その1からの続きです。
この日はまず東御市の道の駅雷電くるみの里へ。
ここでクルミ、ナツメ等を購入。
ナツメは子どもの頃、親戚宅の庭木があり、その実を1度か2度食べたことがあるだけ。
45年ぶりくらいに食べたら、こんなに美味しかったっけ?とびっくり。
ちょっと歯ごたえが弱い青りんごみたいな感じです。
実家で育ててくれたらいいな、と思いネット検索したら、トゲだらけの植物なんですって。
棘(とげ)と棗(なつめ)…漢字を見て納得です(苦笑)
これでは実家では育てないなぁ。
↑道の駅の自販機でびっくり!
自販機の右下のボタンは赤い羽根共同募金でした。
こんな募金の方法があったのか!と。
前日に訪れた龍岡城の城主は、明治になって大給恒(おぎゅうゆずる)と改名しました。
この方は日本赤十字社の設立に関わった方。
そのためか個人宅の表札にも日本赤十字社会員と付記されているお宅が多い地域です。
ここから海野宿へ。
街道の宿場町が綺麗すぎて…。
私にとっては40年前の福島県大内宿、MIFさんにとっては40年前の岐阜県白川郷…、それが旧街道の宿場町の素朴な風景なんですよねぇ。
海野宿も行政の資金が投入されてるなー、と思う整備状況です。
雰囲気はいいです、本当に。
お住まいの皆様のご協力もあって、非常に美しく整備されているし、気持ちのいい宿場町散策もできました。
海野宿の大正時代の写真を拝見しましたが、茅葺き屋根の家屋で、整備された建物は瓦葺きです。
前日に散策した小諸の町並みの方が雑多な感じはしますが、私には魅力的でした。
家屋は建てた時代を反映しますから、いろいろな様式を見られる方が、その町の生きた歴史を感じられるからでしょう。
海野宿は観光地化され過ぎていて、映画村のセットのような感覚に。
サンドアートのアマビエ。
すでに懐かしいキャラクターのアマビエ。
体育座りでちょっと寂しそう…体育の日がスポーツの日に、国体が国スポに。そのうちスポ座りと呼ばれるのかもしれません。
ここからビーナスラインで道の駅美ヶ原高原へ。
私は子どもの頃と学生時代にビーナスラインを通ったことはあります。
ですがいつも霧や小雨で展望が無い時ばかり。
ぜひ展望を…と思ったのですが、やっぱり霧の中。
いつかまた来てみたい、そしてそのときは晴れていますように。
ここから白樺湖を経由して茅野市に向かい、中央道茅野ICから帰路につきました。
今回は秋の美味しい味覚三昧でした。
とくにプルーン(オータムキュート)、蕎麦、そば粉のガレット、そば粉のポタージュ、クルミ、ナツメ、リンゴ(紅玉)が美味しかったです。
海なし県への旅でしたから、山の幸を堪能できたのはとても良かったです。
城郭と街道という私が大好きな場所をゆっくり散策できたのも嬉しかったです。
小諸の和紙屋さんは印象深いお店でした。
なにせ私の住む地域には和紙屋なんて無いンです。和紙屋さんは絶滅危惧商店で、多くは文具店、書道道具店、表具店、人形店辺りに商売替えをしてしまったように思います。
それももうネット販売には勝てず店じまいが進んでいますしね。
こういうご商売が成り立っている町には魅力あるンです。地域の隠れた観光資源なんですけれどねぇ。
紙の商売は、意外と文化や他の商売を結ぶハブになります。
ちょっとだけ羨ましいな、ステキな町なんだな、と感じてしまいました。
たぶん私の住む地域は、人口こそ多いのですが魅力的な店は少なく、とても画一的で面白みがないと感じてしまうからでしょうね。
MIFさんには遠くまで連れて行ってもらってありがとうごさいました。