「どんなにくだらない話題でも、この戯文のなかに入れるに値しないものはない」とモンテーニュがわざわざ述べて書き出した『エセー』第13章のテーマは、「王侯会見の儀礼」です。他の章についてはそんな前置きなしに単刀直入に本題に入っていますから、形式張った儀礼というものを彼がいかに嫌悪していたのかがよくわかります。
モンテーニュ自身は、子どもの頃から儀礼について「注意深くしつけられ」てきたし、王侯たちとの付き合いもあったのですが、「自分の家では一切の儀礼を省略」することにしていました。「一度だけ先方の気を悪くさせる方が、毎日私が気づまりでいるよりはましである」とまで言っているのです。(この「先方」というのは儀式を重んじるお偉いさんのことです。)
しかし、モンテーニュは決して礼儀についての知識やその必要性の認識を欠いた人間ではありませんでした。彼は同じ章でこうも述べています。
「礼儀を知るということはきわめて有用な知識である。」「それは他人の模範によって自己を教育するための扉を開くためのものであるとともに、またわれわれが人に教えたり伝えたりするに足る模範を、われわれ自身で生み出すための扉を開くためのものである。」
「自己を教育する」――これは彼の一生のテーマであったと言えるでしょう。“私は何を知っているのか”といつも自己に問いかけ、自分の理性を研鑽し、感情を見つめ直し、貪欲な好奇心と他者を批判するその言葉で自分自身をも批判する謙虚さとを併せ持っている人でもありました。そんな彼にとって、「王侯会見の儀礼」が実にくだらないものであったのは当然のことでしょう。(鈴)