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「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

『正社員が没落する』を読んで

2009-06-24 | 本・番組・映画など
『正社員が没落する ――「貧困スパイラル」を止めろ!』(角川oneテーマ21)という本を読みました。
自立生活サポートセンター 「もやい」の、そして年越し派遣村の湯浅誠氏と、『ルポ貧困大国アメリカ』の堤未果氏の共著です。

先週の金曜日、湯浅氏が『報道ステーション』に出ていましたが、そこで話していたことが、ちょうどこの本に書かれている内容でした。

新自由主義の下で進んだ「格差社会」の深刻さについては、既に誰もが感じていると言っていいくらいですが、それを克服するための運動は、あちこちで粘り強く継続されているとはいえ、状況を大きく変えるほどの力は持ち得ていないのが現状です。

それには、生活を脅かされている圧倒的多数の人々が、分断され、お互いに対立させられ、本当の「敵」から目をそらされていることが大きいのではないでしょうか?
職を奪われた非正規労働者に対して、「甘えている」、「そういう生活を自分で選んだ」などという批判は、いまだに広く存在します。
一方で、公務員や正社員などいわゆる「中間層」に対しては、「税金で養ってもらっている」、「給料に見合った仕事をしていない」といった攻撃がされています。

この本は、そうした分断の構図を乗り越えるよう呼びかけます。正社員vs.非正社員、公務員vs.民間など、作られたニセの対立に目を奪われていては、権力者の思うつぼ。私たちは「格差社会」の本質を見抜かなければならない、と。

例えば、湯浅氏は、生活保護切り捨ての“水際作戦”について、こう語ります。
「生活保護申請者を踏みにじる無理解な福祉事務所」という構造は一見わかりやすいが、実態はそれほど単純ではない。福祉事務所側からすれば、申請者がどんどん増えているのに職員の数は増えない。職員の負担は増える一方。かつては、対応が難しいケースは所内で検討会などが開かれ、ノウハウが蓄積されたが、今はそうした余裕もない。疲弊した職員には、申請者が「権利ばかりを主張する」と映る‥‥。

堤氏は、米国での例を挙げます。
貧困層の高校生をだまして入隊させる軍のリクルーターへの批判が沸き起こったが、実はそのリクルーターたちも、毎月の新兵ノルマ数をこなせなければ即前線に送られることに怯えていた。彼もまたこの仕組みの中の一被害者だった。

闘うべきは相手は、自分たちから理不尽に搾取するシステムそのものなのに、その下にいる者がお互いにいがみあってしまうことで、本当の敵が見えなくなります。

そして、ニセの対立に目を奪われるなという訴えは、「中間層」の人たちに対しては、下からの訴えに無関心でいると、いずれ自分の首を絞めることになる、という警告でもあります。
格差、あるいは貧困を問題にする言説は星の数ほどあっても、こうした視点は、それほど多いとは言えません。その点、この本は貴重で、大いにうなずかされました。

湯浅氏は、「NOと言えない労働者」と名づけた存在に注目します。

職も住居もない労働者は、職を選ぶ自由がない。給料が日払いでもらえる仕事でなければならない。寮付きの仕事しか選べない。「寮付、日払い可」というのは低賃金・不安定就労の見本ですが、他に選択の余地はありません。これが「NOと言えない労働者」です。

この「NOと言えない労働者」が増えれば、労働条件が劣悪な職場にも人が集まります。安い労働者を使うほど利益も高くなり、労働者を大事にする企業は競争で生き残れません。労働条件は、全体としてますます悪化します。
湯浅氏は、これを「貧困スパイラル」と呼びます。

よく「仕事をえり好みするな」と言われるが、それによって「NOと言えない労働者」を作りだし、全体の労働条件を悪化させ、そう言っている本人に跳ね返ってくるのだ、と湯浅氏は強調します。
だから、貧困は一部の人だけの問題ではない、と。

実際、周囲が地盤沈下することで相対的に上がった部分(正社員、公務員、‥‥)が「恵まれすぎ」と攻撃され、「自分はそれに値する」という立証責任を負わされ、過重な労働を課せられているのが今の事態です。

「NOと言えない労働者」は、政策によっても生み出されます。例えば、失業保険は、2001年までは7ヶ月支給されていたが今は3ヶ月。すぐ無収入になるから、目の前にある仕事に飛びつくしかなく、選ぶことができない。雇用保険は、労働市場の質を維持する、劣化を止めるためにも必要なのです。

だから、「ダメな落ちこぼれのために、どうして俺の税金が使われるんだ」という、“セーフティネット=お荷物論”から脱却して、労働市場の劣化による際限のない値崩れ、細切り化を防ぎ、労働市場の質を保つためにこそ必要、それが自分たちのためでもある、という“セーフティーネット=必要経費論”に頭を切り換える必要があるのです。

湯浅氏は、そもそも日本では、教育費や医療費など、普通に生活していくのにかかるコストが高すぎることを問題にすべき、と言います。
正規労働者の賃金を下げて、非正規労働者の賃金を上げるというのは、解決にならない。生活のためのコストがかかりすぎるのだから、わずかな賃金を奪い合うことに意味はありません。
労働市場の外側の、生活コストの問題に目を向ける。そうすれば正規・非正規の利害が一致するはずです。

目先の対立を乗り越えて、もっと根本的な問題、大きな貧困化の進行と、社会の歪みに目を向けること。進む道はそれしかないと思いますが、日本での、そのための突破口はどこにあるのでしょう?

(ウナイ)


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1 コメント

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国と企業の責任を問う (ハンマー)
2009-07-01 09:19:48
国と企業の責任を問う

 私も、この本の視点には大いにうなずかされました。失業が非正規から正社員に広がってきているなか、改めてこの本で指摘されていることは重要だと思います。5月の完全失業率は5.2%、完全失業者数は347万人、有効求人倍率は0.44倍と急速に悪化しています。非正規労働者の失業者数は、昨年10月から今年9月までに22万3千人に達するといいます。正社員の失業も前月調査より約3割増え3万5千人を超える勢いになっています。15兆円もの補正予算も、企業救済とくれてやりが最重点であり、本当に困っている人には届かない、全く労働者をバカにしたものです。月例経済報告で「景気底打ち」などは選挙用のプロパガンダであることがわかります。
※有効求人倍率:過去最悪 失職者の手当切れ急増、雇用危機これから(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/biz/news/20090701ddm002020092000c.html

 ここでちょっとだけ本の感想を書きます。
 まず『反貧困』の湯浅誠氏と『貧困大国アメリカ』の堤未果氏の対談というこれ以上ないシチュエーションです。そして、貧困が非正規労働者、シングルマザー、高齢者など「社会的弱者」から正社員に向かうという、貧困の新たな段階が『正社員が没落する』の表題によく表れています。本の中では「中産階級の没落」という表現が使われています。「中産階級」がどういう「階級」を指すのかはさておき、現在の経済危機のもとでは従来の貧困層のさらなる困窮が問題になるのはもちろんですが、「中産階級の貧困化」は、貧困慣れした層の一層の貧困化とは深刻度が違い、突然路頭に投げ出され、即座に生きるすべを失うという深刻さを問題にしています。たしか『派遣村』(岩波書店  2009/03) で書かれていたと思いますが、湯浅氏によると年越し派遣村の意義は、貧困の視覚化、厚労省前でのデモンストレーションなどの政治的意義とは別に、野宿、残飯あさり、炊き出しなどのホームレスのハウツーさえわからない突然の路上生活者を支援する意味があったといいます。
 堤氏は特に国の責任を強調し、国とは何か、どうあるべきかを提起。国民を食わしていけないような国家に税金を払う必要はないと厳しく指弾します。湯浅氏は、企業の責任を強く主張します。
 『正社員が没落する』では以下のような指摘がとても印象に残りました。
・自殺者の異常な多さは、先進国共通の特徴ではない。日本の自殺率は米国人も驚くほどだという。
・堤氏が紹介する、米国での社会的地位のある業種、中間層の没落。教師はもともと給与が低いが、医師のワーキングプアー化が進んでいる。医師は2000万円程度の給与があるが、医療訴訟に備えて1800万円もする医療過誤保険に入らなければならない。残る手取りは200万円程度。そして、保険会社に背いた医療をすると契約を打ち切られ患者を紹介してもらえないという不安定労働者。しかし、医者をやめるわけにはならない。
・日本でも、医療保険の現物給付の動きがある。これは基本的に現金給付であった医療保険で、現物給付、つまり「入院や手術を支給する」というもの。こうなると患者への医療が医者ではなく、保険会社によって決められることになってしまう危険がある。両者は「サービスの資本主義化」に強い警鐘をならす。
・そして貧困と戦争の関係。“もやい”にも自衛隊の勧誘が来たことが紹介されている。『貧困大国アメリカ』で堤氏が紹介している、イラクに派遣されたトラック運転手のような事態が日本でも起こるのではないかと。そこでは「戦争の民営化」という新しい戦争の形態が深く関わる。必ずしも米軍に入隊しなくとも、戦争やダーティジョブに関わることは可能なのだ。

(ハンマー)
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