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第31回 「猿払(さるふつ)事件」――公務員に政治活動の自由は?

2012-06-27 | 憲法って、面白っ!

 今回は、「猿払(さるふつ)事件」を取り上げて、公務員に政治活動をする権利があるのか、それを規制する法律は憲法に照らし合わせてどうなのかという問題について述べていきたいと思います。

 まず、猿払事件とはどんな事件だったのでしょうか。
 事の起こりは、1967年の衆議院議員選挙に際し、北海道宗谷郡猿払(さるふつ)村の郵便局に勤務する労働組合の事務長Aさんが、所属する労働組合の決定に従い、B党公認候補者の選挙ポスターを公営掲示場などに掲示したり配布したりしたということでした。
 
 この行為が、国家公務員法と人事院規則で定められた、禁止されている「政治的行為」に該当するとして、Aさんは起訴されました。

国家公務員法102条1項【政治的行為の制限】
職員は、政治又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らかの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外(ほか)、してはならない。

人事院規則14-7 6項13号
 政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し若しくは配布し又は多数の人に対して朗読し若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するために著作し又は編集すること。

 しかし、第一審の判決ではAさんは無罪となりました。たしかに、Aさんの行為は人事院規則で定められていることに該当するものの、Aさんは管理職ではない現業公務員であり、勤務時間外にその職務を利用することなくおこなった行為に対する制裁としては合理的にして必要最小限の域を超えるものであり、憲法21条、31条に違反するとの理由で、Aさんを無罪としました。
 つまり、国家公務員法102条1項それ自体は合理性があるものの、これをこのAさんの場合に適用して罰則を課すというのは違憲だということです。
 検察は控訴しましたが、札幌高等裁判所もこの第一審の判決を支持しました。

第21条【集会・結社・表現の自由、通信の秘密】
1  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

第31条【法定の手続の保障】
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 ところが、上告審の1974年最高裁判所判決は、高裁判決を破棄し、Aさんを有罪としました。
 最高裁判決では、表現の自由は「民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものである」と言いながらも、「公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならない」とし、争点となった国家公務員法と人事院規則の適用は合憲であるとしました。

 この最高裁判決は、たいへん大きな問題をはらんでいます。
 基本的人権を制約する行政行為や立法があれば、それが憲法憲法かどうかが問題になります。
 経済的自由の制限に関わる場合は、明らかに違憲であるとまでは断定できない行為については合憲とされます。つまり、政治的な判断で経済的自由を制約するのは基本的にありで、どう見ても違憲だという場合だけ裁判所は違憲判決を出すということです。

 しかし、精神的自由権の制約に関わる場合は、厳格な審査基準が適用されます。つまり、精神的自由権のひとつである政治的行為の制約については、その目的が真にやむを得ないものであり、その手段が目的を達成するのに必要最小限度のものでなければなりません。その目的を達成するためにより制限的でない他の選びうる手段があれば、違憲となります。

 この猿払事件の場合、一審と二審は、精神的自由に関わる問題と見て、厳しい基準を適用し、違憲判決を出しました。ところが、最高裁では経済的自由権と同じ緩い基準が使用された結果、Aさんの事例に国家公務員法と人事院規則を適用するのは別に違憲ではないとなったのです。

 しかしながら、この最高裁判決においても、公務員には政治活動をする権利はないのだとか、公務員の政治的行為をいくらでも制限できるとか、どんなに重い罰を課してもいいのだとは言っていません。あくまで「合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り」規制は合憲だと言っているのです。
 Aさんに対して言い渡された刑罰は5000円の罰金でした。(1974年ですから、現在では5万円ぐらいでしょうか。)
 一方、大阪維新の会が提出しようとしている「職員の政治的行為の制限に関する条例」(案)では、懲戒処分と免職ですから、たいへんな重罰となります。「合理的で必要やむをえない限度」とは、とても言えません。(鈴)


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