時の堰(ときのせき)第最終章「守護神」
「どうしたの?」うららはレンに聞く。レンは振り返り、うららに「このままだとお父さんが自殺してしまうんだ。」と言った。サヨとレンはそれを止めようと急いで来たと言った。うららは父に駆け寄り、ただ、サヨの小さな腕の中でポロポロ泣く父を抱きしめた。
「うららごめん。もう何もないんだ。お前とママにもう何もしてあげられないんだ。死ぬしかないんだよ。」
そういう父に「いいの。なにもなくても。パパが好き。だから死なないで。」と言って泣いた。
日が落ちて、辺りは昼とも夜ともつかぬ逢魔が時を迎えた。
ただポロポロ泣いていたうららの父が突然「サヨ殿は、ほんに、いい子じゃの。」と聞き覚えのある声でつぶやいた。
サヨはギュッと抱きしめていた手を放し、うららの父の顔を見上げた。あっ、この雰囲気、城代だ。とっさにそう感じ、手を放した。うららも父の態度の急変にオドロキ、手を放している。
「千代よ。いや、うらら殿、サヨ殿。うらら殿のこの父は少々情けない男じゃが、ワシが千代の父なのと同じく綾瀬社長もうらら殿の父じゃ。ワシは千代を絶対に救うんじゃ。千代と約束しておる。なので、千代の転生したうらら殿も救うんじゃ。でも千代と小河内村で別れた時に金は全部弥助に渡したんで、金はないんで出せんが、うららの父の心にワシの武人としての何事にも屈せぬ心を少し残しておくでの。金がないから死ぬなんて戯(たわ)けた事はもういわないじゃろ。」と言った。
サヨもレンもうららもキョトンとしている。
でも、しばらくするとサヨとレンが互いに見合わせ歓喜を上げ、うららの父に抱き着き「城代!かっこいい!キャー!素敵!神すぎー!」と騒いだ。
レンがサヨに「城代、生き残ってたんだ!良かった!また助けてくれたよ!」そう言って手を取り合って喜んだ。
急変した父の姿と歓喜に沸く二人を見てうららも楽しくなったが、よくわからない様子で、「パパどうしたの。」と聞く。
すると綾瀬社長は右手を強く握りしめ、「うらら、下(くだ)らんことでめそめそしてごめん。なんか金などでくよくよしているのが馬鹿らしくなってきた。金なんか稼げばいいんだ。」そう力強くいうと、「これからはもっと頑張るから!」と言って暗い工場内の灯りを点けた。
うららはサヨとレンに「どういう事なの?」って聞いてみた。するとサヨとレンが同時に「城代がピンチを救ってくれたんだ!」と言った。
「えっ城代?誰?」といぶかしむうららと対照的にサヨとレンは歓喜に浸っている。そんな中パートから帰ってきたうららの母が工場に入って来た。
「まあ、今日は賑やかねえ。」母がそういうと「こんばんわー!」と二人。
「ワケさま。もう遅いからアタシ達、今日は帰るねー。明日道場で会おうよ。全部話すし、日曜日一緒に行きたいところがあるの!皆で行こうねー!」
そう言って走って帰っていく。
何だかよくわからないが良かったのかな。今の父は最近の小さかった父とは違い凄く大きくなった感じがする。母に聞いたら「そうね。なんかカッコよくなっちゃったわね。」と言った。
翌日、道場でサヨはワケさまと手合わせした。やはり無茶苦茶強い。
レンもワケさまと手合わせしたが、ほぼ互角と言った感じだ。
うららはレンの強さにただ驚いていた。
「レン君、先週とは大分違っていきなり強くなってない。」
「サヨちゃんも急に強くなった。先週とは随分違うよ。」
サヨは「そりゃ、散々戦ってきたからね。」レンも「実戦で鍛えきたからね。」と二人は顔をあわせて言う。
「アタシ達の師も千代姫と同じく城代だから鍛えられてるんだよね。レンは貞時殿が覚醒しているから特にね。」ともサヨが言う。
「城代、貞時殿って誰?」うららがそうサヨとレンに聞くと「城代は横地監物殿の事だよ。貞時殿は槍の名手で千代姫の旦那さん。」と答えた。
うららは益々訳がわからなくなり、困惑の表情を浮かべる。
「その横地監物って人は八王子城で戦った北条方の武将じゃない?400年以上前の人だよね。貞時殿って知らないなあ。千代姫って誰?」とうららは不思議そうな顔。
サヨは「ワケさまはその城代の横地監物殿の娘で千代姫の生まれ変わりなんだって。アタシとレンはその千代姫の末裔なの。で、更にレンは千代姫の旦那さんの貞時殿の生まれ変わりなの。」と答えた。
うららは驚き、ええっどういうことなのと続けた。
サヨは昨日の登校時に起きた事故でレンと共に死んでジバクレイになった事。誰かにループを解かれてジバクレイの世界を冒険したこと。その仲間にワケさまや同級生なんかがいた事。そして助っ人として八王子城の戦で千代姫を救った横地監物城代やその仲間の大石照基殿や金子家重殿、士郎殿、配下の兵たち100騎が助けてくれて、ジバクレイの世界を司る天子を倒し、綾瀬社長の作った「逆巻きのねじ」を使って「始まり」に戻って、事故に合わないようにして、事故に巻き込まれた吉良さんも巻き込まれないようにして、高校生で自殺しちゃう白井さんと強引に友達なって、ゲーセンでバイトするキヨミねーちゃんを助けてリアルに友達になり、事故後に自殺しちゃった「綾瀬社長」を説得しワケさまとママが心中しないようにして、今に至ると早口で説明した。
「本当!凄すぎる話だけど、昨日からパパの感じが変わったんだ。なんかカッコよく大きくなったみたい。昨日、サヨちゃんがパパを抱きしめて説得してくれてからだよ。だから信じられない話じゃないな。」
「あっ。中畑君を忘れてる!」サヨが突然、思い出したかのように言った。
「ワケ様の学年に”中畑修(おさみ)”君っているでしょ。月曜日の三人の勉強会に連れて来てよ。中畑くんも救わなきゃ。」
サヨがそういうと、「中畑君も天子攻略に尽力してくれたからなー。仲間なんだよね。」とレンも言う。
「えっ。二人はうちのクラスの中畑君とも面識があるの?」ってうららが聞くと、二人そろって「中畑君も一緒に戦ったんだ。ムッチャ弱かったけど。」といって顔を合わせて笑った。
「でも、以外と良いやつだから、放課後の図書館での勉強会に中畑君も参加してもらおうよ。そしたら一番になれないって悩む事も無いだろうからさ。」とレンが言う。
「解った。じゃあ、月曜日に聞いてみるね。」
うららがそういうと、サヨが「そうそう、城代がいる八王子城跡へ、明日みんなで行ってみない!400年の時を超えてワケさまもサヨもレンも城代に助けられたんだよ。凄かったんだから。まるで映画のようだったんだよ。アタシたち、お礼をしなきゃ。」
翌日。青梅駅でサヨとレン、うららは待ち合わせして、拝島で乗り換え、高尾まで来て八王子城跡行き西東京バスに乗る。日曜日に八王子城跡に来る者は多く、遠足で来た平日とは違い、登山客で賑わっていた。
バスは高尾街道を霊園方面へ左折すると花を売るお店が見え、中央道の下を潜るとまた、左折した。路肩にはお花屋さんが続き、バスは坂道を登り、ガイダンス施設のロータリーに着く。三人は皆に続いてバスを降りた。
三人は今来た道を戻り、お花屋さんというか石材店が売っている300円のお花を一人100円ずつ出し合って買った。城代喜ぶかなー。鼻歌まじりにサヨがつぶやいた。三人は管理棟で杖を借りた。ボランティアのおじさんに「子供たち三人で大丈夫かい?」と聞かれたが「何度も登っていますので大丈夫です。」と返事した。
ジバクレイの世界で監物と八王子城らしき山道を登ったが、遠足で来たときは途中、リタイヤするクラスメートも多く、きつかった事を覚えている。
三人は金子曲輪方面を登り始めたが、やはりかなりキツイ。きついなあと思い、うららを見ると、飛ぶように軽く登っていく。城代が自分と同い年の千代姫が下の御主殿から敵兵を蹴散らしながら登ってきたと話していたが、こんな山城の道を戦いながら登れるだろうかと思った。そう思ってうららを探すと、もうだいぶ先へ進んでいる。
レンをみるとサヨを見てニコッと笑った。
「サヨ。疲れた?オレ、まだ余裕だからおんぶしようか?」
レンにそう言われ「おんぶして!」と思ったが、うららの前でそんな情けない姿は見せられないので「大丈夫!全然平気!」と返した。
九合目を過ぎ、助けてってサヨがもう言いたくなるころに八王子神社についた。
サヨとレン、うららは横地祠に持ってきた花を飾る。
日曜日の八王子神社は人も多く、賑わっている。三人が手を合わせるとふと音が一瞬消え、そして聞き覚えのある声が聞こえた。
「サヨ殿、レン殿、うらら殿、よう来たな。」
目を開けると監物がいる。サヨはうれしくなり「城代!」っと言ってギュッと抱き着いた。
「サヨ姫、士郎もおります。」監物の後ろに士郎が控えている。
サヨは「士郎殿!」と言って士郎にも抱きついた。
「サヨ殿もレン殿も振り出しに戻って頑張っているようじゃの。うらら殿もこれで幸せに過ごせるじゃろ。のう、レン殿。千代姫を大事にしてくれよ。」と監物が言う。
ふと気が付くと周りの時間が止まっているのかここにいるサヨ、レン、うらら以外には動きがない。うららは「パパ?そんな感じがする。」と監物に言う。
「千代姫の父はわしじゃが、うらら殿の父は綾瀬社長じゃ。一昨日、情けない事をサヨ殿に言うんで綾瀬社長の魂に武将の心意気をほんの少し刷り込んだがの。ちょっとわしっぽくなったかの。はーっはっは!すまぬのう。」
うららは愛おしく士郎をギュッと抱きしめるサヨを見ながら監物に「私は千代姫の生まれ変わりなのですか?」と聞いてみた。
「そうじゃ、流石強いな。利発のようだし器量も千代姫よりも高いぞ。」
監物はそう答えると、「これも因果応報か千代姫はよほど貞時殿を好いていたようじゃ。貞時殿も千代を好いていたようじゃ。お互い転生しても夫婦になるとは。これぞ因果応報じゃ。めでたいのう。サヨ殿。士郎。」
そういうとレンとうららは真っ赤になった。サヨは不思議そうな顔をして監物に問いかけた。
「えっレンとワケさまが結婚するの?」
監物はいう「そうじゃ、互いに好いておる。その縁は硬いぞ。千代姫の末裔であって貞時殿の転生したレン殿が転生した千代であるうらら殿を再び嫁に貰うのじゃ。これはめでたいのう。なあ、士郎。」
「千代姫が三田貞時殿へ嫁いで、うらら殿がレン殿に嫁ぐ。ほんにお二人は赤い糸で結ばれておるのですね。」
士郎がそういうと「400年の時を超えたロマンスねー。」とサヨが呟く。
サヨが「おめでとう!」と二人に言った。レンとうららは共に真っ赤になり「まだ子供だから、まだ先の話だから。」と一緒に言った。
サヨは監物に「城代はどうしたの?ここにくればまた会えるの?」と聞く。
「ワシも照基殿も家重殿も士郎も配下の者達ももうジバクレイから解放されておるので同じ場所にいる事もないんじゃ。だで、照基殿も家重殿も配下の者どもを連れて東京に物見に行っとるわ。ワシも平和なこの世で物見にでも更けるかの。」と言った。
そして続けて「そう、何で天子どもが貞時殿を恐れていたか解ったぞ。」と言った。
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「私」は久しぶりに妹のキヨミから連絡があり、青梅に来ていた。正直、母を捨てた父をあまり良く思えない。久しぶりに電話に出たキヨミの声が明るかったのが妙に気になった。スクールゾーンのT字路に差し掛かった時、年老いた男の姿を感じた。
「私」は少し先の路肩にバイクを停め、黒く焦げた跡のある香と花束の置かれているその場所で九字を切り、短く経を唱え年老いたジバクレイを昇天させた。数日前のものだろう。正気のままであったので手間がかからなかった。
「私」はバイクに再び乗り、帰りたくない元の実家に向かった。
「キヨミ!姉さんが来たぞ!」そう、元父に言われ、キヨミの部屋に行った。キヨミは誰かと電話中だったらしく、「ごめんね。ちょっと待ってて。」と明るく言うと、誰かと楽し気に話している。
「明海(あけみ)。ごめんねー。ちょうど友達から電話かかってきちゃって。」明るく話すキヨミに驚いた。暗かったキヨミが急に明るくなっていた。
「キヨミ、最近なにかあったの?」と聞いてみると、「最近、かわいい友達が出来たの。その子たちむっちゃ強くて、頭も良くって、アクティブで面白いの。でね、何故かすごく私の事気にしてくれるの。何でって聞いたら友達だからだって言うのよ。私嬉しくってさ。また、レン君がいいこと言うのよね。かっこいいし可愛いし。」
明るく話すキヨミを見て、ああ。もうリストカットもしないんだなって感じた。もう、この子迷惑かけないんだな。そう思ってふとツーリングに誘ってみた。
「ねえ、キヨミ。奥多摩までツーリングしよう。」
以前のキヨミなら素っ気なく「いい。」って答えて私がムカついて帰るといった感じだ。
でも今のキヨミは違った。
「行く行く!乗っけてって!そうだ!明海のバイクに乗せてよ!バイクの乗り方教えて!私もバイクの免許取ろうかな?今、免許取ればレン君乗せてツーリングに行けるかも。うふふ。」
小さく微笑むキヨミを見て驚いた。こんなにキヨミを変えたかわいい友達ってどんな子だろう。
キヨミを後ろに乗せて青梅街道を走った。軽いワインディングにキャーキャー黄色い声を上げ、楽しそうなキヨミに私はただ驚いている。
そういえば子供の頃は、一緒に住んでいたころはこうだったか。
小河内ダムを過ぎ、奥多摩湖公園につくと、キヨミは私のバイクに乗りたがった。
「あんた、ちゃんと自転車乗れるんだっけ?」
キヨミに聞くと「ううん。乗れない。」って、あんた、バイクの前にチャリの練習が必須だろ。
なんだか明るいキヨミの楽しそうな声と私の笑い声が奥多摩湖に響ている。
おわり
時の堰(ときのせき)第九章「あの日の朝」
「もう起きなさい。学校に遅れるわよ。」
ママの声が聞こえた。サヨは飛び起き、驚いたようにあたりを見回し、自分の頬をつねった。
「ああ、戻って来た!初めっからだ!」そう叫ぶとママに飛びついて抱き着いてみた。
「もう、何寝ぼけてんの。早くしたくしなさい。遅刻しちゃうわよ。」ママはサヨの横暴ぶりにちょっと怒ってる。
ループじゃない。サヨはそう感じていた。早く支度してレンを迎えに行こう。そして今日から吉良さんも一緒に登校するんだ。今日は忙しいぞ。
サヨはそう思い、ピイちゃんに餌と水をあげて急いで手を洗い、歯を磨いて口を濯いで食卓についた。
「おっはよ!メイ!」
サヨが妹のメイに声を掛ける。
「おねえちゃん。きょうも遅起きだね。」
妹のメイがそういうとサヨはいつものように「ウッセー!」とメイに言い、変顔をしてメイを爆笑させる。
「レン兄ちゃんにちゃんと”おはよう”って言うんだよ。」
サヨが朝食を済ませ食器を洗っていると偉そうに威張ってメイがそういった。
「メイに言われなくてもいいまーす。」変顔しながらそう答えるとメイは喜んで爆笑している。
「ママー!メイ!行ってきまーす!」サヨはそう言って家を出た。
レンの家の方を見るとレンが走って来る。
「サヨ、ループしてないよな。」
レンがそういうと「うん。全部覚えてる。一緒に吉良さんを探そう。」という。
二人は事故のあう手前まで来て吉良さんを待った。
すると、とぼとぼと吉良さんが一人歩いてくる。サヨとレンが駆け寄り「おはよう」と声をかける。道は通学路だが、今日はしばらく三人でおしゃべりして待った。また、先へ行こうとする下級生も上級生も声をかけて足止めさせた。
キキー!と大きな音が聞こえ大きなダンプが突っ込んできた。
ダンプはそのままT字路の大きな高い壁に大きな音を立てて衝突して炸裂し、炎上した。
みんな驚いていたが、サヨとレンは知ったかのように冷静だった。
人だかりが出来てやがてサイレンを鳴らして消防車と救急車、パトカーが来る。
朝から大騒ぎになったが、通学路をサヨとレンが塞き止めていたおかげで事故の被害者は特にいなかった。
学校に行くといつものように一人寂しそうにいる白井さんに話しかけ友達になろうよとサヨとレンが詰め寄り、強引に友達になった。でも白井さんは嬉しいらしく、顔が赤らんでいた。
昼休みに二人は学校の裏門から抜け出し、駅前にあるゲーセンに向かった。ゲーセンにはキヨミの姿があった。
なにやら、ヤンキーっぽい集団がキヨミと何か話している。サヨとレンは間に割って入り、「キヨミちゃんに近づくな!」とレンが言う。サヨもモップを見つけてヤンキーどもの前へ出て構えた。
「なんだ。生意気なクソガキだな!」いきがるヤンキー共に「友達のピンチに黙ってられるか!」とレン。
「生意気なんだよ!」ヤンキーがそういうとレンに殴りかかってきた。レンはさっと避け、手拳でヤンキーのみぞおちをついた。ヤンキーはその場に倒れ、仲間たちは慌て、倒れた仲間をそのままに逃げて行った。
「卑怯者は許さない。友達を苦しめる愚か者は許さない。」レンがそういうと腹を抱えながらヤンキーは逃げて行った。
「キヨミちゃん。大丈夫。」サヨがそういうと、「君たち強いのね。」という。キヨミは不思議そうにサヨとレンを見つめ、「どこかで会ったかな?」と言った。サヨとレンは「オレらは友達だよ。仲間なんだよ。」と伝え、「オレはレン。こいつはサヨだよ。キヨミちゃんはまだ知らないかも知れないけど、オレもサヨもキヨミちゃんの事はよく知っている。友達だから、仲間だからね。」と言う。
サヨが続けて「あっ。もう昼休み終わっちゃうから、キヨミちゃんLINE交換してよ。」と言って三人でスマホを振り振りして友達追加する。
キヨミには家族以外の初めてのLINE友達だったようで、喜んでレンの手をギュッと握った。レンは少し照れて「また来るね。」と言って二人は学校へ帰った。
午後の授業が終わり、サヨとレンはサヨのNEXUSで青梅市内の綾瀬製作所を探した。そう、うららのお父さんの会社だ。「見つけた!」サヨが言うと、レンが「じゃあ、行こう。」と言って二人は駆け出した。
綾瀬製作所は学校からそう遠くなく、歩いて15分ほどの路地の裏手にあった。中を覗くと綾瀬社長がなにか作業しているのが見えた。
「こんにちは。」サヨがそういいレンと中へ入る。
「ああ、こんにちは。うららの友達かい。」穏やかな表情で二人をにこやかに迎える。そんな綾瀬社長にサヨが駆け寄り、抱き着く、「うららちゃんのパパ。絶対死んじゃだめだよ。」そう言ってギュッと抱きしめた。綾瀬社長は一瞬たじろぎ、どもりながら「大丈夫だよ。」って言う。サヨはギュッと抱き着いたまま「うららちゃんのパパが死んじゃうと、うららちゃんも死んじゃうんで絶対死んじゃダメ!」ってより強く抱きしめた。
「城代も言ってたけど、戦国時代じゃないんだから、どんなに失敗しても殺される事はないんだから、平和なんだから、生きてれば何とかなるよ。ねっ。」
綾瀬社長も幼いサヨにそんなことを言われるとは思わず、ポロポロと泣き始めた。
「でも、おじさんにはもう何もないんだ。うららにも何もしてあげられないんだ。」と言うので更にサヨはギュッと抱きしめた。
レンはそれを遠目で見ていたが、「うららちゃんのお父さん。うららちゃんに何もしてあげられないって言ってたけど、お父さんが死ぬとうららちゃんを殺してしまう事になる。だから絶対に生きて。うららちゃんを殺さないで。」と強く言った。
そこへうららがちょうど帰ってきた。そう、工場兼家になっているんだ。
お父さんがポロポロ泣いていて、それをサヨが抱きしめている。それをギュッと両手を握りしめて立ち尽くすレン。その光景にうららは驚いた。
そもそも何でサヨちゃんとレンくんが家の工場にいるの?
時の堰(ときのせき)第八章「決戦」
一行は沼地、草原、雑木林と天子を倒し、鍵を手に入れ、シンボルに沿って容れる。照基がレバーを持ち「では一同、これより扉を開くぞ。」といってレバーを引いた。
数メートルはある大きな扉が重い、低い音を響かせて開いて行く。中は薄暗く、天井は高いが何もない。えっ、何もない。階段もない。監物一行は中を探ったが小さな明かり取り用の小窓に美しい壁画と暗い天井画があるだけで二階に上がる階段も何もない。
「なんじゃ。こりゃ。伽藍堂(がらんどう)の倉のようになっとる。塔の筈なのに上にあがる梯子もない。」
監物の声が、ただ広い観客席のない闘技場のような一階に響く。
「おそらく、壁画がこの一層を抜ける鍵になっているんではないかな。」
中畑君はそういうとメモを出して壁画の形を記して行く。壁画は大きく、全部で13枚ある。描かれているのは三人の女性が何か行っている姿のようだ。
すると後ろの扉が重い音を立てて閉じられて行く。
「まて、まだ閉めんでいい!」監物がそう叫び、扉を見たがそこには誰もいなかった。
大きな両開きの扉が大きな音を立てて閉じられた。監物一行は行き場のない一階に閉じ込められてしまった。
兵達からざわめきが起こり、家重が思わず言った「しまった罠にはめられたか!」の一言に皆動揺している。
「いや、罠ではないでしょう。」
中畑君がそういうと、みなの動揺は一旦治まったが、次の一言でま再びざわめきが起こった。
「罠ではないと思いますが、この一階の解法を見つけなければ全滅でしょう。恐らくここからは塔の主人の間まで一方通行で後戻りはできないんじゃないかな。」そう言うと、天井画を見上げた。
監物一行も天井を見上げたが、そこには人々を襲って喰う魔物の絵が美しく描かれている。その魔物の数はゆうに100は超えている。その天井画はリアルで美しいが喰われる人々の恐怖と絶望に満ちた表情が魔物達の恐ろしさを表していた。
「一階の解法を間違えると、この魔物が振って湧くという事か。」
照基が中畑君にそう尋ねると、「この一階の構造と勝手に閉じられた扉からしてこの一階の解法を知らない者がここに入ったら、殲滅する仕組みなのではないでしょうか。防御の為のシステムですね。」と平然と答えた。
「この場にこんなん出られたら防ぎきれんな。というか逃げる場もないんで次々現れたらいずれ殲滅されてしまうのう。」
監物がそういうと兵達はざわめき出した。口々に「あの絵の魔物達が次から次へと現れたら、守りきれんの。」と不安げに呟いている。
「中畑殿。解法は見つけられるか。」
照基がそう中畑君に問うと「わかりません。」とだけ答えて、メモした壁画のサムネイルを並べて、何度も順番を入れ替えて見直している。
「綾瀬さん。見て。どう思う。」
「壁画の人は何かをしている状態を表しているよね。文字ではなくて絵画のアナグラム?」
13枚の壁画に描かれている三人の女の人は、ポーズが酷似したものもあり、バラバラにして並べ替えると続き絵のようになりそうだ。
「これは何かの過程を絵で表しているんじゃないか。」
中畑君はメモした壁画を並べてそう言った。
「よく見ると壁画の下の方に何度も触った跡があるんだ。ほら、ここにも、ここにも。」
中畑君はそう解説すると、壁画の前に立ち、手を下ろしてほぼ同じ高さのあせている壁画の跡を皆に見せながら確認している。
「順番にタッチして行けば上に上がれるんじゃないかな。」
中畑君が言うようにそれぞれの壁画の一カ所に何度も触った跡がある。順番通り触れて行くのは間違いないだろう。
中畑君とうらら、サヨとレン、綾瀬社長が中畑君のメモを見つめ、何度も順番を入れ替えてみている。
「最初の絵はこれで間違いないと思うんだけど、どう思う。」
中畑君がそういい、皆に見解を聞くと皆同意した。
「じゃあ、これが最初。」中畑君はその絵に1と書いた。
「問題は2番目3番目なんだよね。どっちのポーズが先なのか三人の並び方もポーズも似ているので確証ができないんだ。どう。」
中畑君が険しい表情を浮かべると皆も同様の表情を浮かべた。
「ゲームみたいにリセットできるなら適当に選んで、ダメだったらやり直しが効くのにね。」
サヨが皆が悩んでいる中、場を和ませようと明るく言うと、監物が何か閃いたかのような顔をして話しかけて来た。
「綾瀬社長。ちょっと来てくれ。」
監物は綾瀬社長になにやら話しながら”逆巻きのネジ”をあれこれ触っていたが、にやりとすると、うららに「千代はどれが始まりだと思う。」と聞いた。
「恐らく、これかな。皆もこれが始まりじゃないかと思ってるし。」
うららは不安げに皆に言うと。監物はその絵にタッチして「正解じゃな。」とまるで答えを知っているかのように言う。
「次はどれじゃ。」
監物はそう言うと、急に青ざめた表情をしている。
「それは間違いじゃ。気を付けられよ。そうこれで正解じゃ。」
皆、不思議がったが、進めるうちに益々監物が弱ってゆくように皆見える。
しかしながら監物の言う事には間違いなく、着実に順番をクリアしていく。
そして終に最後の二枚が残った。
「さあ、どっちが最後から二番目じゃ。」
ここまで順調に来ているが、何故か監物は答えを知っているかのように見えた。しかしながら壁画をタッチするたびに息が荒くなり、弱っているのが解る。
「城代。どうしたの。大丈夫。」
サヨは心配になり監物に駆け寄ると小さな体で監物の大きな体を支えようとしている。
「城代。どうしたんじゃ。」
同じくらい大きな体の照基が監物の弱り切った肩を担ぎ不思議そうな顔でいつの間にかクマができた監物の顔を覗いた。
みな、意味が解らず、ただ弱ってゆく監物を見ている。
「いや、ワシは大丈夫じゃ。はよ最後から二番目を選べ。」
うららが皆に確認をし終わり、絵画をタッチすると最後に一枚だけのこった。
「これで終いじゃ。しんどかったのう。綾瀬社長。」
監物はそういうと、バタっと床に倒れた。
「城代!」みなそう呼び、周りに集まってきた。すると綾瀬社長が監物の腕についている逆巻きのネジを差し、難なく解決できた事の顛末を語り始めた。
「最初のうららの選択は間違ってなかったんだよ。でも次に選んだのは実は三枚目で間違っていたんだ。すると天から描かれている魔物が一斉に落ちてて皆を襲ったんだ。城代はみなの盾となり魔物にその身を喰いちぎられ、この外道界から消える瞬間、逆巻きのネジを動かし、選択前に戻ってやり直してたんだよ。弱っていったのは何度も魔物に喰われているからさ。」
綾瀬社長はそう言うと、監物は聞いていたのか身を起こすと一言呟いた。
「しんどかったわ。しかし、この作戦はうまくいった。こういうパターンならばこの逆巻きのネジがあれば簡単にクリアできるな。しかし、巻き戻している本人の体力と気力がどこまでもつか解らんがな。」
「城代!すごーい!カッコいい!体はって皆を守ってくれてたんだ!」とはしゃぎ監物に抱きつくサヨ。
これでこの塔の天子にも勝てるだろう。この監物の体をはった作戦に皆が湧いた。
綾瀬社長が強壮剤といった薬を監物に飲ませると、以外にあっさりと監物は回復していった。
「城代に長く休まれると皆が困りますから。」
綾瀬社長がそういうと、「むち打ってはよ戦えっちゅうことか。」と笑いながらいい、「さあ、元に戻ったぞ。まいろうか。」といって立ち上がった。
もう、一行のテンションはMAXになっている。このまま塔の天子を打ち倒すべきと監物は思っている。照基も家重も士郎もうららもレンもサヨも。
一行は螺旋状の塔の壁に沿って作られている階段を登った。階段は狭く、監物や照基などの大男は一人登るのが精一杯の広さだ。先頭は監物、しんがりを家重が引き受けた。
塔は結構な高さまで登りやがて粗末な広間に出た。
「そろそろ、この塔の天子と一戦交える時がきたか。」
監物そう呟き、皆が上がって来ると物陰に潜むように指示して声を殺し皆に作戦を話した。
「偃月の陣形を取る。ワシが先頭で、右後ろに大石殿、金子殿、左後ろに千代、レン殿、この五人が天子との決戦部隊じゃ。皆、ワシの間合いを出ぬように、天子の攻撃はワシに集中させるのじゃ。士郎はサヨ殿を守り、共に戦ってくれ。兵はワシら五人の後ろに詰め、キヨミ殿、吉良殿、白井殿、中畑殿を守備し、戦ってくれ。」
「ワシが天子に敗れたら巻き戻して初めからやり直すでな。天子がよほど強くなければこの策で勝てるじゃろ。」
監物はそう囁くと、皆、こころしてくれと囁いた。
「強そうな天子が出て来るのかな。」
サヨが士郎にそう呟いている。
すると奥に粗末なおじいさんが現れた。
みなは柱に、壁に、身を隠すと、いそいそと働くおじいさんを見つめた。捕まって奴隷のように天子にこき使われているのだろうか。やせ細った貧相なおじいさんだ。
監物は身を隠しながら、このおじいさんに近寄ると、肩をたたき、振り向いたおじいさんの腕を掴んで柱の影に引き入れると、おじいさんに言った。
「天子はいるか。どこにいる。」
おじいさんは、はっとして、明るい表情を浮かべると、「あなたさま達は、塔をあがってこられたんですかねえ。えらいこっちゃ。六人の天子を倒さないと塔に入れないって聞いてるんじゃが、どうなすった。」と訪ねた。
「もちろん、六人の天子を倒して、一階のアナグラムの解を解いて上がってきましたぞ。」
監物がそういうとおじいさんは、驚いて、「たまげたこっちゃ。呪縛されていて他の誰かと接点のないこの外道界で六人の天子を倒して塔に入ってこられた罪人ははじめてじゃ。」という。
「罪人ではない。われらはこの外道界の支配者である天子を倒しにきたのじゃ。して、天子は何処にいるのじゃ。」
監物は貧相で小さいおじいさんにそう言うとにやりと不気味な表情をしていう。
「おぬしの前に天子はおるわ。」
おじいさんはそういうと監物の手を払いのけて後ろに数歩下がっていった。
「私がこの外道界の神だ。」
おじいさんは自信に満ちた表情を浮かべているが、見た目は年老いた貧相な男でとても強そうには見えない。
「以外に最後の天子は弱そうじゃの。」
監物がそう言うと刀の柄に手をかけ、間合いに入っている貧相な老人を叩き切った。
老人の断末魔の声が響いて老人が蒸発して行く。
「なんか最後はあっけなかったの。」そう思いながら監物は逆巻きのネジを起動した。
監物が気がつくと目の前には自信に満ちた表情の貧相な老人がいた。
「私がこの外道界の神だ。」
あれ。さっきのちょっと前に戻ってる。最後の天子を討てば、この外道界が消滅するんではなかったのか?消滅してないと言う事は、やはり、このじいさんは天子ではないんだ。
監物はそう理解すると、「おまえは天子などではない。天子はどこにおるのだ。」と叫んだ。
貧相な老人は突然狂ったかのように四つん這いになり、そのまま監物に飛び掛かって来た。
監物は飛びかかって来る狂気の表情を浮かべた老人を両断すると、老人は断末魔の叫びを上げ消滅した。
「皆々方、陣形を整えよ。」
監物を先頭に陣形が形成される間もなく、先ほどの狂った老人が奥から次々現れ、監物一行を襲った。
監物、うらら、照基、家重、レンは迫り来る狂った老人を叩き切っていく、その数はだんだん増して行く。いくら切り捨ててもきりがない。老人は四つん這いになり、壁を伝って、天井を伝って襲いかかって来る。
「やめろ!」白井さん達を守っていた雑兵が一人狂った老人に飛びつかれてしまった。老人は兵の首元に噛み付き引きちぎった。兵は消滅してしまう。と同時に他の雑兵らが四つん這いの老人に槍を突き刺す。老人は消滅したが、次から次へ襲って来る。
「このままではきりがない!奥にこやつらを操っている天子が居る筈じゃ!先へ進むぞ!」
監物はそう言うと、防戦一方なまま奥へ進んだ。狂った老人は次々襲いかかって来て、兵が次々と消滅して行ってしまう。
「もう一歩じゃ!ここが耐え時じゃ!」監物はそう叫びながら前へ進む。奥は広いホールになっていて、多くの四つん這いの老人の奥に同じ顔をしたやはり貧相な老人がいる。
監物は「士郎よ!サヨ殿達を守って何とか耐えしのげ!兵は士郎に従え!」と言うと襲い来る狂った老人達を切り捨てながら、「千代、レン殿、大石殿、金子殿、行くぞ!」と叫んで奥にいる老人目がけて突進する。
襲い来る四つん這いの同じ顔をした老人達を叩き切りながら突進するレンの姿に気がついた貧相の老人は一瞬凍り付いたかのような恐怖の表情を浮かべた時に全ての攻撃が一瞬止まった。
「貞時様!何故、外道界におられるのですか!」
老人は恐怖にかられてか跪き、レンの方にひれ伏すと、動きを止めてただ佇む四つん這いの老人を切り捨てながら突進してくる監物達を見て立ち上がり、「貞時様とてここにおられるなら捕まえ罰を与えましょう!ここは私の世界ですから!」そう叫んで「襲え滅ぼせ。」と自分と同じ姿の狂った老人達に監物たちを再び襲いかからせた。
レンは奥の老人に狙いを定めて持っている槍を走りながら放る。
「うりぃぃぃゃー!」
槍は向かって来る四つん這いの老人達を消滅させながら奥の老人目がけて空気を切り裂いて飛んで行く。槍は奥の老人の首をかすめて壁を砕いて突き刺さった。
老人の表情は恐怖に満ちている。
老人は震えながら「これも、私の使命なのです。」と告げる。
やがて狂った老人達を切り捨てながら突進して来る監物達が奥の老人のすぐ目の前に現れる。
狂った四つん這いの老人達は次々と襲いかかって来るが、五人は狂った四つん這いの老人をみな叩き切ってしまう。
「おのれ!貞時とて、ここで滅ぼしてくれる!」
奥の老人はそういうと光り輝き、狂った四つん這いの老人達を集め始めた。監物が振り返ると士郎達と共に居た兵はもう僅かしか居ない。大分やられたか。士郎この場を持ちこたえてくれ。
老人は光り輝く巨大な大黒天の姿に変わると、その槍と剣を監物達に向かって振り回してきた。
「取り囲め!」
監物を正面に五人は大黒天を取り囲むと、後ろから横から攻撃する。
やがて、サヨ達を警護していた士郎と兵達が追いつき、大黒天を囲み攻撃に入るが、大黒天の槍に、剣に兵達は次々に倒され、消滅して行く。
監物達は防御しながら大黒天と戦っている。が、みなの疲労は目に見えてわかる。
「士郎殿!アタシも戦う!」
サヨがそう言うと、「大丈夫です。ご覧なさい、大黒天もだいぶ疲弊しています。」といって止めた。
塔の天子の大黒天も大分疲弊している。レンに攻撃されている事も大きかったようだ。うららとレンはうららが防御、レンが攻撃といった戦略で大黒天にダメージを与えている。
大黒天がレンに気を取られていると家重、照基、監物の刀が大黒天を襲う。
「今だ!」
レンの姿に戦いている大黒天が疲労からか一瞬たじろいだ所にレンの槍が脇腹を突いた。
大黒天の絶叫が響いた。監物、照基、家重が一斉に大黒天に切り掛かる。
「これで終いじゃ!」
三人のかけ声が聞こえると大黒天の姿が消えて行く。あたりは目映い光に包まれて行く。
「サヨ殿、レン殿、これでこの世界は消滅する。お二人は始まりの朝に戻ってやり直してくれ。千代を、皆を、救ってくれ。」
何もかもが真っ白な目映い光がサヨとレンを包み込んでいく。
時の堰(ときのせき)第七章「鍵」
「各々方(おのおのがた)、千代姫の婿殿の貞時殿の力を借りて天子の一人を討ち果たしたぞ!」
監物がそう声を上げると、一同が歓喜を上げた。
「では、ご一同、皆で塔に向かい天子を討とうぞ!」
一行は日の光を背に塔へ向かう。
やがて工場の外へ出たサヨ達の目の前に大きな天へと続く塔が目に入った。
「おお、大きいの。こう近くで見ると廃墟な監獄といった風体じゃな。」
照基が言うように塔は小さな窓が不規則に並んでいて、石を積み上げて作った不格好な外壁で、中の様子が伺えないような造りになっている。
目の前には堅硬な壮大な大きな扉があった。
家重が扉に手をかけてみるが押しても引いてもビクともしない、
ふと扉の傍をみると六つの凹型のようなものが見え、それがサークル条に並んでおり、中心にレバーがあった。
また、工場のようなシンボルの下に、監物がさっき拾った歯車のようなものの形をした凹型がある。
ふと、懐から取り出し、はめてみるとカチッと音がして埋め込まれてしまった。
レバーを上げようとしたが、ロックが掛かっているようで上がらない。
中畑君がそれを見て、塔の鍵ではないかと言う。
確かに良く見ると先ほどはめた凹型の上には工場のように見えるシンボルの他に、それぞれ町、山、沼地、草原、雑木林といったシンボルが見える。
レンはそれぞれのエリアに天子がいて、その天子がそれぞれの塔の鍵を持っているのではないかと推測した。
一同はそうに違いないという結論に達し、まず、隣の町エリアの天子を探す事にする。
「工場内とおなじく、天子を横に広く探すか。」
監物がそういうと、工場内での検索部隊が再び編成され、町を探索した。
さすがに塔に近い為か天子はすぐに見つけられた。
「皆、天子から身を隠し待っておれ。手出しは無用じゃ。」
監物、うらら、照基、家重にレンが加わった戦闘部隊は天子に向かった。
やがて明るい光が見えて来て、監物がレンに「レン殿は切り札じゃ。なので先にワシら四人で挑む。そして不利に見えたら手助け願いたい。こういう策でいかがかな。」監物は皆にそう告げると顔を合わせ工場と同様に照基と家重が天子の後方にまわり、監物とうららが天子の正面に出た。
「罪人がどうしたことか。再び神の前に跪くのか。」
天子は二人を見てそう言って手を差し伸べた。この天子は武器らしいものを全く持っていない。丸腰だ。なぜ?
「ひるむな!問答無用じゃ!行くぞ!」
監物はそう叫ぶと四人は一斉に飛びかかった。
「ほう。四対一とは立派な作戦です。」
天子はそういうと素手で監物とうららの刀を掴みそのまま照基と家重に向かって二人を投げ飛ばした。
「きゃ!」「ぐっ!」「ぎぇ!」「うぉ!」四人の短い絶叫が響いた。
「おお、美しい絶望のハーモニー。」
天子はそういうと立ち上がり身構える四人に向かって刀傷を負って半分切れている血だらけの両手を差し出し、「天子に絶望しましたか。私は天子の中でも塔の天子に続いて強いのです。」そう言い、「さあ、罪人は永遠の罰を受けなさい。」と続けた。
「あやつ、刀を素手で掴むから切れて流血しておるぞ!」家重が驚いている。
その姿にうららも驚いた。「あんなダメージを受けてて何いってんの。」
監物と照基は顔を合わせ頷くと低く構えた。
「何の。打ち倒してくれるわ!」照基がそう叫ぶと天子に飛びかかっていく。
「みな!行け!切り刻め!」
監物がそう絶叫すると他の三人は一斉に天子に飛びかかった。
照基の刀が天子を刻み、家重の一刀が天子を刺す。監物の刀が天子を胴から両断し、うららの同田貫が天子の頭を縦に割った。
「やったか!」
四人が振り返ると切り刻まれた天子が全身から血を噴き出して肉片と化している。
天子の肉片はブルブルと小刻みに震え。唯一切れてない口から震える声が聞こえた。
「天子は何でも受け入れるのです。」
「えっ!何?」うららはそう思わず言った。
天子の肉片はブルブルと動いて集まり、血だらけの部位がくっつき、血だらけのゾンビのような姿で整形されていく。
「さあ、私がお前達に罰を与えましょう。今までよりより苦しく、痛く、恐ろしい、狂気に満ちた罰を。」
なんだ。こいつは。切り刻まれたのに元に戻ってしまう。陰から見ていた兵達も監物達も皆、恐怖に包まれた。切り刻んだ手応えはあった。あれでダメージがないとは信じられん。こいつは不死身か。
「いかん!こやつの術中に嵌められてしまう!皆々方、恐れを捨てよ!立ち向かえ!」
監物はそう叫ぶと再び天子を切り刻んだ。
天子の腕が胴から離れ、その首も胴から離れている。
しかしながら飛んだ首から天子の声が聞こえる。
「天子は苦楽の全てを受け入れるのです。お前達も私の罰を受け入れなさい。」
切り刻まれた腕も、飛んだ首もブルブル震えながら一カ所に集まり、元の形に形成される。
あたりは狂気に満ちた天子の笑い声が響いてる。
レンは迷っていた。ここでオレが出て行っても天子の倒し方も解らないままでは戦力にならないだろう。オレの槍も皆と同じくただこの天子をただいたずらに切り刻むだけで、今の状態と変わらない。どうする!貞時!
レンがそう悩んでいる間にもうらら達は天子をいたずらに切り刻んでいる。監物の刀が、照基の刀が、家重の刀が幾度も天子を切り刻み、天子は再生して行く。
「切り刻みなさい。その刻んだ分だけ罪人の罰は重くなるのです。」
天子の甲高い狂気に満ちた声が響く。
「綾瀬さん!影だ!そいつの影の動きがおかしい!」
突然、中畑君がレンの背後から駆けつけ、前に立ちはだかり叫んだ!
四人は天子の足下に注視した。その瞬間、天子の影が立ち上がり、中畑君目がけて飛んだ。真っ黒な影は漆黒の剣を振り上げ、呆気にとられている中畑君の頭上に振り下ろした。
「余計な事に良く気がつく罪人ですね。罰として消滅しなさい。」
金属音が響いた。漆黒の天子の剣はレンの槍で受けられている。中畑君はその後方でポカンとしている。
「本体は影だったか。切り刻まれていたのはマペットか。」
レンはそういうと素早く槍を返し、漆黒の天子を両断した。漆黒の天子の恐怖に満ちた顔が見えた。天子の絶叫とともに、レンには「貞時さま!」と天子が驚愕した声が聞こえ、切り刻まれたマペットと共に蒸発していく。
「レン殿、中畑殿、大事ないか!」
監物達が駆け寄って来た。
「中畑君、大丈夫。」うららがそういうと、気丈にも、「ボクも役に立って良かった。」と言う。
「天子を見ていたら、あれだけダメージを受けているのにすぐに再生してしまうのはオカシイと思って、何か不自然なものはないか探していたら、影の動きがオカシかったんだよ。まるで下から人形を操っているかのような影の動きだったので、影が本体だと思ったんだ。」
中畑君はそういうと、レンに「レン君がいてくれて助かったよ。影が一瞬で飛んで来た時は呆気にとられて動けなかったから。」と言った。
「今回は中畑殿の手柄じゃな。その中畑殿を守って天子を討ち果たしたレン殿も大きな手柄じゃ。」
監物がそういうとレンは「いや、今回は中畑君の手柄ですよ。だって、オレはどう戦えばいいか解らなかったし、中畑君が影だといって影が飛び出て来たから結果的に戦っただけですから。」と中畑君の顔を見て頷き言った。
「しかし、天子がオレを見て”貞時さま!”と呼んだのですよ。貞時殿は天子の仲間なのでしょうか。」
レンは訝しげな顔をしながら皆にそういうと、監物が「貞時さまと天子がそう呼んだのじゃな。という事は貞時殿、つまりレン殿は天子の上の者という事じゃろ。仲間というより天子より上のものという事じゃろうて。」と続けた。
「レン!強いね!かっこいい!中畑君も凄いね!すてき!」キヨミがそういうと、「中畑君。大活躍!」とサヨが言う。
白井さんが歯車のような形の塔の鍵の二つ目を拾って来て監物に渡した。
「これでまた塔に近づいたね。」白井さんはそういうと中畑君の手をぎゅっと握り。「頼もしい仲間だね。」といって、レンの手もぎゅっと握った。中畑君もレンもちょっと恥ずかしそうだったがちょっと距離があった二人に連帯感が感じられてきた。
「さあ、ここでの天子は打ち倒したぞ。塔に戻って鍵を容れるかの。」監物はそういうと一同は塔に戻り町のシンボルの場所に鍵を容れた。
「さあ、残りは四つじゃ。では、我らが得意な山に向かうとしようぞ。」
監物がそういうと町の隣の山岳エリアに向かった。
工場や町同様に横に広く天子を探した。いままでの二人には後光が差していたので天子の所在がわかりやすかったので今回も同じだろうと思っていた。
「ワケ様!」
インカムからサヨの声が聞こえた。
「千代姫様。どうしてお一人でここへおられるのですか。」
士郎の声も聞こえる。
「えっ。何?どうしたの。」
うららがそう囁くと、「ワケ様。どうしたの。」とサヨの声がする。
監物、レン、照基、家重は共にいるうららを見た。
「千代はここにおるぞ。どうした。」
監物がそう囁くと士郎達がいる中央に向かって五人は駆け出した。
「ワケ様!何するの!」
「千代姫様!どうされたのですか!サヨ姫をお離しください!」
サヨの声と士郎の声が聞こえる。
「キャー!」吉良さんと白井さんの叫び声が聞こえ、「綾瀬さん!どうしたんだ!」中畑君の声も聞こえた。
何だ!どうしたんだ!うららはここに居る。サヨ達はどうしたんだ!
「なんと!」士郎達の前に到着した五人はサヨを押さえつけているうららを見た。
「えっ!」
うららはハッとして思わず声を上げたが、次の瞬間サヨを押さえつけているうららに飛びかかっていった。
瞬間、押さえつけているうららがサヨに変わった。うららは躊躇して刀を抜かず着地してしまった。
今度はサヨがサヨを押さえつけている。何なんだこれは。皆がそう思ったとき、サヨを押さえつけているサヨがその口を開いた。
「罪人たちよ。どうして罰を受けていないのですか。罪人は呪縛されつづけるはずですが。」
何なんだこいつは。皆が動揺している。サヨは「離せ!離せ!」と言って暴れている。サヨがサヨを押さえつけている皆どうして良いか解らず躊躇している。
「この者は罪人ではないようですが、私の裁きを受けて、難を背負ってください。」
サヨを押さえるサヨはそういうと監物の姿に変わり、刀を抜いた。
「待て!お主はなんじゃ!」
監物がそういうと不気味な大きな笑い声が響き、「罪人に知る権利はありません。」と言って刀をサヨの首元に当てた。
サヨは押さえつける監物の顔を見上げ、「イヤー!」と叫んで「助けて!城代!やめて!城代!」と続けて叫んだ。一同には何が起こっているのか解らなくなっている。監物も自分の姿を見直してどうして良いのか解らず躊躇したままだった。
「さあ、罪人の皆とはお別れの時が来たよ。」
サヨを押さえつけている監物が優しくそういうとサヨの首元の刀を引き上げた。
「ひぃ!」サヨの叫び声と共に金属音が大きく響いた。
サヨを押さえつけている監物の右手から刀が落ちている。目の前にはレンが槍を構え立ちはだかっている。「やめてってサヨが言ってんだろ!」レンがそう言うとサヨを押さえつけている監物の表情が凍り付いた。
レンはすかさずサヨを掴んでいた監物の手をはたき落とし、サヨを抱き寄せるとそのまま士郎に渡した。
サヨを押さえつけていた監物はあからさまに動揺している。
「貞時様!」
サヨを離した監物がそう叫んだ。
「なぜ外道に!」
「今じゃ!」そう監物が叫んで監物に突っ込んで行く。うららも照基も家重も。
レンを貞時と呼んだ監物はその姿を後光に包まれた天子に変えた。
レンの姿を見て動揺してしまった天子だったが、何とか攻撃を防いで、その場を逃げようとしている。
レンは振り返ると槍を大きく構え逃げ出す天子に向かって強く放った。
「うりゃーっ!」
レンの槍は空気を切り裂き逃げる天子の後ろ姿に突っ込んだ。
「貞時様!お赦しを!」
あたりに天子の断末魔の叫びが響いた。
天子は蒸発し、消え失せていく。
「レン!ありがとう!また、助けてくれたんだね。」
サヨが泣きそうな顔でレンを見つめる。
「いや、オレじゃなくっても助けるでしょ。」レンはそういうと小さく「お赦しくださいって・・・」とつぶやき「何もんなんだ貞時って。」と考え込んでいた。
「レン殿やったの!これで鍵二つゲットじゃ。」監物はそういい、「婿殿は頼もしいのお。サヨ殿。」と笑いながらサヨを抱き上げた。
サヨは”うんうん”と頷き、「でも、城代。酷いよ。やめて。助けてって言ってるのに。」とちょっとムッとして監物を見た。
「いやいや、あれはワシに化けた天子でワシじゃないぞ。」
監物が慌てて答えると「本当に怖かったんだから。」と言って強面の顔に抱きついた。
「いつも優しい城代。だめだよ助けてくれなきゃ。」
サヨはそういうと、「城代。下ろして。」と言って、レンを呼んで手をつないで天子の歯車を拾いに行った。
「レン。この感じで残りの天子の歯車も手に入れて、塔の天子をやっつけて、あの日の朝に戻ろうね。そして皆救うんだ。それがアタシの夢。レンと一緒に戻る事、それがアタシの希望。」
逢魔が時の山中は暗く気味が悪かったが、サヨの姿を見ていると何でも叶えられる気がする。
皆を救うんだ。
レンの心もサヨと一緒だった。
時の堰(ときのせき)第6章「作戦」
「みな、戻られたか。」監物は工場内へ戻ってきた兵達に声を掛け、サヨ達7人も無事なのを確認すると、「さあ、どうして天子を討つかのう。」と言って、みなを円陣に集めた。
「うらら殿の父上。ちと呼びにくいんで何と呼べばよいかの。」
監物はうららの父にそう尋ねた。
「ワケ様のパパは社長だから、綾瀬社長って呼ぶのはどう。」
サヨが監物にそう言うと、「綾瀬社長殿か、まあ、こっちの方が呼びやすいかの。」と言った。
「城代。社長は敬称だから、社長殿はおかしいよ。」
サヨがそうつっこみを入れると皆が大きな笑い声を上げた。
「サヨ姫も千代姫同様賢いのう!」
照基がそういい、監物の肩を叩いてサヨの頭を撫でた。
「ワケ様のパパは、綾瀬社長って呼ぶのがいいと思うの。」
サヨが言うと「そうじゃな。うらら殿の父上は、綾瀬社長と呼ぶぞ。」照基がサヨの大きな瞳を見つめ、強面を微笑みながら言った。
「んじゃ、うらら殿の父上は、綾瀬社長じゃ。」
「パパ。私は城代を父上、パパをパパと呼ぶね。」
うららがそういうと「千代姫には二人の父上ですぞ。城代には二人の千代姫ですな。」と家重がいい、場を沸かせた。
「いやはや。」と言いながら照れる監物はサヨをヒョイと抱き上げ、肩に乗せた。
「ワシはサヨ殿と仲ようするでな。綾瀬社長は千代と今は仲ようなされ。」
監物はそういうと、うららの顔を見て微笑んだ。
「さて、綾瀬社長。天子の事はよくご存知か。」
監物は円陣の真ん中に立ち、サヨを肩に乗せたまま、綾瀬社長に尋ねた。
綾瀬社長は「少しお待ちください。」と言い、奥へ駆けていき、息を切らしながら直ぐにタブレットを持って戻ってきた。
「ボクは天子の呪縛によって、この工場から出られなかったんですが、この工場内には何かと設備があるので外を見られるドローンを10台あまり作って外へ飛ばし、いろいろ調べて地図を作ってみました。」
「ほう。さすがじゃな。綾瀬社長はなんでも作るんじゃな。」
監物はそういうと「で、ドローンでなんじゃ。」と尋ね、サヨに「空飛ぶトンボみたいな機械の事だよ。」とつっこまれた。
笑い声が湧き、兵達から「サヨ姫は、ほんに賢いのお。」と聞こえた。
サヨは流石に恥ずかしくなり、顔を赤らめていた。
場の雰囲気は穏やかで、みな楽しそうだった。
綾瀬社長がタブレットを手前に持ち皆に見えるようにしてから話し始めた。
「この世界はそう広い世界ではなく、町、山、沼地、草原、雑木林、工場地帯が連なって大きなサークルになった構造で丁度盆地のように中心に向かって下っているようです。」
綾瀬社長はそういうと多くの写真の中から一枚を大きく表示させた。
「これを見てください。中心には大きな塔があって、まるでブリューゲルの絵にあるバベルの塔のような景色ではありませんか。」
その写真はまるで絵画のように美しく、幾何学的でもアナログ的でもあり、神秘的でもある。
「塔はこの世界を真ん中に集め、上へ繋いでいるかのようにも見えます。天子はおそらくこの塔に居ると考えるのが妥当です。」
「おおー。」と兵達から歓声が上がり、皆、吸いついたかのようにタブレットの写真を見つめた。
「美しいのう。」
監物がそういうと「ほんに。」「本当じゃ。」「この世はこんなにも美しいのでしょうか。」と照基、家重、士郎が口々に呟いた。
「この真ん中の塔は何で途中で崩れておるんじゃ。」
監物は綾瀬社長に尋ねる。
突然、中畑君が呟いた。
「まるで旧約聖書の創世記11章だ。バベルの姿か。まるで我々は散らされ乱された民か。美しいまでに恐ろしい。これが世界の姿なのか。」
「そうね。この世界に呪縛され誰とも接触できないジバクレイは旧約聖書のバベルの民ね。怖いまでに美しいね。」
うららもそういうと、監物に「南蛮の書記にこれと似た風景を記したものがあって、この風景がまさにこれなのです。」と言った。
「民が神に近づこうと天高く塔を築いたのですが、神の怒りをかって、塔は崩され、民は散らされ言葉を交わせないようにされたという話しです。」と続けた。
「神によって崩された塔か。」
監物はそう呟くと「やはり天子は神か。」と言った。
一同にため息まじりの「神が相手か。」と呟く声が聞こえ、沈んだくらい雰囲気があたりを包み込んだ。
「天子が神様。そんな事ないでしょ!神様だったら呪縛なんてしないよ!神様は苦しんでる人を助けるんじゃん。」
サヨが暗く落ち込んでる一同に向けて叫んだ。
「私は天子と戦ったけど、そんな崇高(すうこう)なものじゃなかったよ。」
うららもそう言い、監物が「呪縛して民を苦しめるなんぞは神は神でも禍神(まがかみ)のやるこっちゃ!ヤマタノオロチ同様じゃ。ワシが討ち果たしてくれようぞ。」というと、淀んでいた雰囲気が一転して「天子は禍神じゃ!」と一同から口々に呟く声が聞こえ、禍神は討ち果たせとかけ声が起こると一同は再び活気に満ちた。
「城代!このまま塔へ行こうよ!」
サヨは監物にそう耳打ちすると、監物はサヨを肩にのせたまま立ち上がり、「一同、これより塔へ向い、天子を討つ!ご一同、かちどきをあげよ!」と大きな声で言った。
空虚な工場内を一同のかちどきが響いた。
一同が天子討伐に沸き立つ中、監物は照基、家重、士郎にうらら、中畑君に綾瀬社長、サヨとレンを集め話し始めた。
「綾瀬社長。塔にはどうやって行けるのかの。」
「ドローンの空撮によると、このまま工場地帯も塔に隣接しているので工場の中を日の光を背に真っすぐ進むと塔にぶつかります。」
綾瀬社長はうららの隣に腰を下ろしてそう言う。
「ただし、この工場内の塔へ近い区域に天子がいた筈です。」
「この工場内に天子が。」
監物はそういうと、少し考え込んだ。
暫くして、「では、ご一同、まず、工場内の天子をみつけて討ち果たそう。そのためにはまずは天子を発見して、ワシと千代、照基殿に家重殿の四人で天子を囲んで討つとしよう。士郎はサヨ殿達6名の警護を任す。」といい、鐘を叩いて連絡をとるのは天子に知られてしまうので何か方法はないかと綾瀬社長に問う。
綾瀬社長は監物の前にイヤホンのような小さい機器を取り出し見せた。
「これはインカムと言って遠く離れていても付けている全員と話しができます。」
「工場内をいくつかのエリアに分けて、5人づつの調査部隊を編制して探索させて、天子を見つけたら場所を知らせるという作戦ではどうでしょうか。兵だけでも100人近くおられるので5人ずつ20の部隊を編成すればかなりの広範囲を探索できます。戦闘部隊は報告を受けてその場に向かうと言う事で、探索範囲が進めば戦闘部隊も進むというイメージではいかがかと。」
監物、照基、家重がインカムを受け取ると、うららに習ってインカムを耳に架けて、イヤホンを耳に入れてマイクを頬に向けた。
「父上、照基殿、家重殿」
三人の耳元でうららのささやくような声が聞こえた。
「ほう、文明の利器じゃな。さっすが綾瀬社長じゃ。すごいの!」
三人はそれぞれささやくように「すごいの!さすがじゃ!綾瀬社長は天才じゃの!」と言い合った。囁くように。
インカムは全員に配られ、20人の部隊頭に使い方をうららがレクチャーした。20人の部隊頭は部隊の4人に教え、工場内を横に広く日の光を背に塔へ向かった。
「このインカムとやら、凄いの。」
囁く兵達の声も皆で共有されている。
「綾瀬社長は天才じゃな。これがあれば戦に勝てるな。」
「おお。みなみながたの声が聞こえる。」
「おもしろいぞ。」
一同のささやきにサヨはちょっと面白くなって、くすくす声を殺して笑ってしまった。
「おお、姫が笑っておるぞ。」
「本当だ。」
「姫、面白いですか。」
一同のささやきが増した頃、監物のしわがれた声が皆に共有された。
「おまいら、真面目に天子を探せ。なにやっとんのじゃ。」
「申し訳ございませぬ。」
照基がささやく。
「何か見つけたか。」
「い番隊、何もおりませぬ。」
「ろ番隊、こちらも。」
「は番隊、なにもなし。」
・・・各隊の報告が囁かれ、やがて、
「ち番隊、何か光が見えます。」と報告がきた。
部隊は一旦止まり、「全部隊、身を隠せ。」と監物が言うと、ち番隊方面に監物を先頭にうらら、照基、家重が辺りを伺いながら進んで行く。
「ち番隊、今、向かっておる。天子か。」
監物がそう囁くと「天子のようです。」と返答があった。
ち番隊に近づくと、明るい光が見えた。
「あっ。私が戦った天子だ。」
うららの声が共有された。
遠目で見るその姿は神々しくも邪悪にも見えた。
「照基殿と家重殿は後ろに回り込め。」
監物はそう囁くと、二人は「あい。わかった。」と囁いて、天子の後ろに回って行った。
「回り込んだか。」
「おう、いつでも良いぞ。」
準備ができたようだ。
サヨは士郎にち番隊の場所へ連れてってと囁き、サヨ達もち番隊へ向かっていた。
監物とうららは天子の前に立ちはだかった。
天子は監物とうららを見ると動揺もせず、手に持った三つ又の槍をうららに向けて言った。
「私の罪人。何故ここにいる。罪人は永遠の罰を受けている筈。」
天子は監物を差し、「罪人の因果の罪人よ。因果の罪人も永遠の罰を受けている筈。因果の罪人はここに現れてはならぬ。」と言って三つ又の槍をかざし、襲いかかって来た。
「いざ。」監物がそう呟くと照基と家重が天子の後方から現れ、天子に斬りつけた。
「やったぞ。」照基がそういうと、斬りつけた天子の背割れて中から鮮血と共に大きな蜘蛛に似た化け物が現れた。
照基と家重は刀を構えたまま、唖然としている。
「なんじゃ!この化け物は!」
蜘蛛に似た化け物は糸を吐き、照基と家重に襲いかかって来る。
「罪人が私に歯向かうとは愚かな事だ。」
監物はすかさず、天子に向かって斬りつけるが、天子の動きは速く、刀は三つ又の槍でことごとくかわされてしまう。
うららは低く構え高く飛んだ。天子はうららを狙って三つ又の槍を繰り出す。素早いうららの動きに天子はついてきている。同時に天子は監物の剣技にさえもついてきている。
照基と家重は蜘蛛の化け物と交戦中だが、とても善戦しているとは言いがたい。蜘蛛の化け物はシールドのように糸を張り、二人の刀を防御しながら槍のような足を素早く繰り出して攻撃して来る。
サヨ達が現場に到着すると天子と蜘蛛の化け物と戦う4人の姿がそこにあった。四人は天子と戦っているが天子は恐ろしいほど強い。
レンは天子の姿を見ると槍を取って構え、「サヨ達は来るな。」そう囁くと疾風のように駆け出した。
「レン!」サヨはそう名を呼んだが、レンは振り返らず、天子の元へ向かって行った。
天子は駈けて来るレンの姿を見つけると、驚愕の表情を浮かべあからさまに動揺している。
「あなたが何故この外道にいる!」
レンの槍が天子に向かって投げられ、天子はそれをかわしたが、ひるんだ一瞬を監物は逃さなかった。
監物の太刀が天子を両断すると天子の断末魔の叫びが工場内に響いた。
「貞時!」
天子はそう最後にレンに視線を送り一言呟くと蒸発するように粉々と散った。
同時に蜘蛛の化け物も蒸発したかのように粉々と散った。
天子の後には歯車のような何かが落ちている。
監物はそれを拾うとレンに訪ねた。
「天子がレン殿を見て”貞時”と言って驚いているようだったが何の事じゃ。」
レンは少し考え、話せば長くなりますがと前置きして皆が集まって来た頃合いをみて、話し始めた。
「サヨが首無し王の宮殿でジバクレイを見つけて一人で追って行ったのに気がついて、オレもサヨを追ったんだけど、サヨが隠し扉を入った後にオレも部屋にそっと入ったら、サヨが鎧に殴られ捕まってしまったんです。」
「どうやら隠し扉の両脇に鎧がいたようで、サヨは気がつかずそのままジバクレイを追ったら後ろから殴られ気絶して捕まっちゃったようでした。」
「オレはそのまま奥に連れて行かれたのを追って行ったら例の首切り部屋に出て、サヨが斬首されそうになってて、でもオレ一人だし相手は少なくとも三人はいたし、でもサヨを助けなきゃって思ってちょっとビビりながら、どう戦うか考えていたんです。」
「そうしたら暗がりから大人の女の人でサヨにそっくりな人と若い男の人が現れて、”貞時様、レンと共にサヨを救ってください”ってオレの方を見たあと、男の人を見て言ったんです。」
「男の人は”うむ、レン、共に行くぞ”ってオレを見て言うと走り出して”レン、槍を持て!”と言ったんで壁にかけてあった槍を手に取って、男の人の後を追ったら、男の人とオレが重なって、そしたらグングンと力が湧いて来て、槍を構えてそのまま首無し王の鎌をブチ割っちゃったんです。」
「後は槍なんか持った事もなかったのに当たり前のように振り回す事が出来て、自信と勇気と技が急に湧いて来たといった感じでしょうか、今も苦戦している監物殿、うららちゃんを見て”オレが助けるんだ!”と感じて思わず飛び出しちゃったんです。」
レンを囲ってみな黙って聞いている。
「そうだよね。レン、あの時から急に強くなったよね。助けてくれた姿も妙にかっこ良かったし。」
サヨがそういうと監物が「レン殿が見たその姫は千代姫じゃな。男の人は千代姫の旦那の三田貞時殿じゃな。」と言った。
「ワシも詳しくは知らぬが千代は上杉の重臣で後の徳川の旗本の青梅の三田家へ嫁いだそうじゃ。旦那は貞時殿という槍の名手で千代より一つ年下だったそうじゃ。」
監物はハッとしてレンを伺うと大きな声で、「すると何か。うらら殿は千代の転生で、レン殿は千代の末裔でかつ千代の旦那の貞時殿の転生か。」と言った。
レンは動揺して「オレが千代姫の夫の転生なんですか。」と監物に聞いた。
監物は手を叩いて”がはは”と声を上げて笑い、「婿殿、初めてお会いする千代の父の監物でござる。千代を大事にしていただき、ただ、ただ、感謝いたす。レン殿が婿殿の転生なら、サヨ殿とうらら殿と三人仲ようされているのも良く解る。サヨ殿は千代にそっくりじゃて、うらら殿は元妻なのじゃからな。」
照基も家重も士郎もただ驚いたが、レンが千代の夫の転生と知り、手を叩き喜んで口々に言った。
「千代姫の婿殿も我らとともにおったか!お二人は転生しても夫婦かのう。」
「レン殿はうらら殿をサヨ殿を皆を救うじゃて愛がなければ救えんじゃろ。」
レンがふとうららを見ると、いつもは冷静沈着なうららが顔を赤らめて視線をこちらに向けない。
「ほら、千代、貞時殿と並べ。夫婦なんじゃから。」
監物はそういうとうららを連れて来てレンと並ばせた。
「おひな様のようだね。」憧れの目を潤ませて白井さんが言うと吉良さんもキヨミもサヨも憧憬の的を見るように二人を見つめている。
「まさに戦国の時を超えた青梅のロマンス。」てっきり興味無しなのかと思ってた中畑君が言う。
「ボクもこんな恋がしたい。」中畑君が呟くと、「アタシも。」と皆が呟いた。
「で、婿殿、なんで天子が婿殿を恐れるんじゃ。」
そう監物に言われて、レンは悩んだが、心当たりはなかった。恐らく天子が恐れるのはオレじゃなくって貞時なんじゃないかと。今はオレと貞時が一緒に重なっているから天子はオレを恐れるんだろう。でも天子は貞時の何に恐れているんだろうか。
レンは考えてみたがどうしてなのか解らなかった。
「城代。全く以て思い当たる節はありません。」
レンがそう答えると、「婿殿わかった。でも天子が恐れるとは、心強い。また、千代に加え婿殿にお会いできるとはこれほど嬉しい事は無い。」と監物が満面の笑みを浮かべて言った。
時の堰(ときのせき)第5章「瞬間」
「パパ!何で死んじゃったの!酷いよ私とママを残して!」
うららの父は呆然と立ち尽くしていたが、「うらら。」と小さく呟く様に娘の名を呼ぶと続けて「ごめんな。」とささやいた。
監物はうららとその父を凝視していたが、やがてサヨに「うらら殿の父か?」と聞き、ただ頷くサヨを見ると、ちょっと不機嫌になってその場に腰を下ろした。
「私は親友のサヨちゃんとレン君が突然事故で死んじゃったから絶望してて、呆然としたまま帰ってきたら今度はパパが自殺していて、ママも絶望してて、一緒に死にたいと言われて、私も死にたくなっちゃったのよ。」
うららは大粒の涙を流しながら顔を赤らめて話している。うららの父はそんな娘の様子を伺いながらただ「ごめん。」と短く繰り返していた。
レンはただ黙って様子を伺ってたが、うららの父にそっと近づき声を掛けた。
「うららちゃんのお父さん。オレとサヨが事故に合って死んじゃったのもうららちゃんを死なせた因果の一つかもしれないけど、普通に考えれば、うちに帰ったらお父さんが自殺してたら、うららちゃんもお母さんも相当なショックを受けると思うよ。」
サヨも動揺しながらレンに視線を送り、頷いている。
「先に死んじゃったオレが言うのはオカシイのかも知れないけど、オレの大切なうららちゃんを絶望させないで。死なせないで。」
うららも大きな目に一杯の涙を溜めてレンを見つめる。レンはじっと見つめるうららの父に向って語り続けた。
「ここにいる監物殿や大石殿、金子殿、士郎殿、サヨも吉良さんも白井さんもキヨミさんも中畑君も、みんなにとってうららちゃんは大事な大切な人なんだよ。うららちゃんは監物殿の姫君の千代姫の生まれ変わりだから、みんなうららちゃんを助けたくて集まっているんだ。」
レンの語りにただ黙って頷いていた監物だったが、突然立ち上がり、うららの父に向って行き、語った。
「ワシはうらら殿の転生前の千代姫の父の監物じゃ。だで、お主もワシもうらら殿の父なのじゃ。お主はうらら殿の目の前で死にざまを見せたようじゃが、ワシも千代の目の前で腹を割っさいて自刃して果てた。千代もうらら殿同様さぞ悲しんだが、それは戦国の世、追手から千代を逃がす為に企てた策じゃ。お主はうらら殿に何の策をもって自害されたのじゃ。」
監物の強面の顔がうららの父を睨む。
「うらら殿の父よ。うぬはうらら殿の行く先を考えての自害だったかの。」
困惑する父を見てうららは監物に言った。
「父上。このうららの父も戦国の世同様に社会に追い詰められ苦しかったんです。もうどうしようもなくなって、自害を選んでしまったのです。この一見平和な世も戦国の世と同じく生きていくのも大変なのです。」
うららは監物を大きな瞳で見つめている。
「ほんに、千代はうらら殿はいい子じゃ。どんなにこころ苦しゅうても父を庇い助ける。うらら殿は父を理解しようとしている。父殿はどう思う。」
うららの父は娘に「ごめん。本当に取り返しのつかない事をしてしまった。」とただ謝っていた。
「うらら殿の父よ。こんなに可愛く美しくなお、賢い娘を死なせて良いものか。お主もうらら殿を助けぬか。うらら殿はワシの娘の転生だで、絶対に助けるのじゃ。そのためには千代姫の末裔であるサヨ殿とレン殿を助け、何が何でも事故の起こる前の時に二人を戻さねばならないのじゃ。」
監物はうららの父に向って問いかけた。
「して、あの化けものを作ったのはお主か。」
うららの父は「はい。」と答え、「いまいちはっきりしないのですが、ここで作ったものです。工場の警護ロボットです。」と続けた。
「あの、南蛮の場所はなんなんじゃ。」と監物が聞くと、右腕につけているアップルウォッチみたいな装置を見て「同じ時に止まっている外道界を移動する装置です。」と答えた。
うららの父は思い立ったかのように「そうだ。この世界には時がないのです。」と言い、「過去も未来もここには存在していたのです。」と言った。
「パパは過去と未来の移動のしかたを知っているの?」うららがそう父に聞くと、「いや、過去のものと未来のものが混在しているだけで行き来はできなかったんだ。」と答えた。
「しかし、天子は行き来しているようだね。」
うららの父はそういうと、かなりメカニカルな腕時計のような装置を皆に見せた。
「これは、ボクが逆巻きのネジと呼んでいる装置で数時間から数分時間を巻き戻せる装置です。これは星空を眺めると年代の違う情景が混在していますがこれを応用して僅かに時を遡ることのできる装置です。」
と説明し、黙って聞いている監物たちに向けて続けた。
「これもここで造って試しましたが、そもそもここでは時がないので時を戻せません。ですが、例えばここから天界(天道)に行くと輪廻転生のサイクルの中に入り、時が進みはじめます。その瞬間にこれを使えばここで止まっている時間から少し戻す事が出来ると思います。」
「ほう、ではここの世界がどの時で止まっているのか解れば戻れるか判断できるのじゃな。」
監物はそういうと、「ここが何時で止まっているのか解る方法はないのかのう。」と続けた。
「どうやら、この世界と同じ時で止まっている外道界は先ほどのホワイトホール宮殿のようですので、あの場所に戻って、王を解放して輪廻に戻せばその瞬間が解るかも知れません。」
うららの父がそう答えると「斬首されてしまうわ。」と監物が答えた。
「いや、城代。今度は一同で向かえば攻略できるかもしれませんぞ。」
照基がそう答えると「王は呪われているので、その姿を打ち倒せば外道界から解放され、六道のどこかへ行き、輪廻に戻れるでしょう。その瞬間、呪われた王とその宮殿が消えて止まったままのロンドンに戻るでしょうからロンドンで時をみればいま、何時なのかが解るとおもいます。」とうららの父が答えた。
「いや、でもあの奇術が・・・」
監物はなにやら心配があるらしい。
「ワシが囮で彫像やら鉄の鎧やらと戦っていると、火の玉を投げて来る奇術を使う者が現れて、刀では太刀打ちできなかったんじゃ。で、捕まってしまったわけじゃ。あの奇術を何とかせぬと王を倒せぬじゃろ。」
「奇術!」一同は監物の話を聞き驚きの声を上げた。
「それは忍術のようなものか。城代。」
照基はそう監物に尋ねると「解らぬ。刀で切れぬし、防げないのじゃ。兎も角(ともかく)、熱くての、戦えんのじゃ。」と言った。
「ならばその奇術が始まったら水で消したらどうなんじゃろ。」
家重がそう言うと「どうやって水を持っていくんじゃい。」と監物がつっこむ。
「では一同、水を被ってから行かれたら少しの間はその奇術を防げるのではないかの。」
照基は真面目な顔で答える。
「うらら殿の父殿。この工場内に水はあるかの。」
監物がそううららの父に聞くと、「では手伝って頂ければ簡単な水鉄砲を作って持っていきましょう。」と答えた。
「ほう、水鉄砲とな。それはいい考えじゃ。」
監物がそう答えるとうららの父は太めのパイプを切って手押し式の水鉄砲を20本作った。サヨもレンもうららも兵たちも皆手伝って。
まず、水鉄砲隊を編成した。今回はサヨと白井さん、キヨミ、吉良さん、中畑君、うららの父が水鉄砲隊に組み入れられた。水鉄砲隊は監物を筆頭に士郎が警護に付いた。
王追撃部隊としてうららを筆頭にレン、照基、家重が付き兵は10名ほどのコンパクトな部隊にした。
「いざゆかん!」監物の掛け声に一同が「おー!」と雄叫びをあげると、うららの父がスイッチを入れた。
眩い光があたりを包み込む。みな、一瞬目がくらみ、サヨが気が付くと見覚えのあるホールにいた。
遠くに王の玉座が見え、首のない王が立ち上がると、王の不気味な声がホールに響いた。
「愚かな者たちよ。みな捕らえて斬首してしまえ!」
ホールの鎧たちが動き出し、彫像が動き出し、監物たちを襲った。
うららと照基たちの王追撃隊はそのまま走って王に向かった。
王は自分の首を抱えると、玉座の裏に消えていく。レンは持てる槍を王目がけて力いっぱい投げた。
槍はホールの空気を引き裂き、王を目がけて放たれていった。
石の壁を突き刺し砕く轟音が響き、王の首の左頬をかすめて切り裂いた。
王の首は振り返ると怒り、全身から負のオーラが沸き立っている。
「おのれ、このチャールズを辱めようとするか!」
怒り狂った王は「いでよ従者たちよ。この者たちを焼き殺してしまえ!」と狂気に満ちた叫びに似た嫌な声で叫び、魔導士を召喚した。
うらら達の前に魔導士が現れ、火炎玉を作って投げて来る。
すかさず水鉄砲部隊が台頭し、魔導士の炎に水を掛ける。魔導士の炎は消え、うららは飛ぶように魔導士を討ち果たしていく。
レン、照基、家重と兵10名は、うららを先頭に長細い槍のように魔導士たちと鎧たち、彫像たちを攻略していく。その後方ではサヨや監物が襲い来る鎧や彫像たちと戦っている。
「いける!」うららはそう感じていた。
王は怒り狂って炎を部隊に向かって放っている。うらら達の後に続くサヨ達水鉄砲部隊は炎があがるとすかさず放水して鎮火させる。
うららは王にたどり着くと一太刀浴びせた。刀は王の体を切ったが、あまり手ごたえはなかった。
「無礼なものたちよ!」
王はそう絶叫すると王の体を切り裂いたうららの刀をわしづかみにしてた。
「きゃ!」
うららは刀を掴まれるとそのまま王に引き寄せられ、王の血まみれな体につかまってしまった。
「おまえは斬首じゃ。」
王は人とは思えない不気味な表情でそう絶叫すると剣をもった手を振り上げ身動きの取れないうららの首元に振り下ろした。
鈍い突き刺さるいやな音が聞こえた。
「ぎやー!」
王の絶叫がホールに響いた。
レンが王の左わきに腰を低く槍をもって構えていた。
槍は王の首の額を突き刺し、脇腹へ貫通して体ごと突き刺している。
「そうだよね。頭が本体だよね。」
レンがそういうと王は蒸発したかのように消え失せた。
魔導士たちも蒸発し、轟音と共に宮殿も崩れ始めた。
「おお!なんじゃい!轟音と共に崩れている宮殿が蒸発していくぞ。」
監物の大声が聞こえ、サヨ達は写真で見た事のあるロンドンの夜のトラファルガー広場にいた。
「どこじゃい!ここは!」
監物達はあたふたと周囲をみまわしている。
トラファルガー広場には沢山の観光客がいて、日本人も多くいるようだった。
ただ、普通と違うのは、まるでそのまま凍ったように何も動いていないのだった。全てが止まっている。
「サヨ、うららちゃん、みんな時計を探して!」
レンがそういうとみんな時計を探して駆け出した。
「今、2016年6月5日午後22時30分だよ!」
時計をみつけたサヨの声、白井さんの声、中畑君の声が次々聞こえた。
うららは「時差は9時間だから、日本では翌日朝7時30分。サヨちゃんとレン君が事故に合ったその時だ。」といった。
どうやらこの外道界はサヨとレンが事故に合ったその時で止まっているらしい。
監物達はこの事を知り大いに喜んだ。やはり、因果はサヨとレンの事故の瞬間にあった。