高田博厚の思想と芸術

芸術家の示してくれる哲学について書きます。

「神の怒り」があるなら「魂の怒り」があるのは当然だということに何故想到しない

2023-03-08 04:08:05 | 日記

「神の怒り」があるなら「魂の怒り」があるのは当然だということに何故想到しない


2023年03月08日(水) 03時50分33秒

 
人間は、怒りも度が過ぎると、もうどんな理性でも制御できなくなり、むしろ理性と称するものが怒りの表現手段でしかなくなる。そういうものが魂の怒りであり、神聖なもの、絶対的なものである。「神の怒り」というものが承認されるのなら、どうして「魂の怒り」が承認されないということがあろうか。神においても理性は絶対なものでも究極のものでもないのだ。こういうことをよくかんがえないと人間はけっして理解されない。
 
 
 
 



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