367『自然と人間の歴史・世界篇』天文学(20世紀前半、ハッブルなど)
1915年から16年にかけて、物理学者のアルバート・アインシュタインは、次の重力方程式を世の中に提出する。
{Rμv-1/2(gμvR)}+Λgμv={(8πG/Cの4乗)Tμv}
ここに左辺の第1項は、時空(時間と空間)のゆがみ具合、第2項は宇宙定数で宇宙が重力で潰れないための押し返す力(斥力)、それらを足したものが右辺の物質が持つエネルギーとなっている。この式で彼は、「相対性」という概念を広げる。重力や加速度が関係する運動にまで適用できる一般式を考えたのだが、この式にいわれる重力理論の基本部分、光の経路が曲がるという予言の正しさを証明したのが、イギリスの天文学者エディントンである。
1919年の彼は、皆既月食の際の太陽周辺の星の光に注目する。なにしろ太陽は相当に大きいので、その重力によって周囲の時空が歪み、そのため太陽の裏に隠れているはずの星の光がカーブして地球までやってくる筈だと考えたのである。そして、その観測は成功したのであった。
1919年、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブル(1889~1953)は、ウィルソン山天文台にいて、宇宙が膨張していることを発見した。
まずは、図ろうとする恒星・星雲までの距離を割り出すことになろうが、そのためには、さしあたって年周視差を用いる方法、分光視差を利用する方法、さらにセファイドを用いる方法が考えられよう。
これらのうち分光視差というのは、地球上からその天体を見たときの明るさを見かけの等級と呼ぶ一方、その天体を地球から10パーセクの距離においた時の明るさを絶対等級と表わす。見かけの等級は観測によりわかり、絶対等級は、その恒星のスペクトル型が分ればHR図(ヘルツシュプルング・ラッセル図)から求める。
またセファイド利用については、明るさが変化する変光星の中でも星自体が膨張と収縮を繰り返することでの脈動変光星のうち、その変光周期と絶対等級との間に正比例の関係があるものをセファイド、またはケフェウス型変光星という。
そこで、図ろうとする星団や銀河の内部のセファイドの変光周期が分れば、周期光度関係をたどって絶対等級を割りだす。そして得られた絶対等級を見かけの等級を比較することで、その星団や銀河までの距離を出そうとするものだ。
次には、その星団や銀河なりがどう動いているかであるが、「光のドップラー効果」と呼ばれる物理法則によると、移動する物体の発する電磁波の波長では、その物体の後ろ側では長くなる。これを天体観測に使えば、遠ざかる銀河からの可視光の光は波長が最も長い赤に近い方に引き延ばされる。これが「赤方偏移」である。
ここで光の色は波長の短い方から長い方向へ、つまり紫、青、緑、黄、オレンジ、赤の順に変化していく。つまり、近づいてくるものの波長は縮み青っぽく見える、遠ざかるものの波長は伸びて赤くなる。だから、青い光は緑に、緑の光が黄色に変化して見える場合は、その光が観察者から遠ざかっていると考えられる訳なのだ。
この赤方偏移を用いる接近方法が正しいと考えられる根拠については、彼自身こう述べている。
「この問題の研究を通して、次のような結論が得られた。赤方偏移を起こさせるいくつかの方法がある。それらの中でただ1つだけが、観測で分かるような他の効果を作らずに、大きな偏移を作ることができる。それはドップラー効果である。これは、赤方偏移は銀河が実際に後退していることに帰する。赤方偏移は速度によるものであるとかなりの信頼性を持って言える。さもなくば、今まで未知の物理法則を考え出さねばならない。(中略)
しかし、銀河の赤方偏移は非常に大きなスケールにおけるものであり、私たちが今までに、ほとんど経験していないものである。必要な研究は困難と不確実性につきまとわれており、現在つかえるデータからの結論はかなり疑わしい。
赤方偏移の解釈は、少なくとも部分的には実験的な研究の範疇(はんちゅう)にある事実をここに強調しておきたい。望遠鏡の能力をまだ使い切ってはいないので、赤方偏移が実際に運動を反映しているのかどうかがわかるまで、結論を先に延ばしてもいいと思う。」(エドウィン・ハッブル「銀河の世界」岩波文庫、1999)
ともあれ、ここまでは1914年のアメリカの天文学者スライファーによる「光波のドップラー効果による赤方偏位」の観測により、私たちの銀河系の外にある銀河から届く光の観察で、秒速1000キロメートルで後退している銀河が発見されていた。
その際のハッブルは、このスライファーの発表に着目し、さらに遠くの銀河の光を当時の最新鋭のハッブル望遠鏡で観察を始める。銀河からの光を分光(その光をさまざまな成分に分解すること)していく。
そのハッブルは、1929年、各々の変光星が属する銀河までの距離を推算する作業を進め、それらのうち24の銀河について、光のドップラー偏移を調べたところ、それらのどれもが赤方偏移を起こしていることを発見した。これはつまり、ハッブルが観測した銀河間の距離、つまり宇宙が膨脹していることを意味している。
その際、かかる赤方偏位は、銀河の後退速度によって生じたものではなく、光が天体を発した時の宇宙の大きさと、その光が地球に到達したときの宇宙の大きさとの違いのために生じたものだと考えられている。もっとも、個々の銀河の大きさはこれによっても変わらない、銀河の中の恒星と恒星の間の距離が広がっているということでもない。広がっているのは、重力が及ぶ範囲の天体間の距離ではなく、あくまで、それらを包摂した、より遠くにある「銀河」と別の「銀河」との距離なのである。
そればかりではない。ハッブルは、18個の銀河までの距離と、それらの銀河が地球から遠ざかる速度(「後退速度」と呼ぶ)の定量的な関係式、「1メガパーセク(326万光年)離れた銀河は秒速530キロメートルで遠ざかっている」(この値は、今は秒速71キロメートルと言われている)のを探し当てた。
この作業のときハッブルが着目したのがセファイド変光星であって、前述したのをもう一度言い直すと、この変光星は、その絶対光度と変更周期との間に特定の関係、すなわち周期が長いほど絶対光度が大きくなることが、1910年代までにはわかっていた。そこで、その変光星の変光周期を観測して絶対光度を求め、割り出したその値を見かけの明るさ(これは地球からの距離に比例するのであるが)と比較することにより、目的とする変光星までの距離を割り出すことができるのだ。
参考までに、この変光星の割出しについて、ハッブル自身は、こう述懐しているところだ。
「状況は1885年と1914年の間に急速に進展した。M31渦巻銀河に出現した明るい新星は、距離問題に対する新しい興味をまきおこした。(中略)
解決は10年後にやってきた。この解決には、その間に完成した巨大望遠鏡、100インチ反射望遠鏡が大きな役割を果たした。いくつかの最も明るい銀河は銀河系の外にあり、天の川銀河の外の空間にある独立した恒星の集団、つまり系外銀河であることが明らかになった。(中略)
100インチ反射望遠鏡は近傍の銀河を部分的に星に分解した。これらの星の中に、天の川銀河の中にもある、いろいろな型の明るい星と同定されたものがあった。それらの固有の光度は、ある場合は正確に、ある場合には近似的にわかっている。したがって、銀河の中の発見された星の見かけの暗さは、その距離が大きいことを示している。
最も信頼するに足る距離の値は、セファイド変光星によってもたらされる。しかし、他の星からも距離の桁を決めることができる。それらは、セファイド変光星によるものとほぼ一致していた。最も明るい星の光度は、ある種の銀河でほぼ一定のようなので、銀河の群の平均距離を統計的に決めるのに用いられた。」(エドウィン・ハッブル著、戎崎俊一(えびすざきとしかず)訳「銀河の世界」岩波文庫、1999)
(続く)
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