空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

タムジャイサムゴー

2022年06月17日 23時25分33秒 | 様々な話題

今日は、新宿で映画を2本。

新宿でしかやっていない映画があるので遠出。
新宿までは交通費がかかるので、
時間を調整して、ハシゴをすることにしています。
1本目と2本目の間が1時間ほど開いたので、
ここへ。

譚仔三哥(タムジャイサムゴー)は、
香港No.1の人気と162の店舗数を誇る、
米線(ミーシェン)スープヌードルレストラン↓。

丸亀製麺を運営する
トリドールホールディングスが
315億円で買収して、3月に新宿に1号店を開店。
トリドールという社名は、
第1号店、焼き鳥屋の「Tori doll」から来ています。
丸亀うどんだけでない、
世界的なフードレストランを目指し、
タムジャイは、その世界戦略の一つ。

そのあたりは、テレビ東京の「ガイアの夜明け」で紹介されていました。


昼時とあって、行列。
ほどなくカウンター席へ。

テーブル席や

二階席もあるようです。

これがメニュー。

麻辣(マーラー) 、酸辣(サンラー) など、
6種類の中からスープを選び


次に辛さの度合いを選ぶ
10段階。

私は「5」のマイルドを選定。

そして25種の中から具を選ぶ
野菜、肉、海鮮にそれぞれ値段がついています。

今回は、いろいろ混ざった、これを注文。


それと同時にチキンも。

麺担当が二人しかいないので、大変そう。


来ました。

大きな丼に、ものすごい量

これが麺。


中国雲南省発祥の米線(ミーシェン)という、
米で作った麺。
ラーメン、うどん、そばに続く
「第4の麺」(ホーはどうした)として普及したいといいます。
米と水しか使っていません。

レモンティも注文するのが標準。


中のレモンをスプーンでつぶして飲みます。
これで味覚を整えながら食べます。

とにかく、量が多くて、食べても食べても減りません。
女の人は大変でしょう。
                                                                                現在、東京に新宿店、吉祥寺店、恵比寿店の3店を展開中

ホームページは、↓をクリック。

譚仔三哥(タムジャイサムゴー)公式サイト (tjsamgor.jp)

 

 


小説『脱北航路』

2022年06月15日 22時55分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

月村了衛による北朝鮮からの脱北モノ。

北朝鮮が陸海空軍による大規模軍事演習を実施しようとしている中、
桂東月(ケ・ドンウォル)大佐は
自らが艦長を務める潜水艦での日本への亡命を決行する。
東月は、核ミサイル開発に従事していた弟の不可解な死の真相が
核燃料のずさんな管理による放射能被曝だったことを知ったことから、
祖国に絶望し、
同じように、国と軍の腐敗を憎んでいる海軍の仲間と共に、
国を捨てることにしたのだ。

しかし、ただ潜水艦で日本に到達したとしても、
日本が受け入れるとは限らない。
その担保として、
招待所にいた
「107号」と呼ばれる女性を同行させることにする。
107号とは、45年前、中学1年生の時に
島根県で北朝鮮工作員に拉致された日本人女性
広野珠代(たまよ) 。
(どう考えても横田めぐみさんがモデルだ)
日本の領海に入ったら、
珠代さんが同乗している旨を無線で広く伝える。
拉致被害者の象徴と位置付けられている珠代さんを救うためなら、
日本政府は動くだろう、という計画だった。

そのために、やはり国を捨てる決意をしていた
辛吉夏(シン・ギルハ)政治指導員が動く。
吉夏は、不正蓄財をしていた叔父を密告したが、
叔父が吉夏の分も蓄財してくれていたことを知り、
それが発覚すれば、反逆者とされることが確実なので、
亡命の道を選んだのだ。
金正恩の命令書を偽造し、
招待所に乗り込み、珠代を連れ出し、
トランクの中にいれて、潜水艦内に導き入れた。

大規模演習に従うふりをしながら、東月の潜水艦は離脱し、
日本を目指す。
出航して間もなく、
乗組員に計画を話し、
離脱する者は申し出るように言う。
そのまま日本に亡命すれば、残された家族に累が及ぶ。
離脱したところで、過酷な尋問と、収容所送りが待っている。
苦衷の選択で、24人が救命ボートで退艦し、
同行を申し出た者は13人、
元々の計画参加者16人と合わせて29人で日本を目指す。

しかし、それは上層部の知るところとなり、
後を追ってきた特殊部隊、爆撃機、魚雷艇、対潜ヘリ、コルベット艦などとの
熾烈な戦闘が発生する。
東月の潜水艦「11号」は老朽化が激しく、
日本まで到達できるかどうか不明。
その上、最後には、羅済剛(ラ・ジェガン)という
優秀な男が艦長の「9号」潜水艦との死闘が始まる。
東月と済剛は、昔からのライバル関係にあった・・・

この潜水艦の展開に、
日本側の話として、
珠代が拉致された時、巡査をつとめていた退職警官で、
45年前、小学生の「不審者がいる」という通報に
浜辺へ確認に行かなかった過去を悔やんでいる岡崎誠市や
やはり45年前に不審船を発見していながら、
ことなかれ主義で見逃し、
珠代の拉致を見過ごしたことを後悔している漁師の甚太郎
などが描かれる。

潜水艦内での戦闘シーンは、
緊迫感が並でない。
「潜水艦映画にハズレなし」
というが、まさにそれ。

潜水艦は日本に到着するのは当然の展開だが、
その後が示唆的だ。
日本の自衛隊は、
潜水艦を遠巻きにして見守るだけで、
接触さえ禁じる。
済剛は、その状況を見て、こう言う。

「それが日本という国の正体だ。中身などない」

その状況の中で動いたのは、岡崎の乗る巡視艇と、
甚太郎の乗る漁船と、
それ以外の民間船だった。
というのも、
無線が公開され、
珠代のメッセージが流れたからだ。
「私は広野珠代です。
やっと、帰ってきたんです。
日本の皆さん、聞いておられるんでしょう?
私は日本を信じています。
早く生まれた国に帰りたい。
なのに、どうして助けに来てくれないんですか」
しかし、自衛隊は、巡視船に何もするなと命令を出し、
漁船には海域からの退去を命令して、
邪魔しようとする。

まさに日本政府のことなかれ主義と
正義を貫こうとする人々との戦いになる。
その間に、潜水艦の損傷は進み、
沈没の危機が近づいていた。

そして、結末は・・・
どうか、自分の目で確かめて下さい。

北朝鮮の体制が上から下まで狂っていることへの批判、
日本の国柄への批判など、
納得できるものがある。
そして、拉致被害者が放置されていることへの怒り・・・

久しぶりに時を忘れる読書体験だった。

 


映画『オフィサー・アンド・スパイ』

2022年06月14日 23時00分00秒 | 映画関係

[映画紹介]

ドレフュス事件を扱った
ロマン・ポランスキーの監督作品。


ドレフュス事件とは、
1894年にフランスで起きた冤罪事件

当時のフランスでは、
国家の土台を揺るがす深刻な分断をもたらした事件。
世紀の冤罪事件として、
名称だけは知っていたが、
なるほど、こういう事件だったか。

ロバート・ハリスの小説「An Officer and a Spy」(2013)を原作としている。

1894年夏、フランス陸軍省は
陸軍機密文書の名が列挙された
ドイツ陸軍武官宛ての手紙を入手した。
筆跡が似ていたことから、
ユダヤ人砲兵大尉のアルフレド・ドレフュスが逮捕された。
しかし、具体的な証拠も状況証拠も欠いていたため、
スパイ事件はすぐには公表されなかった。
ところが、この件が反ユダヤ主義の新聞に暴露されたことから、
対処を余儀なくされた軍は、
ドレフェスに終身禁固刑を言い渡し、
ドレフュスはフランス領ギアナ沖の離島、
ディアブル島(悪魔島)に送られた。

映画は、ドレフェスから軍服の装飾品を全て剥奪する
屈辱的な場面から始まる。


ドレフェスは「私は無罪だ」と大きな声で宣言する。

1896年、将来を嘱望される41歳の
ジョルジュ・ピカールジャン・デュジャルダン)が
軍の情報局局長に就任し、

ドレフュスの無実を示す衝撃的な証拠を発見。


事件の真犯人を告げる証拠を
上司のボワデッフル将軍とゴンス将軍に報告するが、
一旦判決の下りた事件をくつがえすことは
軍の威信に関わることから、
隠蔽を指示される。

ピカールは情報局局長を解任され、
チュニジアへ配置転換となり、
更に98年初めには60日間、
98年から99年には11カ月間監獄に拘留される。

援軍は作家エミール・ゾラで、
1898年1月13日付けの新聞で、
『私は告発する』と題する公開状を発表した。


告発は、真実を隠蔽して体制を守ろうとした軍の幹部、
筆跡鑑定家やナショナリストの新聞、
軍法会議へ向けられていた。

権力を背景にした軍部は、
「国家の安危に関わる軍事機密情報」が含まれているとして、
ドレフュス有罪の根拠とされる証拠類の開示を拒んだ。
当時の裁判は、
公正性など全く関係ない、
政治的思惑と圧力によるもので、
こんな裁判で有罪判決をされてはかなわない、と思わせる。

しかし、1899年、大統領が交代したことから進展を見せ、
特赦でドレフュスを釈放した。
ドレフュスはその後も無罪を主張し、
1906年に無罪判決を受け、
再び軍籍に入ったドレフュスは少佐となった。

事件の背景には、ドレフェスがユダヤ人であったことがあり、
反ユダヤ主義の人々がピカールを非難する。
こうした動きに翻弄されるピカールだったが、
真実と正義を求める姿勢に揺るぎがない姿が胸を打つ。

真犯人である情報漏洩者のフランス陸軍の少佐、
フェルディナン・ヴァルザン・エステルアジは、
軍法会議にかけられたものの、無罪となり、
イギリスに逃亡し、そこで平穏な生涯を終えた。

偽造文書を作したアンリは、
逮捕後、偽造を自白し、
独房で自殺する。

ピカールは准将、ほどなく少将に任命され、陸軍大臣となる。

ゾラは、1902年に不慮の死を遂げたが、
読者の学生へ向けて次のような言葉を送っている。
「人間らしく正義を貫くこと、
それはいつの時代にあっても、
あらゆる人々の責務なのです」

この事件を新聞記者として取材していた
オーストリア人記者テオドール・ヘルツルは、
社会のユダヤ人に対する差別・偏見を目の当たりにしたことから、
ユダヤ人国家建設を目的とするシオニズムを提唱、
それが後の1948年のイスラエル建国へと繋がり、
ヘルツルは「建国の父」と呼ばれることになるのだ。
歴史は連鎖し、発展する。

 


トニー賞授賞式

2022年06月13日 22時55分27秒 | 様々な話題

今日は、トニー賞の授賞式
コロナの影響で、一昨年は中止、
昨年は9月に開催。
今年は、例年通りの6月開催に戻りました。

ブロードウェイの劇場も再開、
2021年2月20日から2022年5月4日までに
初日を迎えた作品が対象で、
今期は3年前と同じ34作品。
つまり、回復したということです。

会場は3年ぶりの
ラジオ・シティ・ミュージックホール

今年の司会は、
アリアナ・デボーズ

「ウエストサイド・ストーリー」のアニタ役で、
アカデミー賞助演女優賞を受章した実績の起用。
堂に入った司会ぶりで、
アカデミー賞の司会者に見習わせたいくらい。

目玉のミュージカル作品賞候補は、
次の6作品。

ガール・フロム・ザ・ノース・カントリー


ボブ・ディランの曲を使ったジュークックス・ミュージカル。

MJ


マイケル・ジャクソンの半生を描く、
これも、ジュークックス・ミュージカル。

ミスター・サタデー・ナイト


落ち目コメディアンの復活大作戦。
映画のミュージカル化。


パラダイス・スクエア


黒人とアイルランド移民が支え合う物語。


SIX


ヘンリー8世の6人の妻たちが
現代に蘇ってバンドを結成。


ア・ストレンジ・ループ


性的マイノリティの黒人青年が
芝居の脚本を作りつつ、
内なる声に悩まされる。
声は6人の俳優で演ずる。

オープニング・ショーは、
アリアナ・デボースが
沢山のミュージカルの曲をメドレーで歌うパフォーマンス。

ミュージカルのパフォーマンスは、
ヒュー・ジャックマン主演の「ザ・ミュージックマン」

「SIX」など多彩。

特に、マイケル・ジャクソンの娘と息子が案内役をつとめての

「MJ」のパフォーマンスが華麗。

「スムーズ・クリミナル」を新たな編曲で、
新たな振り付けで踊る。

そのマイケル・ジャクソン役で
ブロードウェイ・デビューした
マイルズ・フロスト
主演男優賞を獲得。

この人、マイケルの曲を踊るYouTubeの配信が目に止まって、
主役に抜擢された人。
ミュージカル作品賞の発表は、チタ・リベラ

新旧のアニタ役が顔を揃えました。
その作品賞は、「ア・ストレンジ・ループ」が獲得。


結果は、↓のとおり。

[ミュージカル部門]

ア・ストレンジ・ループ:作品賞、脚本賞
カンパニー:リバイバル作品賞、助演男優賞、助演女優賞、演出賞、装置デザイン賞
MJ:主演男優賞、照明デザイン賞、音響デザイン賞、振付賞
SIX:オリジナル楽曲賞、衣裳デザイン賞
パラダイス・スクエア:主演女優賞
ガール・フロム・ザ・ノース・カントリー:オーケストラ編曲賞

[演劇部門]

リーマン・トリロジー:作品賞、主演男優賞、演出賞、装置デザイン賞、照明デザイン賞
テイク・ミー・アウェイ:リバイバル作品賞、助演男優賞
ディナ・H:主演女優賞、音響デザイン賞
危機一髪:衣裳デザイン賞
スケルトン・クルー:助演女優賞


「黒澤明と『生きる』」

2022年06月11日 23時07分51秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

都築政昭氏による、
映画「生きる」の制作秘話の集大成
先に紹介した、「黒澤明と『天国と地獄』」の次の書籍。

映画「生きる」は、1952年に公開された作品。


無為に日々を過ごしていた市役所の課長が、
胃癌で余命幾ばくもないことを知り、
己の「生きる」意味を探っていく姿が描かれている。

公開時、私はまだ5歳の学齢前だったので、
リアルタイムでは観ていないが、
1962年4月15日、
渋谷道玄坂上の映画館テアトルハイツで、
「酔どれ天使」との2本立てで観た記録が残っている。
ただ、それ以前に、まだ小学生の時、
渋谷の全線座で観た記憶がある。
当時、途中入場は当たり前の時代で、
主人公の渡辺勘治が医者の診断を受けた後、
呆然として町を歩き、
はっと気づくとトラックが目の前を走っており、
その途端、無音だったのが、
ガーッという町の騒音が入り込んで来た
ところで入場した記憶があるから、
確かだろう。
小学生には難しい題材だったと思うが、
その数年後にまた観ているくらいだから、
子ども心に印象が深かったのだろう。
その後のニュープリントでの公開時も観たし、
家ではDVDで、繰り返し観ている。

そのわりに裏話はあまり知らなかったが、
本書で、へえー、そうだったんだ、と思わされたところが沢山あった。

以下、その一部を列挙する。

○黒澤明はロシア文学が好みで、
「生きる」の前作は、ドストエフスキー原作の「白痴」
しかし、失敗作であったことは、本人も認めている。
とにかく長過ぎたため、会社によってどんどん切られた。
ついに「これ以上切るなら、フィルムを縦に切れ」と叫んだという。
カットされた前半部分、ストーリーを説明する字幕を入れるなど、
ちょっといびつな形で公開された。
もし、ネガが残っていて、
ティレクターズ・カットでも出たら、大変貴重なものになっただろうが、
ネガも失われている。

○「白痴」を松竹で撮ったのは、
東宝争議の間、東宝を離れていたからで、
大映では「羅生門」を撮った。
その「羅生門」がヴェネチア映画祭でグランプリを取ったことから、
争議が終わり、古巣東宝に戻っての「生きる」には、
期待を一身に受けての緊張感満々だった。

○脚本は小国秀雄橋本忍との共同脚本。
箱根の宿にこもり、黒澤と橋本が書いた脚本を
小国が判定する、という構造だったという。

○根底にトルストイ「イワン・イリッチの死」があった。
判事のイワン・イリッチが死病にかかり、
その死の床で、生きる意味を問い、恐ろしい孤独に責め苛まれる。
そして、最後に神の恩寵に気づいて死を迎える。

(なお、この本での情報ではないが、
当初題名は「渡辺勘治の生涯」だったが、
黒澤が「生きる」に改めたという。
テーマが明快な、いい題名だ。)

○主人公の死病は胃ガン
当時は死の宣告に等しかった。
また、当時は告知をしないことが常識だった。
今とは状況が違う。

○映画は次の様な構成で作られる。
 ・市役所での勘治の生活。
  縄張りに縛られ、仕事をしないことが仕事という状態。
  黒江町のおかみさんたちの、下水溜まりを何とかしてほしい、
  という陳情も、お役所内でたらい回しされる。
 ・勘治の内臓の疾患が我慢できないほどになり、
  無欠勤の記録を破って、医者の診断を受ける。
  医者は「軽い胃潰瘍です」と言うが、
  病院の待合室で、おせっかいな人が告げた胃ガンの症状から、
  勘治は自分が胃ガンで余命いくばくもないことを悟る。
 ・しかし、息子には話せない。
  妻を亡くして男手一つで息子の光男を育てたが、
  今は断絶の日々だ。
  その上、後で出て来る若い女性との関係を疑われる。
 ・市役所を無断欠勤した勘治は、
  飲み屋で知り合った三文小説家の案内で、
  享楽の巷に紛れ込むが、それでは癒されない。
 ・職場の若い職員とよが、退職願いに判を押してほしいと訪ねて来て、
  勘治は、とよの若い生き生きとした姿に惹かれる。
  とよを誘って、日々を過ごすが、
  やがて、とよに気味悪がられ、
  喫茶店で自分が胃ガンで死ぬことを告白。
  なぜ君はそんなに生き生きしているんだと聞かれたとよが
  工場で作っているおもちゃを見せて、
  「課長さんも何か作ってみたら」と言う。
  「もう遅い」という勘治だったが、
  「いや、まだ遅くない」という言葉を残していく。
 ・職場に復帰した勘治は、
  黒江町のかみさんたちの陳情書類を見て、
  そこに公園を作ることに力を貸そうとする。
 ・一転、勘治の葬儀の場となり、
  勘治が作った公園で深夜死んでいたという事情が明らかにされる。
  公園建設の功績を横取りした助役らが帰ると、
  市民課の職員は、なぜ、渡辺課長が
  ある日から、突然仕事に邁進しだしたのか、の不思議を語る。
  その回想の中から浮かび上がって来るのは、
  勘治が胃ガンであることを知っていて、
  人のために役立つ公園作りに
  最後の命を燃やした姿だった・・・。

○話の途中で主人公を死なせてしまう、
という展開は意表を突くもので、
ダラダラ働いているところを見せても、
感動は生まれない、という卓見。
黒澤の師匠、山本嘉次郎監督が
寺田寅彦の随筆「どんぐり」を読ませて示唆したものだという。
愛妻との暮らしを描写した後、
「この妻が死んでから何年~」という飛躍。
「これこそ映画だ」と。

○キャバレーのシーンは、
新橋にあったマンモス・キャバレーを参考に作った巨大セット。
ここに本物のホステスをエキストラとして詰め込んで撮影。
後の「天国と地獄」の麻薬受け渡しのホールのシーンを彷彿させる。

○勘治と関わる若い女性とよには、
無名の新人、小田切みきを起用。


俳優座研究生。
その時一緒だったのが岩崎加根子。
最終的に残ったのは左幸子と小田切みきで、
生まれっぱなしみたいな性格が起用のポイント。
だから、あれこれ指示せず、好きにやらせた。
萎縮することを恐れたという。
なお、小田切みきは、本名小田切美喜。
その後、俳優の安井昌二と結婚、四方(よも)姓となる。
娘は四方晴美。そう、「チャコちゃん」である。

○勘治ととよの最後の喫茶店のシーンは、
撮影に入ってから、
背景とラストを書き足した。
二人の背景に、
女子学生のたちの誕生会の情景を持って来た。
手前の陰鬱な二人と、向こうの華やかな会合。
「対照」という手法だという。


そして、ラスト。
何事か決意した勘治が階段を降りる。


階段の下で、
誕生会の主役の女子学生とすれ違う。
「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」の歌声は、
生まれ変わる勘治に対する歌のようだ。
シナリオになかったこの変更は、
まさに黒澤演出の面目躍如である。

○そして、「ゴンドラの歌」の二つのシーン。
キャバレーでと、公園のブランコ。
苦しみ、悩みの中で涙をこぼしながら歌うキャバレーのシーン。
楽しそうに、自分の人生の最後になし遂げた仕事を見ながら、
歌うブランコのシーン。
映画を観た者の心に残る名シーンである。
「ゴンドラの歌」について、
黒澤は「この世のものとも思えない歌い方」で歌えと注文した。
音楽の早坂文雄は録音時に29コマで採り、
ダビング時に24コマで再生してスローにした。

○公園のシーンは最初ロケを予定していたが、
ふさわしい公園が見つからず、セットで撮影した。
戦時中に鉄を供出したため、
ジャングルジムがどこにもなかったからである。
ところがブランコを貸してくれるところがなく、
ある保育園に強引に頼み込んで借用した。

○ラストは、勘治の残した公園の描写だが、
ここに、シナリオにはなかった木村という職員を登場させる。
通夜の席で、勘治の功績をたたえた人物だ。
日守新一の好演から、入れたという。

○後半の通夜のシーンは、
回想と交互になるが、
当初、回想の場面には音楽がついていた。
だが、13箇所つけた音楽を、
黒澤は全部外した
完成試写の後に。
実際に音楽をつけてみると、
どうしても絵と音が合わない。
かえって流れ過ぎる。
外した後、落ち込む音楽の早坂文雄を慰撫するのに、
黒澤は大変だったという。

○勘治を演ずる志村喬には、黒澤は本当にガン患者と思うように要求。
撮影に入る前に盲腸の手術をしたが、
役柄としてそれくらい痩せていた方がよいから太らないように求めた。
そのため、志村は家でサウナに入って減量した。
孤独地獄の勘治になりきるため、
老いた孤独の猿の写真を常時見せていた。
真面目で努力家の志村は、
四六時中、自分はガン患者で、
あとわずかしか生きられないと自分に言い聞かせ、
そのため、胃をこわしてしまったという。

本書を読むと、
名作は生み出されるべくして生み出されたのだと分かる。
その甲斐あって、
その年の「キネマ旬報」ベストテン1位に選出された。

そして、そのエネルギーは、
次の作品「七人の侍」に継承される。

なお、本作は1974年までリバイバル上映が出来なかった。
それは、作中に引用された「トウ・ヤング」「カモナ・マイ・ハウス」など、
アメリカのポップスの著作権をめぐってトラブルが起こったため。
黒澤明は、「酔どれ天使」の時、
映画の中で「マック・ザ・ナイフ」を使おうとしたが、
その使用料の高さに断念した経験があり、
著作権のことは十分知っていたと思うが。

2007年、テレビ朝日系列で、
9 代目松本幸四郎主演でリメイクされた。


幸四郎なりのものになっていたが、
やはり、幸四郎では、外見が立派すぎた。

2018年、ミュージカル化され、
市村正親と鹿賀丈史のダブルキャストで上演された。
演出は宮本亜門、脚本と歌詞は高橋知伽江。
WOWOWで放送されたものを観たが、
感心しなかった。

これらは、「完成品」に対する
神をも恐れぬ所業。

リメイクは外国でも行われ、
イギリスでオリヴァー・ハーマナの監督、
ビル・ナイの主演でリメイク。


脚本はノーベル賞作家のカズオ・イシグロが担当しているというから、
興味はわく。
今年日本公開の予定。