209頁
(クラリス) アリアーヌが書きものをしていることをご存じかしら…
(ジェローム) まったく何も知りません。彼女はぼくには自分の文学遍歴のことは一言も教えてくれたことはありません。
(クラリス) めったに無い本になるようですよ…
(ジェローム) それは結構。
(クラリス) もしあなたが彼女に、その一部を見せてくれるように頼めば… きっと…
(ジェローム) 彼女が見せてくれると? どうも。
(クラリス) 彼女が喜ぶでしょう。
(ジェローム) どうやってその馬鹿者は知ったのです?…
(クラリス) その馬鹿者?
(ジェローム) そのおしゃべり者、軽率者の自惚れ屋、そいつの同業仲間のほとんど全部がそうですが… 彼が来たことの意味を理解していらっしゃらないのですか?
(クラリス) 私…
(ジェローム) ぼくはまったく容易に想像できますよ、あなたがアリアーヌに、あれが精神領域の通暁者だとか巫女だとか、その他さまざまに思わせているのを。そして、ぼくたちの時代は、そういったすべてが(つづく)
210頁
(つづき)ジャーナリズムに流れ入っているのです。ジャーナリズムというのは、人間の愚かさと虚栄心の集まる大下水渠にほかなりません…
第三場
同上の人物、アリアーヌ
(クラリス、興奮した気遣いで。) 帰るのがなんて遅かったの、あなた! こんなに長い散歩で疲れ過ぎなかった? 寒くない? すくなくとも半時間前から日没してるわよ。
(アリアーヌ、うるさがりながら。) ありがとう、大丈夫よ、ありがとう、クラリス。
(ジェローム、アリアーヌにシャルボノーの名刺を差し出しながら。) きみ、この男性を知ってる?
(アリアーヌ) 全然… でも待って。オーロールかボーシットで聞いたように思うわ、パリの新聞のためにサナトリウムについての調査をしていたのですって。
(クラリス) そのとおりです。
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(ジェローム、皮肉な口調で。) きみは、この《小宇宙》を照らす特別な光を有していると見做されているのかい?
(アリアーヌ) 知らないわ…
(クラリス、小声で。) あとであなたに説明するわ…
(ジェローム) ぼくにはだんだんはっきりしてきたよ、きみはここで、一種の精神的な宗主権を行使していて、さっきの訪問のような媚びた敬意を表明されるのも普通のことなんだってことが。
(アリアーヌ) 滑稽なことね…
(ジェローム) きみは、あのフランシャールを、ボーソレイユで、音楽家たちを全部片付ける機会に参加させるのに成功しなかったのかい?
(アリアーヌ) どんな関係が?…
(ジェローム) 何の関係も。ぼくは、きみが、この魅力的な中間静養地で享受している人望を見て、感嘆しているんだよ。
(アリアーヌ) どうして、中間、と? ロニーは千八百メートルの処にあるのよ…
(ジェローム) ぼくが仄めかしたのは、標高のことじゃないよ。
(アリアーヌ) セルジュ・フランシャールはパリで空腹のために死にそうだったわ。
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(ジェローム) 誇張はやめようよ。彼は、ぼくには、丸々としているように見えたよ…
(アリアーヌ) 彼に職務代行の仕事を提供できて、私はほんとに嬉しかったわ。仕事の報酬はなかなか厳しかったけど。でもやっと彼は少なくとも住むことはできて、どうにか食べることはできている。彼の奥さんは保育園に勤務先を見いだすことができたわ。彼女はこの仕事にはほとんど何も心得が無くて、お気のどくだけど…
(ジェローム) これらすべては摂理によるんだ。
(クラリス) どうしてあなたは、そういう皮肉な感じで仰るのかしら…
(アリアーヌ) どうでもよいことだわ。ジェロームは眠れていないのよ。今回は、いつもより土地に慣れるのに苦労しているわね、あなた。
(ジェローム) ぼくはここでは、いつも最低の睡眠状態なんだ。
(アリアーヌ) あなたはもっと運動しなくちゃ。きのうは、外出は郵便局に行くためだけだったし。
(ジェローム、自分の腕時計を引き寄せて。) 新聞が届いているはずだ。(外出しようと動く。アリアーヌに向って。)きみの友だちと、そのジャーナリストの件をはっきりとさせておいてくれよ。
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