K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-08-12 10:35:00 | 小説
第捌話 無知

「その気になったみたいだね。なら、君達の言葉で話をするよ。でも、全ては話さないつもりだけど。自分達でみつけて、解決策を考えていかないとね。それと、手遅れかもしれないし、まだ間に合うとかも自分らで判断しなきゃね。」
「厳しくはないか。」
「そんなことないさ。僕らだって、問題をみつけて、解決策を考えて生き延びてきたわけだから。」
 
 世界の人口がピーク時と比べると半数以下に減少し、2/3の国々が破綻し、食料不足や経済成長もマイナスの数値を更新し続け、人類滅亡が近しい時代だった。
 
「お願いします。勉強させて下さい。また、我々人類は、古の繁栄を取り戻したいのです。」
 
 ある日、総理官邸に現れた2体の地球外生命体(外体)と総理大臣が相談し始めた。
「繁栄はもう無理だよ。君達は酸素を使いすぎたんだから。大気中の酸素濃度が激減してるは知っているでしょ。」
「君達がいう、ミトコンドリアに依存しすぎたんだよ。確かに酸素は、火力を高めてくれるから熱源が確保できて便利なのは間違いではないけど、元々は物を燃やしたり、鉱物を劣化させるために使えば良かったんだよ。理解できるかなぁ。それに加えて核分裂まで使ってしまったからね。」
 2体の外体は呆れ顔だった。
「太陽の光の方が効率いいのに、葉緑体だよ。それがポイント。」
 外体達の話を総理大臣は、メモを取るのに一生懸命だった。
「そうですか、ミトコンドリアと葉緑体ですか、久しく耳にしない単語ですねぇ。」
 総理大臣はボソッと口を滑られた。
「えっ君は、分からないの。地球上の生命体、特に、強進化を遂げてる生命体の基本的なホメオスタシスを理解するためには必要な知識なんだけど。」
「義務教育が間違ってたんだよ。自分達を知るためのことからどんどん離れていく内容になったからね。生命科学の観点から教育を考えてなかっただろ、均一化しようとしたり、他国より高い点数を取ろうとばかり考えてたよね。それが間違いなんだ。」
 外体の2体は、すかさず指摘した。総理大臣は俯き口を紡ぐだけだった。
「よし、専門家はいるよね。その人達にミトコンドリアと葉緑体がポイントで、酸素を使い過ぎだっていってあげなよ。そして、その2つをどう使うか研究してもらうんだ。分かったかい。」
「僕らは一旦帰るよ。見守ってるからね。」
 外体達は、光に包まれて消えていった。
 
 総理大臣は翌日から、医学や生物学、自然科学の専門家にミトコンドリアと葉緑体のことをあたった。しかし、全員が笑うばかりで、総理大臣の話に耳を傾ける者はいなかった。決断した。総理大臣は自分で勉強していこうと。
 
 1年が経過した。総理大臣は、葉緑体とミトコンドリアのことの理解を深めてた。酸素を使い過ぎたということは、ミトコンドリアを取り入れた地球上の生命体が地球と共生する方向性を間違えたのかと考えるようになった。また、葉緑体は基本的に植物にあるもので、人類がどのように活用したらいいのか悩んでいた。しかし、人体に葉緑体があると、人類は食物を食す量を減らせるであろう。酸素ではなくもっと二酸化炭素を消費することができるだろうと考えるようになっていた。
「やぁ、久し振りだね。専門家達は見向きもしないみたいだね。でも、君は確実に知識が増えたみたいだ。頑張ってるね。」
「片方は酸素を使って、他方は二酸化炭素を使って身体を働かすエネルギーを作っているんだよ。そこがポイントさ。君もこの二つをどう扱えはいいのかってところまで考えるようになったようだね。さて、この後はどうする?」
 2体の外体が再び現れ、一体がヒントを与えた。
「そうか、2つの機能を1つでできるようになればいいんだ。葉緑体にミトコンドリアの機能が備わえば、酸素を利用することができる。分かりました。その方向で考えていきます。実験方法を考えないといけないですね。」
 総理大臣の表情は明るくなった。
「おっ、いいところに視点を向けたね。頑張って、時間がないよ。」
 一体の外体は総理大臣を褒め、アドバイスを施した。
「へぇ、人類も捨てたもんじゃないねぇ。」
 もう一体の外体は嫌味っぽい雰囲気を出した。
「ありがとうございます。私は専用の実験室をつくります。お褒めの言葉ありがとうございます。」
 総理大臣は自分自身の成長と謎がとてけきたことに歓喜した。二体の外体は、それ以上のことは口にせず、光に包まれ消えていった。
 
 更に1年が過ぎた。
「任期が後1年なんです。去年、皆さんがいらした時と何ら進展がなくて、もう少し教えてもらえませんか。」
 頭は白髪になり、目の下にはくまができており、この1年間で10年分は歳をとったかのような変貌ぶりで、2体の外体が3度現れた時、総理大臣は窶れ顔で懇願した。
「まだ専門家は協力してくれないのかい。困ったねぇ。恐らく、君の限界だよ。同情するよ。」
 1体の外体は人類がパラダイムシフトし辛い生き物だと認識はしていたが、ここまで酷いとは想像していなかった。
「じゃあ、答えを教えてあげるよ。葉緑体にミトコンドリアのDNAを注入して、葉緑体が光合成の中でATPを作れるようにするんだ。そうすれば、酸素を使う量は減るし、二酸化炭素を消費量が増えるんだ。そうすると、オゾン層が再生されて太陽光から、紫外線を浴びることも減らせるよ。どうやってミトコンドリアからDNAを抽出するか、次はそこが問題になる。君は専門家の力を借りるべきだよ。」
 もう一体の外体は、その窶れた姿を憂い、想定外なことまで教えてしまった。
「この人、パニくるよ。でも、研究を進めていけるようにした方がいいか。」
 また、外体達は光と共に消えていった。
 総理大臣は、嬉しい反面、そういったことができる人に心当たりはなく、余計、不安を強くした。
 
 5年後、2体の外体が総理大臣に会いにくると、消えていなくなっていた。
「手遅れだったか。仕方ないか。絶滅したかな。まあ、地球中を探してみよう。人間のことだ、少しは生き延びてる連中がいるかもしれない。」
「それにしても、分からないってことは、身を亡しかねないな。恐ろしいよ。」
 2体の外体は地球を隈なく見回っても人類を見つけ出すことはできなかった。しかし、森は生い茂り、透き通った水が川をながれ、海も青々と輝き、人類以外の哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類は勿論、昆虫や節足動物が生き生きと暮らしていた。
 〝知らない〟ことの恐ろしさを2体の外体は再認識させられたのだった。
 
 終


短編小説集 GuWa

2021-08-06 18:28:00 | 小説
第漆話 窮迫
 
「お前だろ、認めろよ。目撃者だっているし、被害を受けた女性もお前の手だったって言っているんだ。認めろ。」
 警察署の取調べ室で、身なりが白のポロシャツにグレーのチノパンでカジュアルな姿ながら、会社員とだけいい、黙秘権を貫く男が事情聴取を受けていた。1時間程過ぎて、それに対峙する刑事はイライラしていた。
 
 2時間前、朝の満員電車で高校生の女子生徒に痴漢をしたとして、警察署に連行された自称会社員の男は、駅のホームで駅員に止められた時から負い目を見せない堂々とした態度を見せていた。
 その傍で、女子高生はスカートの中に手を入れられたと涙を流してた。

 女子高生の話によると、自分の真後ろに会社員の男がいて、その男の両隣は左側に女子高生の方を向く女性がいて、右側は背中を向けた女性がいたと。その左側の女性が咳払いした後、手がスカートの中に入ってきたとのことだ。そして、電車がホームで速度を落としながら止まるタイミングで、女子高生は自分の左手を身体の横から後ろに回すと、誰かの手が当たり、電車が止まって扉が開き始めるとその手の手首を握り、ホームへ会社員の男を引っ張り出すことになったようだ。
 それを見ていた左隣の女性は、痴漢をされたのかと女子高生に確認し、駅員に声をかけてきて対応するよういうと、去っていったようである。
 
 一向に会社員の男は黙秘を続けていて、事情聴取は進まない状態だった。そして、取り調べ室の中はイライラしている刑事の呼吸の音と、端にある机に向かって、パソコンに記録をとっている若い刑事の椅子が軋む音しかしなかった。
 そうしていると、イライラしている刑事は他の刑事に呼ばれて席を外した。
「あなたがずっと黙っているから、黙秘権はあなたの権利ですから構いませんが、恐らく、所持品からあなたの身元を特定したんだと思いますよ。家族や職場、スマートフォンとクレジットカードからあなたの日常の動きを調べたんだと思います。何か怪しい動きがあれば、今回の件以外も追及される恐れがありますので、覚悟が必要ですよ。」
 記録係の刑事が男にいった。
「脅迫ですか、刑事さん。」
 男は冷静な表情で、冷めた目線をその刑事に送った。
「まさか、私の個人的な意見です。アドバイスです。私の経験則からのね。」
 その冷静さに屈しないように刑事はいい返した。
 再び、取り調べ室の言葉は空気に吸い消されていった。
 
 程なくして、事情聴取していた刑事が取り調べ室に戻ってきた。
「お前さんは、独身で一人暮らしなんだな。さぞや、毎日寂しい思いをしてるんだろ。職場でも研究室に閉じこもってるらしいじゃないか。若い子が好みなのかい。社内では浮いた話の一つもないみたいじゃないか。制服姿の発育のいいJKが好きなんだろ。」
 その刑事は、会社員の男が痴漢をする動機を匂わすように、男の身辺調査から得た情報を結びつけた。しかし、男は黙っている。全く動じない。
 再び静けさに包まれるや否や、取り調べ室のドアがノックされた。
「あなた、もうそろそろ観念しなさいよ。あの子はとても落ち込んでるのよ。あなた、あの子の性器まで触ったらしいじゃないの。なんて酷いことするの。同じ女性として絶対許せないわ。」
 取り調べ室の扉を勢いよくあけ、怒鳴り込むように女性刑事が雪崩れ込んできた。
「おい、そうなのかい。ひでぇ男だなぉ。」
 男の刑事もその話に乗っかった。
「あの女子高生がいったのですね。確かですね。」
 会社員の男は初めて言葉を発した。
「そうさ。あなたみたいな男は許せない。」
 女性刑事は間髪入れなかった。
「この取り調べは撮影されてるのでしょうか?」
 男の冷静さは変わらない。
「ええ、そこのカメラで録画されてますよ。」
 記録係の刑事は素直にいった。だか、女性刑事と取り調べ係の刑事は一瞬、表情を歪めた。分が悪い表情に。
「分かりました。あの女子高生は痴漢された時に犯人に性器まで触られたわけですね。もしも、私が犯人であれば、私の手にはあの子の体液が残ってる筈ですね。ここに連れられてきて、一度も手を洗ってませんから、しっかり残ってる筈ですよね。調べてもらえますか。それと、私の弁護士を読んでもいいですか?」
 男は、女性刑事の発言に勝機を見出し、2つのことを要求した。
「応じる他ありませんね。」
 記録係の刑事は当然のこととそう答えた。
 数時間後、男が指定した弁護士が到着し、男を釈放することと、男の左右の指先の組織片を採取し、女子高生の体液から抽出されるであろうDNAを鑑定することを要求した。
 男は指先から検体を採取され釈放された。
「カツトシお疲れ様。これで、冤罪だったことを証明して、悪徳な権利を振り翳す奴らを明らかにできるよ。」
 
 数日後、その弁護士は怒鳴り込んできた女性刑事とともに女子高生に接見した。
「イガラシさん、私はあなたが痴漢をされたという男の弁護士です。今日は刑事さんを同席してもらって幾つかお話を聞かせて下さい。」
 弁護士はとても優しい声で女子高生が緊張しないように声をかけた。
「イガラシさんは、この刑事さんに痴漢された時に性器を触られたっていったようですが。おかしいんですよ。犯人とされた男からの指先からは、あなたのDNAが検出されませんでした。」
 弁護士は鞄からDNAの鑑定書を出して、二人に見せた。
「イガラシさん、嘘ついてたの?だめよ、そういう嘘は。」
 女性刑事は、準備された台詞のように女子高生にいった。
「私は触られたと思ったので、そういいました。怖くて、怖くてどうしようもないから。触られたと思い込んでたんでしょうか。」
 女子高生ははぐらかそうとしていた。
「突然の出来事で怖いとそうなるかもしれませんね。でも、この女の人とはどういう関係なんでしょうか?」
 弁護士は再び鞄の中に手を入れ、女子高生と独りの女性とが立ち話している写真と痴漢された日の駅のプラットホームで痴漢をしたと思しき男の手首を握り、俯き加減な女子高生とその傍にいる女性が駅員に話しかけている写真を取り出し二人に見せた。
「あ、あ、これは。私はこの人のいう通りにしないと学校、停学になるかもしれないので、その日から、あの男の人が犯罪者にしたてあげられると人生が駄目になるなって思ってて、もう辛いです。理由は分かりませんが、この人が仕組んだヤラセです。もう、こんなことしたくないです。」
 女子高生は涙を流しながら、女性刑事に右手の人差し指を突き立てた。
「あっ、あっ。」
 女性刑事は言葉を詰まらせ何もいえなかった。
「刑事さん、お金目的だったんですか?それとも出世のための点数稼ぎですか?」
 弁護士がそういうと女性刑事も涙を流すばかりだった。
「先輩、詳しくは署でお話聞かせて下さい。嘘は暴露るものですよ。」
 記録係をしてた刑事が弁護士事務所に入ってきて女性刑事を連行していった。
 
 痴漢を仕立て上げる事件は、今回で4度目のことだった。怪しく感じてた記録係の刑事がこの弁護士に相談したのだった。痴漢の検挙数を上げ、出世に利用しようとしたのである。あの取り調べをしていた刑事とグルになって。

 この痴漢の仕立て屋の二人は、警察署から最寄り駅が近く、あの女子高生が通う私立高校が設立されてまもなく、痴漢が増えたことを利用した邪気渦巻く策略だった。
 記録係の刑事と弁護士、弁護士の友人の会社員の男がチームを組んだおとり作戦が見事成功したのだ。
 しかしながら、罪が帳消しになった男性達の人生は完全に元通りになることはなかった。

 終


短編小説集 GuWa

2021-08-01 11:20:00 | 小説
第陸話 バイアス

 コウジ君とシゲル君は他の子達よりも身体がひと回り大きくて、時折、友達を困らせる行動が目についた。また、男女問わず2人への第一印象は〝怖い〟と思われることだった。それに反して、本人達は自ら友達へ危害を加えるようなことはしなかった。
 しかし、この2人の子は友達であって全くの他人だから、類似することばかりではない。
 コウジ君は無口で色白で、会話さえ成り立たず他人に目を合わせることさえしなかった。そのため、対人関係は成立できずにいて自分勝手な行動ばかりだった。思い通りに行かない事態に陥ると大騒ぎした。
 一方、シゲル君は、日焼けをしていて衣服で隠れない肌は色黒でよくおしゃべりをし、みんなに親切で大人のいうことはよく聞き、活発な子で肥満ながら気に入られる振る舞いが多く優良な幼児に見られがちだった。しかし、友達から意地悪なことをされたり、友達が意地悪をしているのを目にすると豹変し、普段の〝良い子〟の側面とは裏腹に我を忘れ、暴力を振るうのだった。

 要するに、コウジ君は自閉症を患っており、登園している時間帯以外は、自宅で過ごすことが多く、両親も無理に外へ出そうとはしなかった。いや、外に出て、行動パターンを遮られてパニックを起こされるのを両親は避けていたのだ。また、障がい児が通園できる施設は遠方にあり、通園用のバスさえ利用できず、シゲル君と同じ幼稚園へ入園する時期が遅れてしまい、中途入園を余儀なくしてしまったのだ。
 そしてシゲル君は、両親の躾が厳し過ぎて、2人いる兄達も隠れて両親の真似をし虐げるため、幼いながらストレスを抱えていた。本人はそんな意識はないが、過食と大人を含め歳上への屈従、外遊びがストレスを発散、回避行動になっていた。すなわち、家族がストレッサーであるため、常にストレスを抱えていて、両親から躾られた正義と反する状況が身近で起こると易怒的感情放出と暴力行為がみられるのであった。
 
「コウジ君、それは飲んだらだめだよ。」
 シゲル君はコウジ君が手に持つ紙コップを素早く取り上げた。
「コウジ君、これはお茶じゃないよ、色は似てるけどおしっこだよ。今日はみんなのおしっこを調べるんだって。コウジ君はいつもはおしっこ飲まないでしょ。」
 コウジ君から返ってくる言葉はないが、初めてシゲル君と目を合わすことになった。
「コウジ君、シゲル君のいう通りなの。これはおしっこだから飲むことできないの。いらっしゃい、お茶飲みに行こうか。シゲル君ありがとね。」
 幼稚園教諭のミユキは、コウジ君を宥めて、シゲル君にお礼をした。
 
「誰だ、砂ぶっかけたやつは。」
 砂場で複数で遊んでいたシゲル君は、目に入らない後ろから、それもしゃがんだ姿勢で不意を突かれ、砂をかけられた。
 一緒に遊んでた子達は、また、シゲル君が癇癪を起こして、一波乱すると察した。
「なんだコウジ君か、だめだよ人に砂をかけちゃあ。ほら、髪の毛の間にも砂が入っちゃったよ。」
 周りの子達は驚いた。シゲル君が怒らなかったことに。いちばん驚いたのはシゲル君本人だった。砂をかけられ、立ち上がって後ろを向くとコウジ君が両手で万歳してて、笑っている姿を見ると怒りが瞬時に冷めたのだ。
 すると、周りの子達も笑い、コウジ君に優しく、悪戯をしないように説明を始めた子が数名いて、他の数名が心配そうにシゲル君の肩や背中にこびりついた砂を払い始めた。
「やられちゃったよ。おうちに帰ったら直ぐお風呂に入らないと。」
 シゲル君は砂を払ってもらってることに照れながら、怒らなくて良かったとも考えたが、それを口にすることはできないでいた。また、他の子達がコウジ君と仲良さそうにしているのをみて嬉しくもなった。
 
 翌日から、みんなはコウジ君のお世話を始めた。コウジ君もシゲル君にだけではなく、他の子達にも目を合わせることができていた。
 シゲル君はそれを見て、自分自身が怒らなかったことでみんながコウジ君と仲良くなったと理解した。何かあっても怒らないようにすることで良いことがあると感じてた。
 
 その翌年のお正月に、シゲル君には、コウジ君の母親が代筆した年賀状が送られてきた。
「シゲル、コウジ君てお友達がいるの。なんでもっと早く教えてくれないの。」
 シゲル君は普段、幼稚園でのできごとを両親に話しをする余裕がなかった。また、いつものように説教されてる気になり、そういう母親に〝ごめんなさい〟と謝るだけだった。

 数10年後、コンビニの灰皿の側でシゲルはタバコを吸っていた。コンビニのレジ袋ではなく、ロゴがない真っ新で薬が入った小さめのレジ袋を持って。そして、目線がコンビニと平行になる姿勢になっていて、右側が車道だか、その目線の先や車道を意識することはなかった。心療内科を受診した後で、紙パックのブラックコーヒーでも買おうとしたが、薬の入ったレジ袋を持ってきてしまったことで、店内に入る気が失せてしまい、思わずタバコに火をつけたところだった。
 
 すると、10mくらい先のバス停から視線を感じ、それに意識を向けた。
 バス停には細身で白髪でライトブラウンのウエストラインに細い同色のベルトを絞めたワンピースを着た女性が身体の前で垂らした両手を重ね合わせて綺麗な姿勢でこちら側を向いていた。その女性の傍には顔を斜め上方向に向けて、左右交互に向けながら、両手を胸の高さ辺りまで上げて、軽く手首と全ての指を曲げて動きを止めているシゲルと同じ歳ごろの男性がいた。誰もがその二人は親子だと、それも障がいを持つ成人男性と高齢の母親だと分かる情景だった。母親はバスがくるのを待ち構えているようにも見え、シゲル自身を見つめているようにも感じたが心当たりある人とは思えなかった。
 タバコを満足しかけたシゲルはそう考えていたが、バスを待ち構えているに違いないと思い、灰皿にタバコを消さずに捨て、反対側にある自分の車を停めていた駐車場へ歩きだした。
 
 家につき、ホッとしたシゲルは、インスタントコーヒーを淹れ、テレビをつけて、タバコにも火をつけた。
 頭の中では、コンビニで紙パックのブラックコーヒーを買えば良かったと後悔していた思考が巡っていたが、ふと思い出した。
 〝あのバス停の男性はコウジだったかもしれない。あの老いた女性はコウジの母親だったかもしれない〟と。
 そう思うと涙が滲んできて、目の前の映像はぼやけていた。シゲルは久し振りに涙を込み上げた。それを拭おうとはしなかった。身体が和らぐのを覚えた。肩の力が抜けていく心地良さを感じた。また、仕事がしたい気持ちが生まれだしていた。
 
 終