「かてぃん」こと角野隼斗が登場するということで、発売後間もなく全席売り切れになったプレミアム演奏会だ。だから会場に着くと、いつもは地元ファンが集まるのんびりした雰囲気の土曜午後のティアラこうとうが、殺気だった異様な雰囲気に満ちていたのには驚いた。指揮は、「モーツアルトが向いている」と角野に選曲アドヴァイスをしたという首席客演指揮者の藤岡幸夫だ。最初に先日逝去されたこのオケの桂冠名誉指揮者飯守泰次郎氏を偲んでバッハの「エアー」が献奏された。指揮台を見つつ、亡きマエストロの立ち姿を思い出しながら聴いた。そして一曲目はヴェルディ作曲歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲。藤岡は来年の定期でも一曲目にロッシーニの歌劇「ラ・チェレントラ」序曲を据えているので、なにかイタリア歌劇に思うところがあるのだろうかと勘繰ったのだが、特別なことはない演奏。快速調でおもいっきり鳴らしたヴェルディで、私にはどこかオペラの世界とはかけ離れて聞こえた。そして期待の角野が登場してモーツアルトのピアノ協奏曲第26番ニ長調K.537「戴冠式」。出だしからポロポロとオケに合わせて指慣らし。というよりも音が鳴りだしたらピアノを弾かずにはいられないという感じだ。透明な粒立ちの良い美音はある意味モーツアルトにピッタリで、ピアノと戯れるその姿に作曲者の姿が二重写になった。カデンツも独特の「かてぃん流」なのだが、決して「クラシック」の範囲を踏み外さないあたりが、ジャズに行ってまたクラシックに戻ってくる「小曽根流」とは趣が異なる。これは実に楽しい30分だった。盛大な拍手にアンコールは、最初のフレーズに「キラキラ星変奏曲」かなと思ったら、これも角野流の変奏曲となって、こちらはグランド・マナーのロマン派の世界にまで飛んでいってとても面白かったが、追っかけファンのスタンディングオベーションはいささか異次元の世界だった。最後は藤岡のセレクションによるプロコフィエフのバレエ音楽「ロミオとジュリエット」組曲。全曲から9つのシーンが選ばれた。こちらも一曲目と共通するようなシティ・フィルの機能性を全面に出した骨太で豪快な演奏だった。
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