第什話 関心
スーパーマーケットで万引きが見つかって、店員に事務所へ連れられた少年は、品物は出して万引きを認めたものの、両親や自宅等の連絡先は口を噤み、答える気配がなかった。
「君、その制服は北中でしょ、先生呼ぶか、お巡りさん呼ぶかしないといけなくなるよ。それでもいいの?」
少年は、それでも口を動かさず、表情さえ変えなかった。目線をテーブルに落としているだけだった。
店内のBGMとパソコンの電子音とが同じくらいの音量で聞こえるくらい、店員と少年の会話は途絶えた。店員は時折、咳払いをして、少年が喋り出さないかとイライラが増していった。
「サクライ君か、またやったんだ、嫌なことでもあったかい」
「店長、この子知ってるんですか」
店員にとっては、その少年が言葉を発さず、呆れていた時間が長く思えていて、店長の言葉を聞いて、店長以外の人達もこの少年を知っていて、自分自身に何もいわなかったことを不信に思った。
「はい、年に一回くらいかな、すまないコヤマさん、嫌な気分にさせてしまって。半年目だよね、うちの店舗にきて。この子は母子家庭でね、幼い頃はいじめられてたんだ、死んだうちの子と一緒にね」
店長は少年の目の前で、少年が嫌がるであろう話題を躊躇なく話し出した。
「えっ、えっ、そ、そんなことがあったんですか」
コヤマはとてつもない不吉な話を耳にしたと感じ、驚きが隠せなかった。
「サクライ君、まだ辛いんだね、私も辛いんだけど、もう戻ってはこないわけだから、受け入れようじゃないか。君が明るく、今より少しだけでいいんだ、明るく過ごせてると、ミツオは喜んでくれると思うんだが」
店長は諭そうとしたが、少年は少しだけ歯を食いしばるだけで、目線を変えようともしなかった。
「私はね、何度も話してるけど、嬉しくもあったんだ。ミツオの敵を取ってくれたんだってね。確かに、君が独りで20人に向かって行って、いじめた奴らを殺すなんてことはできないさ。君も怪我をして、あの連中も怪我をして、それで漸く君とミツオがいじめられてたのが分かったんだから、それが、敵をうつってことになったと私は信じてる、ミツオのためにありがとう」
店長のその語りにコヤマは、想像を絶するドラマのような非日常的なできごとがあったのだろうと、あの不信感が消えていき、この少年がヒーローのように思え、話の続きを興味深く覚えた。
「て、店長、何があったんですか、この少年はいったい」
抱いた興味を満たしたく、コヤマは店長に続きを促した。
「そうだね、コヤマさんは聞いてた方がいいね」
当時の経緯を話し始めた。
ミツオとサクライは近所同士で、物心つくと兄弟のように仲良しだった。典型的な幼馴染だ。それと、お互い負けず嫌いで、勉強やスポーツ、体育の授業でのスポーツ等を切磋琢磨していて、小学校一年生の頃からクラスの一番と二番を争っていて、誰もが追いつけない成績だった。
小学校4年生になると、突如、2人に対抗心を持つグループができてしまい、いじめが始まった。2人は同級生達を邪険に扱うことはなく、下げ下すことすら一度もなかった。ミツオはかなりのショックを受け、徐々に成績は落ち、表情が暗くなっていった。
心配になったサクライは、ミツオを庇うように、その集団へ暴力は振るわず、話しで解決しようと立ち向かっていった。自分が殴られても決して手は出さなかった。何故、集団で攻撃してくるのかを問い、自分達を攻撃しなくても済む方法論を提案していた。しかし、いじめっ子集団は聞く耳を持たず、日に日にエスカレートしていった。サクライの行いは逆効果だったのだ。
その年の冬にミツオは、校庭の端にある桜の木で首を吊った。
「ミツオを強く育ててやれなくて申し訳なかったって思ったよ。そして、この子には10歳にして、重い荷物を背負わせてしまったんだ、私の家族のために、ミツオのために背負ってしまった」
店長は静かに言葉を止めた。
「いじめる奴らが弱すぎたんですね」
少しの沈黙の後、コヤマは口を開いた。
「いじめには無視することと、逆に、常になんらかの攻撃をするのと二種類に分けられると思うんです、無視の方が最悪ですよ、いじめの対象になる方をいない存在にしようとしてる。つまり、関心をなくす、愛情を向けないってことです。サクライ君は、いじめてきた連中にも愛情を持ってたと思います。その連中もミツオ君とこの子にも愛情があったのでしょう、何かのきっかけで、それが憎悪に変わってしまったと思いますよ」
コヤマはそう話し出した。
「友情、友愛の気持ちがいつのまにか憎悪に置き換わってしまって、憎悪どうしが反発しあってたというわけだね、そうかもしれないな」
店長は頭を柔軟にコヤマの話を受け入れた。少しだけサクライの表情が緩んだ。
「攻撃し合うなんて正にそうですよ。お互い対立し合ってますけど、こうして欲しい、ああして欲しいって思いがあるわけですから、況してやサクライ君は最初、話し合いで決着をつけようとしたわけですから、憎悪なんていいましたけど、大きな誤解だったんじゃないかな」
コヤマは肯定的に捉えていた。サクライはそれを聞いて、コヤマの顔を見上げた。
「そうなんだよねサクライ君、恐らく、その誤解を生んだきっかけなんて覚えてないんだろうけど、そうだと思うんだ僕はね」
サクライは顔だけではなく身体をもコヤマに向けて号泣した。
「そうか、サクライ君、泣きなさい。君は友愛の精神を持っての行動だったんだな、私はそこまで考えようとしてなかったよ」
店長はコヤマを向いて座ったまま涙を流すサクライを抱きしめた。
「コヤマさん、店長さん、ありがとうございます。僕は自分自身を無視してたようです、話して分かってもらえるだろうと思ってました。でも、拗れてしまって気がついたら鉄パイプを振り回してました。なんでそうなったのか覚えてません。感情が爆発したんだとは思いますが、でも、コヤマさんのいうことが理解できたような気がします。自分自身と向き合わないといけないって思いました。もう万引きはしません、すみませんでした」
店長は何年か振りにサクライの声を聞くことができた。コヤマは安堵な表情に変わった。
「失礼します。また、うちの子がご迷惑おかけしまして、すみませんでした」
サクライの母親である、この地域を所轄する警察署の生活安全課課長のサイバラユウコが事務所を訪れた。
「お久し振りです。ユウコさん、サクライ君、謝ってくれましたよ。今度赴任してきたコヤマさんの話しを聞いてね」
店長の言葉にユウコは驚きの表情を見せ、直ぐに笑顔になった。
「コヤマさん、赴任早々、サクライがご迷惑をおかけしてすみませんでした。この子は私と2人で生活してまして、親子だとなかなかお互いを受け入れるのが難しくて、少しは会話はあるのですが、この子を救ってあげられずにいて」
「母さん、ごめんなさい。コヤマさんから沢山なこと、教えてもらった。もう、万引きはしないよ、すみませんでした」
サクライは母親にも素直に謝った。
「そうなの、じゃあ今日のことは忘れないでね、立ちなさい」
サクライが立つとユウコは左頬を力一杯ビンタした。
「ありがとう」
サクライは一言そういった。そして、親子で丁寧に頭を下げ事務所を後にした。
「ユウコさんは、初めてじゃないかな、サクライ君をビンタしたのは」
「愛情がこもってましたね」
親子が事務所を立ち去り、程なくして店長とコヤマはそんな言葉を交わした。
終