去る8月に急逝した桂冠名誉指揮者飯守泰次郎が指揮する予定であった演奏会であるが、常任指揮者高関健が代わって指揮台に登ることになった。曲目はワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」序曲、楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、そしてブルックナーの交響曲第9番ニ短調という、故人を偲ぶには誠に相応しいラインナップに変更された。高関はプレトークで、故マエストロを慕い追従するというのではなく、その基礎の上に新たな自分たちの音楽を築いてゆきたいと語ったが、その心意気を切々と感じさせる当夜の演奏であった。明晰な音感で開始された「オランダ人」序曲は最後まで透明感に満ちた音色で奏された。それは嘗て話題になったこともあるブーレーズ+ニューヨークフィルの音盤を思い起こさせた。そこに流れたのは飯守独特の溜めのある流れから生まれるウネリとは別次元の音楽で、正直言って飯守のワーグナー節に慣れ親しんだ私にとってはいささか物足りないものでもあった。続いては飯守とはワーグナーでも共演歴のある日本が誇るワーグナー歌い池田香織が登場して、「トリスタン」の”前奏曲と愛の死”だ。高関の紡ぎ出す透明な音感はここでも変わらないが、それがクッキリと音の綾を紡ぎ出し、この曲では最大の効果をあげた。指揮台の傍らで座位のまま歌い出した池田は、音楽の高揚とともに立ち上がり、その歌唱は壮絶を極めた。クリスタルのような輝きをもった歌声は決して嫋々とではなく、意志の力をもってイゾルデのトリスタンに寄せる憧憬の念を表現して聞かせた。それはトリスタンならぬワーグナーへの愛をその歌唱の師匠でもあったであろう故マエストロに示すがごとくのステージだった。聴衆の大声援を受けつつ、最後に天を仰いで上方を指し示した姿は、その見事な歌唱を天から見守り支え、その歌唱を導いたマエストロを心から感じた瞬間だったのだろう。休憩を挟んでのブルックナーは、このところ絶好調のシティ・フィルの機能性を十全に現した堅固さが際立った演奏だった。そして、ここでも透明で細部を明快にあぶり出す方向性は変わらない。まさにこれが飯守の築いた基礎の上に今このコンビが目指している新たな方向性なのだと思った。こうした機会にそれを十分に表現できたことは、この楽団と深い絆で繋がれていた故マエストロへの最大のはな向けになったに違いない。
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