上記の記事は、骨折の状態を記録するものと位置づけしているので、この「徳島旅行に行ってきた」では旅行の観点から記録しておこう。
骨折後4ヶ月でこれだけの旅行ができたのは、ひとえにMIFさんや叔母のFおねえちゃんのおかげだ。
今回は急に休みが取れたことに端を発する。
徳島の叔母はこの休みの間に還暦を迎えるので、前々からプレゼントを用意していたのだがどうせなら直接手渡したいと思い立った。
当初私が計画したのは、12月5日の朝に突然叔母の職場(自営業なので自宅や工場の脇にある事務所)に訪問し、プレゼントだけ渡して「じゃ、またね」と帰ろうかと。
叔母が驚く姿を見たかったなぁって。
ところが、MIFさんが「さすがにそれは失礼だよ。事務所にいるかわからないでしょ?」という。
それもそうだ、叔母の仕事には集金という業務もあるので、出かけている可能性もある。
それなら夜行バスで訪問し、その夜の夜行バスで帰ろう…と思い、とりあえず叔母に予定を聞く。
するとせっかく徳島に来るなら泊まって行きなさいという。
それならというわけで1泊することにした。
さて、そこから夜行バスの手配をする。
叔母が「海部観光の個室付きバスがすごい」という。
叔母の娘(私の従妹)は東京在住なのだが「海部観光の個室バスなら徳島に帰ってやる」というらしい。
そんなにすごいのなら…とネット予約すると、行きは個室付きバス、帰りは3列ゆったりシート(21人乗り)となった。
12月4日夜、出発するのだが1泊旅行だから荷物もさほど多くない。
しかしながら「お土産の荷物をもってやる」と言ってMIFさんが東京駅まで送ってくれた。
もうこのくらいの荷物は一人でも持って移動できるのだが、ちょっと甘えてみた。
うちから東京駅のバス乗り場まで30分ほどなのだが、本当に助かった。
ちなみに夕食は東京駅でとったのだが、とてもおいしいハヤシライスだった。
バスに乗車すると「意外と狭くない??」と思ったものの、リクライニングすると何とも広々。
カプセルホテルよりも天井が高い感じで、快適。
MIFさんにアドバイスされて持参したぬれマスクが大活躍だ。
ブランケットも大きいし、暖房も十分効いている。
MIFさんのように180センチを超えるときついかもしれないが、158センチしかない私には十分だ。
東京駅で購入した耳栓があって本当に助かった。
夜中に多少意識が戻ることはあったが、翌朝所定の駐車場に到着するまでぐっすりと寝られた。
12月5日朝6時20分、徳島駅前に到着。
海部交通のバス停は、室内待合室があるので寒い思いもしなかった。
もともとJR徳島線で叔母の家の最寄りまで行くつもりだったが、叔母が車で迎えに来てくれた。
久々の再会に笑顔だ。
ここから一路叔母の家に向かう。
吉野川沿いの叔母の家は、12年前に訪れたときと全然変わらない。
変わったのは、叔母の家の工場脇に書いてある会社名がはげてしまったというくらいだ(笑)
叔母の家で「マッサン」を見ながら朝食をいただく。
それと、叔母に還暦のプレゼントを渡す。
リクエストがあった赤いパンツのほかに、赤い部屋着をプレゼントした。
それと叔母が好きそうな佃煮や「旅する丸干し」、ヴィノスやまざきの「ソレイユ」をお土産で渡した。
ほかに東京駅で購入したリラックマのおまんじゅうがあったが、これは叔母のお姑さんへのお土産とした。
叔母の家にはお舅さんお姑さんがご健在だ。
お舅さんは少し認知症があるそうだが、お姑さんは元気そのもの。
お姑さんとは挨拶を交わした。
それと叔母から妙な飲み物を勧められる。
甘酒を発酵させすぎると、酸っぱくなるのだが、普通ならその酸っぱくなったものは「失敗」とされる。
そうなる前に火を入れて発酵を止める必要があるのだ。
ところが、その酸っぱくなった物をしばらく置いておくと炭酸ガスが発生してシュワシュワとするのだ。
そのシュワシュワしたものがたまらないと言って、叔母が勧めてくる。
内心「え~、これ飲めるの~??」と怖々飲んでみると、意外と飲めるのだ。
似ている味というのが思いつかないのだが、ヨーグルトドリンクがシュワッとした感じだが、米麹のつぶつぶがあって何ともおいしい。
その後、11時くらいに叔母宅を出発して、脇町のうだつの町並みを見に行く。
叔母は「たいしたことないけど、いい町でしょ?」という。
しかし私は江戸時代の歴史が好きなので、とても興味深いし鬼瓦がとてもユニークでおもしろい。
それに竹細工の店や藍染めの小物のお店などなかなかおもしろい。
私が行ったことがある場所からみると…旧中山道の宿場町のようなおもしろさがある。
旧中山道の宿場町もだいぶ土産物屋さんばかりなのだが、それがもう少し控えめでとても好感がある。
おちつく~。でも、寒いぜ。
山を見るとだいぶ雲がかかっていた。
あとから知ったのだが、脇町(現在は美馬市に属する)からさほど遠くない山のなかでお坊さんが雪に阻まれて亡くなったとのことだ。
たぶん、私が寒い寒い、山は雪がすごい…と眺めていた山で起きた事故だったのだ。
この町並みの一角は道の駅になっていて、叔母と一緒にここでコーヒーをいただく。
道の駅では、「ふがし」「池の月」を購入する。
この2つは徳島では「お嫁さんのお菓子」と言われているもので私が好きなお菓子の1つ。
「池の月」は有楽町の交通会館で購入できるので、以前購入したことがあるくらいだ。
さて、ここから「あんみつ館」へ行く。
叔母から「すごいんだよ~」と言われていたが、何のことかわからず連れて行ってもらうと、そこは蘭の里だった。
「世界らん展」とは比べられないくらい規模が全然小さいけれど、以前「世界らん展」に行ったときに美馬の会社が出品していたのをわずかに思い出してきた。
すると「蘭夢」というポスターが貼られていた…あれ?なんか知ってる、これ…あ、假屋崎省吾さんが出ている育毛剤だ!!
あ~、あの会社か~!!と思い出した。
さて蘭。シンピジウムを中心に胡蝶蘭などたくさんの、見たことがないような色合いのものばかり並んでいる。
即売もしているが、おお、すごい金額。
とてもじゃないが、我が家にはおけるような感じではないし、手入れもできない。
そして300円を支払って見物できる蘭のアレンジや、コンテストの入賞作品を見るがため息が出てしまうようなお花ばかりだ。
本当にすばらしい。
帰路では、スーパーマーケットなどに立ち寄って買い物をする。
川崎では見かけない物にちょっと感動を覚える。
「県民ショー」の世界が広がっていた。
「金ちゃんラーメン」も「フィッシュカツ」も川崎では見かけない。
いなり寿司は、酢飯ではなく五目ご飯なのだとか。
叔母も28歳くらいまでは、川崎と横浜で生活していたのに、今ではすっかり忘れてしまっているらしい。
なによりも、いりこの大袋にはびっくりしてしまった。
川崎ではこんなにたくさん入った大袋は業務スーパー辺りでも珍しいのに。
そしてふと見ると、叔母がカードを手にしている。
思わず「○○の株主なの?」と聞くと「なんで知っているの?」と叔母に聞き返される。
ついこの前まで私のお財布にも入っていましたからね…。
さて帰宅すると、叔父と叔母が私を市内に連れ出してくれた。
こんな時期の金曜日、どこも忘年会で予約がいっぱいだったのにわざわざ割烹料理のお店を苦労して予約してくれたらしい。
うわ~、申し訳ない。
そのお店、叔母は「おいしいけれど家でまねしたい味ではない」との感想だったが、鳴門鯛がふんだんに使われた料理に本当においしかった。
そして叔父から叔母に還暦祝いの花束。うわ~サプライズ!!
この日は叔母の運転で、私と叔父がお酒を飲む。
私は骨折以来酒は一切飲んでいなかったけれど、少々の酒でかなり回ってしまった!
酒はもう飲まないと思っていたが、こういった酒は少々ならおつきあいできる。
さて、この日は叔母宅に宿泊。
少し遅くなって就寝したので、明朝は8時くらいまで寝ていてね…と叔母に言われる。
12月6日、6時40分に一度目が覚めるが、8時まで時間があるしあまり早く起きても悪いかと思って二度寝。
が、気がついたら7時55分。あちゃー!寝過ごした!!
慌てて布団をたたんで、着替えて叔母に朝の挨拶。
すでに朝食の準備は済んでいた…ああ、手伝おうと思ったのに…。
叔母はいそいそと、昨日私が渡した「旅する丸干し」を開けておいしそうに食べる。
喜んでもらってよかった~!
今日は鳴門方面に行くことになっている。
まずは叔母の集金ルートに沿って大谷焼の直売所へ行く。
私は大谷焼をよくは知らないのだが、確か昨日の脇町の道の駅でコーヒーをいただいたとき、こんな感じの器だったなぁ。
それにこういう土っぽい感じの器が叔母の家でも使っていた。
いろいろ見物してから、今度は1番札所の霊山寺へ。
まずは水琴窟の音色を聞く。
叔母は、耳が悪いので人よりも時間をかけて音色を聞く。
私が知っている水琴窟はもっとジョボジョボと水がしたたっているのだろう、もっと賑やかな感じだが、ここの水琴窟は穏やかで心和む音色だ。
そして山門。
今年は巡礼が始まって1200年なのを知られる看板があったが、その隣にマネキンのお遍路さんがいる。
そのマネキン、ファッション用のものをそのまま持ってきたらしく「こんなお遍路さん、いないよ~」というシュールな感じだ。
実家の法事の時、叔母の娘(私の従妹)が「川崎のお寺は質素で貧乏っぽい。徳島のお寺は金ぴかだ」と言っていた。
その意味がやっとわかった。
本当に室内が金ぴかなのだ。
これを見ていたら、うちの実家のお寺は禅宗で白木ばかりだからそう感じるよなぁ…まぁ、実家のお寺は建て替えて20年くらいだから木は新しいけれど。
さて、ここから大塚国際美術館へ。
叔母は「入場料ばかり高くてたいしたことないよ」とは言っていたものの、一度は見ておくのもいいかもという。
するとどうだろう。宗教画ばかりなのには閉口したが、よくできていて一同にこんなに見られるのはここだけかもしれない…と思うように。
とくに解説文が丁寧で、たとえば「受胎告知」でも時代によってその絵の構成が変わってくることがよくわかっておもしろかった。
1時間半ほどで駆け足で見たのだが、私にはとてもおもしろくてまた来てゆっくり見たいくらいだ。
そこから鳴門のリゾートホテルへ。
鳴門鯛の塩ラーメンを食べる。これが本当においしくて、徳島ラーメンの豚骨が苦手な私には、なんでこの塩ラーメンがはやらないのだろう…と疑問に思うくらいだ。
それにしても、徳島に来て鯛ばかり食べている。
そして近くの土産物屋さんへ。
背開きの干物やいろいろと見たことがないものばかりだ。
そして今回楽しみにしていた十郎兵衛屋敷へ。
ここで人形浄瑠璃を見る。テレビでしか見たことがなかった阿波浄瑠璃だ。
短い演目だけれど、入門編としてはとても見やすかったし、語り手さんがとてもうまい。
叔母が以前見たときは、語り手さんがあまりうまくなかったそうだ。
それにしてもテレビで見るのと実物を見るのとでは大違いだ。
生で見ると、泣いているシーンで人形がカクカクと細かく音を出しているのが慟哭を盛り上げる。
ちなみに叔母は耳が悪いからその音は聞こえないらしい。
そこから最後に藍の館へ。
12年前に行ったときは藍染め体験をしたけれど、今回はお土産だけ購入する。
本当はMIFさんにブックカバーをプレゼントしたかったのだが、取り扱いはないらしい。
そこで、ペットボトルカバーを購入することにした。
いろいろと迷って、店の中をあちこち歩いていたら、お店の方が声をかけてくれた。
その方は、厚木の方に住んでいたという。
だから「私は川崎に住んでいるけれど、学校は相模原や秦野の方だったんですよ~」と話すと、その方は下大槻にも住んでいたという。
うわ~、こんなところで神奈川に縁がある人と出会えるなんてうれしいなぁ。
そして叔母宅に帰宅。
お舅さんとお姑さんと改めて挨拶をする。
お姑さんは悪気はないのだろうけれど「もう会えないかもしれんしな、おじいさんとの会っといて」という。
お舅さんは、たぶん私が誰なのか最後まで分からなかったみたいだ。
「こちらのべっぴんさんは、どなた?」と何度も聞いていた。
「Fさんの姪よ」と話しても分からないらしい。
だから私も「初めて会ったときは、私はまだ小学校2年生くらいだったので、なかなか思い当たらないのかもしれませんね」と話す。
12年ぶりにお会いするし、そりゃあ分かりませんよね。
夕食は焼き肉。
昔、叔母が横浜に住んでいたとき、叔母の家で夕食をごちそうになるとたいてい焼き肉だった。
その30年も昔の思い出を話すと叔母は「あの頃はお金がなかったから豚肉だったんじゃないの?」という。
子供だった私はそこは覚えていないが、楽しかったのだけはよく覚えている。
食後、リビングに座って叔母とちょっとおしゃべりをする。
爆笑した叔母が思わず私の左足をたたく。
痛い~と私が足をかばう。
あはははは、やっぱ叔母は天然だ。
そして徳島駅前のバス停に送ってもらう。
雲がなく満月がきれいな夜空だ。
吉野川沿いの土手道を走ると、ビニールハウスに月がうつって、星のようにきらきらしている。
今までに見たことがない風景で、とても美しい。
子供の頃、初めて徳島に来たときに無数の星に感動したが、今ではそんなに星は見えない。
ところが、夜のビニールハウスの反射がこんなに美しいとは知らなかった。
今回の旅行は叔母宅を中心に、すべて叔母が車で移動してくれた。
そのため足に負担は少なかったが、先日薬の量を減らしたこともあって痺れは少し強めに出ていた。
しかしながらその叔母と一緒に居たことで、たくさんおしゃべりができて本当に楽しかった。
親戚のこと、仕事のこと、将来のこと、友達のことなど本当にたくさん話せてよかった。
さて、夜9時過ぎにバス停まで送ってもらって叔母と別れた。
昔だったら…叔母との別れがつらくて涙が出てきてしまったが今回はそんなことはなかった。
多分だけれど…たくさん話せたことで大満足だったのだろう。
バスの待合室にはパナソニックのユニフォームを着た人たちばかりだ。
ああ、そういえばさっき叔母宅でガンバ大阪の優勝シーンを見たっけ。
サポーターの人たちだ。
だから、今日の夜の便のチケットがとりにくかったんだ!
私が乗るバスは大阪経由ではなかったが、何人かのサポーターが乗っていた。
東京から応援に来ている人も多いんだなぁ。
帰りは行きと同じ海部交通だけれど、3列ゆったりシート(21人乗り)。
行きの便との違いは、リクライニングの角度、座席の幅、カーテンの厚さ、光が入ってくる量、ブランケットの大きさ、スリッパの取り扱い、室内の温度だろうか。
足の痛みもピークだったので、帰りは睡眠中用の靴下を履いて寒さ予防をする。
行きよりは寝にくいものの、十分に寝られる。たぶん疲れも手伝っているのだろうけれど。
12月7日
途中新宿で停まり、終点東京駅には6時30分到着。
MIFさんがわざわざ迎えに来てくれていた。
お土産は一部手荷物にしたが、鳴門の店で宅送してしまったので荷物は少ない。
それなのに迎えに来てくれたのはありがたかった。
実は、足の痛みがピークだったこともあり、一晩ではその痛みや痺れがとれていなかったのだ。
そして朝食を東京駅で食べる。
4日の出発の日に寄った店のすぐ近くの寿司屋さん。
朝は定食をやっているそうで、そこで鯛茶漬けを食べる。
徳島であれだけ鯛を食べたのに、やっぱりここでも鯛。
昨夜、ビニールハウスの美しさに感動しているとき、叔母が「生魚を使ったお茶漬けってどうも苦手」と言っていた。
私も鰹のお茶漬けは苦手なのだが、鯛は好きだったりする。
ちょうどタイムリーでつい注文して食べた。
朝食にしては贅沢なのだが、鳴門鯛とは違って薄造りだし、ああ、関東ってこんな感じだなぁ…と思う。
1泊2車中泊2日という早足で過ぎ去った旅行だったけれど、内容は本当に濃かった。
そしてとっても楽しい旅行だった。
これも旅行に行かせてくれたMIFさんや、泊めてくれた叔母宅の人々のおかげだ。
本当にありがとう。
【後日談】
叔母にプレゼントした部屋着は、じつはちょっといい品。
たまたま叔母が徳島のそごうで同じ物を見かけて値段で驚いたらしい。
いや、それに勝るおもてなしをうけていますのでご遠慮なく。
それとあまりにお世話になってしまったので、暮れに小田原のかまぼこを贈ることにした。
小田原のかまぼこの値段を知らないと、その価値は分からないだろうけれど。
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