競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第10話

2007年08月21日 | エースに恋してる
 ベンチに戻ると、みんな、歓喜でオレを出迎えてくれた。しかし、オレはあまりうれしくなかった。こんなやつからホームランを撃ったって、なんにもうれしくないのだ。でも、2ランホームランは2ランホームラン、一気に2点ゲットだ。いや、今の岡崎なら、もっと点が獲れるかもしれない。次のバッターは、チーム一器用な中井…
 オレはバッターボックスに向かう途中の中井を呼び寄せ、耳打ちをした。
 中井への1球目。指示通りのセーフティバント。打球は岡崎の右手側に転がった。右ピッチャーの岡崎は、左手のグローブでそのタマを捕りに行った。が、逆手となった岡崎のグローブは、タマにはちょっと届かず、結局ショートが捕った。当然のように、内野安打。ふふ、思った通り、岡崎は浮足立っている。
 次の鈴木は、最初っからバントの構え。打球は岡崎の守備範囲内に転がり、今度は無難に処理… と思った瞬間、岡崎はすってんころりんと尻もちをついてしまった。こいつ、まじで身体を作ってなかったようだ。
 次の北村には、初球尻にデッドボール。これでなんと、ノーアウト満塁。大量得点のチャンスだ。このチャンスにまわってきたバッターは箕島。そう、野球歴2年とちょっとのあの箕島である。
 あの事件以降、箕島は人一倍練習をし、とりあえず守備は合格の域に達していた。しかし、バッティングの方は、まだこれからとゆー状態である。
 ここはバッティングのいい森に代えるべきか?… いや、森はまだ1年生。ここで1年生に代えたら、やつのプライドはズタズタになってしまう。こんなところでやつを傷つけてどうする? オレは箕島にこのチャンスを託すことにした。
 バッターボックスに入る寸前、箕島がオレを見た。オレは特にかける言葉はなかった。ただ瞳で「やれ」と言ってやった。箕島はなんの反応も見せず、バッターボックスに立った。
     ※
 1球目、空振り。2球目、空振り。やっぱりだめか…
 しかし、3球目、バットにボールが当たった。ふわふわ~とした打球が3塁後方に飛んだ。なんとこれは、城島高校との練習試合で箕島が醜態をさらしてしまったあのフライとまったく同じフライだ。ふつうならショートフライだが、当のショートは前進守備中。慌てて下がるショート。しかし、届いてしまいそうだ。ランニングポケットキャッチ。が、グローブとユニホームの透き間からボールがこぼれ出た。おまけに、勢いが止まらないショートの足が、そのボールを蹴飛ばしてくれた。ボールはそのままファールゾーンを転々とした。岡崎のファンの悲鳴が響くなか、3塁の中井と2塁の鈴木がホームインした。バッターの箕島は、2塁ベース上でガッツポーズ。エラーっぽいが、なんとあの箕島が2点もの得点を叩き出してくれた。
 これで、この回4点、都合5点。桐ケ台高校のファンも応援団も、完全に沈黙した。騒いでるのは、オレたち聖カトリーヌ紫苑学園のベンチだけだった。
     ※
 ノーアウトランナー2塁3塁。まだチャンスは続いていた。このチャンスにバッターはとも子。そういや、とも子が昔ほれてた男も、甲子園準優勝投手だったんだっけ。オレに野球を教えてくれたおじいちゃんも甲子園準優勝投手。今マウンドに立っているだらしのない男も甲子園準優勝投手。なんて皮肉な巡り合わせだ。
 とも子はピッチングに専念させたいので、打順が廻って来たらバッターボックスの一番外側に立つように指示してたが、とも子はその指示どおり、バッターボックスの一番外側に立った。岡崎にはアウトを1つくれてやるってゆーのに、なんと初球は、とんでもない暴投だった。3塁ランナーの北村は、労せずしてホームに帰って来た。この回、5点目、都合6点となった。
 別に岡崎を弁護するわけではないが、まったく撃つ気のないバッターは、意外と投げにくい。オレもよくフォアボールをやった。おまけに、とも子は超小型だから、ストライクゾーンもかなり小さく、とても投げにくいと思う。
 しかし、ここまで外すのは論外だ。すでに岡崎は限界を越えてるようだ。桐ケ台高校の監督もそう思ったんだろう。敵ベンチから伝令が走った。結局、アウトを1つも獲れずに、降板である。
 今日の岡崎は明らかに調整不足… いや、まったく調整してなかった。どんな弱い相手でも、万全に調整しておくのがエースの心構え。岡崎、おまえはエース失格だ!!
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 桐ケ台高校の3番手ピッチャーは友部。投球練習を観察したが、こいつはちゃんと調整してるようだ。岡崎よりも、その前の安藤よりも手ごわそうだ。
 このピッチャーに、とも子は見逃しの三振。1番渡辺も2番大空も、あっとゆー間に撃ち取られた。しかし、この回、我が学園は5点も挙げた。都合6点。もう楽勝ペースだ。
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 その裏の桐ケ台高校の攻撃は1番から。そいつが見事な流し撃ちを見せた。打球はオレを襲い、オレは思わずはじいてしまった。が、はじいたボールはオレの目の前にあり、それを素早く拾って直接ファーストベースにタッチし、事なきを得た。どうやら敵さんは、バットを短く持ってこつこつと当てていく戦法に切り替えたらしい。ふふ、ならこっちもベールを脱ぐとしますか…
 オレはブロックサインを送った。とも子はそのサインに気づかなかったが、北村が気づき、とも子にサインを送った。するととも子は、はっとしてオレを見た。その顔はいつも見せてるかわいい笑顔だった。ふふ、そんな顔を見せるなんて、とも子もあのタマを投げたかったんだな。
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 とも子はここまでセットポジションで投げてたが、このときはぎこちなく振りかぶって投げた。次の瞬間、とも子独特の伸びのある豪速球が、あっとゆー間に北村のミットに納まった。低めのストレートを待っていただろう敵バッターは、あまりのスピードに、ストライクゾーンど真ん中にボールが来たとゆーのに、びびってバッターボックスを飛び出してしまった。主審もびっくりしたらしく、ストライクのコールがかなり遅れて出た。球場全体が一瞬沈黙し、そして徐々にざわめき出した。桐ケ台高校のベンチも、ただ唖然とするしかなかった。ふふ、どんなもんだ。これがとも子の本性だ!!
 それでも桐ケ台高校打線は、とも子の低めのストレートに狙いを絞った。しかし、ときどき混じる超ハイスピードボールと、ストライクゾーンからボールゾーンに逃げて行くカーブに惑わされ、まったく勝負にならなかった。結局この回の桐ケ台高校の攻撃も、3者凡退に終わった。
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 次の回、うちの攻撃。3番唐沢が撃ち取られ、オレの打順。よーし、また大きいの狙ってやろーとバッターボックスに立ったが、敵のキャッチャーはなかなか座ってくれなかった。どうやら敬遠らしい。敬遠はホームランバッターの勲章。どうやらオレは、一流のホームランバッターと認定されたようだ。ま、正直なところ、撃ちたかったのだが…
 オレは1塁ベース上に立つと、なにげにスコアボードを見た。スコアボードの巨大な時計は、1時30分を指し示していた。もうあの判決が出てる時間… 今すぐ電話か何かで結果を聞きたいが、今は公式戦の真っ最中。試合に集中しないと…
 5番中井、6番鈴木は凡退し、この回は無得点に終わった。以後我が聖カトリーヌ紫苑学園は、オレが再び敬遠された以外、まったく撃てなくなってしまった。一方桐ケ台高校打線も、相変わらずとも子を撃てず、試合はトントン拍子に進んだ。
     ※
 8回の裏、桐ケ台高校の攻撃。この回の先頭バッターは4番。ついにそいつのバットが火を噴いてしまった。打球はセンター前に転がった。さすがは桐ケ台高校の4番である。これでとも子のパーフェクトは消滅した。
 パーフェクトやノーヒットノーランが途切れると、そのとたん緊張の糸がぷつりと切れ、集中打を浴びてしまうことがよくある。ここは内野手全員をマウンドに集め、インターバルを兼ね、とも子をはげました方がいいかも…
「ドンマイ!!」
 と、サードの中井がとも子に声をかけた。とも子はその中井に笑顔で「はい」と答えた。
 そう、我が聖カトリーヌ紫苑学園のエースはとも子。エースはもっと信頼しないと。ヒット1本くらいでいちいち内野手を集めてどうする? ここは中井の一言で十分だと思ろう。
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 ノーアウトランナー1塁。とも子はランナーがいなくてもセットポジションだが、実際ランナーを背負ってのセットポジションには、ちょっと不安がある。それに、投球回数も気になってきた。次のタマがちょうど100球目。とも子のスタミナは、はたしてどれくらい持つのだろうか? 桐ケ台高校は岡崎を中心とする守備のチームだが、その気になれば、10点くらいは平気で獲れると思う…
 心配してた通り、次のバッターにも狙い撃ちされてしまった。打球はとも子の右側を鋭く抜けて行った。完全にヒット性の当たり… が、なんと、ショートの箕島がダイビングキャッチ。寝転んだまま、セカンドの鈴木にトス。鈴木は振り向きざま、ファーストのオレに送球。なんと、ダブルプレイが成立した。あ、あの箕島が、こんなすごいプレイを見せるなんて…
 箕島は野球を続けててよかったと思う。本当によかったと思う。その箕島を野球部に引き戻したのはとも子。だから箕島は、とも子のためなら一生懸命プレイできる。いや、箕島だけじゃない。みんな、とも子を信頼してる。ナインに信頼されてるエースがいるチームは、本当に強くなるチームだ。もしかしたら、オレたちはまじで甲子園に行けるかも…
     ※
 次のバッターも、快音を響かせた。打球は大きな放物線を描き、レフトスタンドへ。しかし、フェンス手前で失速し、大空のグローブに納まった。もしもう少しとも子のタマが高かったら、フェンスを越えてたと思う。ここはもう潮時だろう。オレはベンチに帰る途中、とも子の肩を叩いた。
「とも子、お疲れさん。今日はここまでにしよう」
 とも子はいつもの笑顔を見せることで「はい」と返事してくれた。まだ投げたいと思うが、とも子は素直にオレに従ってくれた。が、北村から意義が出た。
「え、まだ1点も獲られてないのに、交替?」
「とも子はもう限界だよ」
「で、でも、まだヒット1本しか撃たれてないんですよ!?」
 一理ある意見だ。もしオレがとも子の立場だったら、絶対腐ると思う。スタミナ的には限界であっても、6点差ならまず引っくり返される心配がない。先発ピッチャーはマウンドに登ったからには、最低完投はしたいもの。とも子だって、完投したいと思う。しかし、相手は桐ケ台高校だ。石橋を叩いてでも渡りたい。
 ここでとも子を替えたい理由がもう1つある。うちの監督が唐沢をリリーフに使いたくなったらしい。例の城島高校との練習試合で唐沢がラスト3人を完璧に押さえたことに監督が注目したようだ。唐沢もその気になってるようで、最近よくピッチング練習をしてた。やつを試すんなら、6点差ある今がちょうどいいタイミングだと思う。
 北村はまだけげんな顔をしているが、すでに唐沢はベンチ脇でピッチング練習を始めており、この回2人目のバッターになるはずだったとも子にも、すでに代打が告げられていた。
 そして9回表の我が校の攻撃が終了した。試合はいよいよ9回の裏、桐ケ台高校最後の攻撃である。