は、とも子のおばあちゃんなのかも… オレのおじいちゃんととも子のおばあちゃんは恋仲だった。とも子はそんなおばあちゃんからオレのおじいちゃんのことを聞かされ育った。そのせいで、孫のオレに恋心を抱くようになった…
 ふっ、そんなバカな… だいたいとも子は、おじいちゃんを殺し、オレの投手生命を奪ったあのスポーツカーの運転手の妹だろ?
 いや、それも怪しい。オレの脳裏に焼き付いてるあの女の子ととも子は、どう考えたって別人だ。だいたい当時の新聞記事によれば、あの女の子もあの交通事故で大ケガを負ったはず。でも、さっき見たとも子の裸には、ケガのあとも手術のあともまったくなかった。だから、絶対無関係だ!! け、けど、声を失った原因は、あの事故だったとしたら?…
 食事が終わるといつものようにとも子とおしゃべりをしたが、いろいろと考えることが多過ぎて、いまいちおしゃべりに身が入らなかった。あの写真はいったいなんだったのかとも子に訊きたかったが、それもできなかった。