不意に、咲人が訊いた。
「メイサ、今日何か悲しいことあった?」
私はキョトンとした。
悲しいこと?
イヤ、まぁ最近は仁さんのことで慢性的に落ち込んではいるけど。
でも今日特に何かあったわけでは…
「ないけど、なんで?」
「いや、ただ訊いただけだから、無いならいいんだ。
ちなみに、何か悲しい事があった時はどうするの?」
「んー………。
ま、あなたが知ってる通り私は基本的にはポジティブだし自信満々なので」
「(笑)そうだな」
「それに私、グチグチしてる人って嫌いなのよね。
言い訳が好きな人間って必要な努力してないくせにすぐ妬むのよ。
この国に来てからも来る前も、そういう人間を沢山見たわ」
「ふむ」
「例えばここでの生活は大変よ。私は今も英語が全然上手じゃないわ。
でも、それでもここに来た8ヶ月前よりずっとマシだし、それは私が努力したからよ。
沢山恥ずかしい思いしたし、悔しかったし、最低だった。
でもやめなかったわ。だって、やるって決めて来たんだもん。
恥かきに来たのよ。
だから私が、私より長くここに住んでるけど英語が下手な人より英語が上手いのは当たり前よ。
だって努力したもの。しんどかったけど。
しんどくても、悲しくても、泣き言なんか言ってる暇なかったわ。
だって……悲しいって口に出したら、もっと悲しくなっちゃうじゃない」
私がゼイゼイと息を切らしてそう言い終えるのを、咲人は黙って聞いていた。
これは別に英語に関してだけ言えることではなくて、お水をしてた時のことや、
今までの自分の人生全て含んで話していた。
人は生まれながらに不平等だ。
美形とそうじゃ無いのがいる。
頭の作りも体の能力も違う。
努力すれば全員何でもできるなんて大嘘だ。
でも、じゃぁだからって努力しないで妬むのは
人間らしいけど尊敬に値しない。
私には沢山諦めたものがある。
凄く悔しかったし残念だったけど、それは誰かのせいじゃない。
そういうのを日本語で「しょうがない」と言う。
ただ私は、しょうがないけど、しょうがないから明るく行こう♪とすぐ言えるほど大人じゃない。
時間が必要だし、自分をコントロールするのに凄くエネルギーが要った。
でもその時、本当に辛いと言ってしまったら、私は余計辛かった。
上辺だけだけど、大丈夫、大丈夫、と口に出して
言霊に頼っていた。
咲人は、私がちょっとびっくりするくらい心配そうな声を出した。
「でも、それは君は辛くないの?」
「え?」
「ずっと強いふりをするのはさ」
私は言葉に詰まった。
強いふり、か………。
私の脳裏に、乙女チックな花柄の背景と楽しい女子トークが浮かんだ。
「えと…大丈夫よ」
「そう?」
「その、私にだって友達がいるわ。日本にだけど。
本当に辛い時は、彼女たちに聞いてもらってるから、大丈夫よ」
「そうか。それなら良かった」
咲人が微笑んでいる気がした。
私もなぜかホッとして、いつものように威勢良く話し出した。
「ま、日本とここじゃ時差があるから電話は難しいけどね」
「俺に電話しろよ」
「は?」
「悲しい時とか辛い時は俺に電話しろよ」
(´⊙ω⊙`)
「あ、ありがとう…」
「おう、いつでもいいよ」
「…ま、そうね。日本の友達にはなかなか会えないし話せないけど、
ここに来てあなたとか何人か友達ができたしね…」
「ちょっと待てよ」
はい?
「メイサ、今俺のこと友達って言った?」
(´⊙ω⊙`)(´⊙ω⊙`)
「い、言ったけど……」
「君、俺のこと友達だと思ってるの?」
(´⊙ω⊙`)(´⊙ω⊙`)(´⊙ω⊙`)
「えっと、あの……その、そう思ったんですけど……」
「そうか!」
と、咲人が明るい声を発したので、私はますますよく分からなくなった。
知り合いって言うべきだったのか?
「えと、咲人?私、あなたみたいな関係の人を
英語でなんて呼んだらいいかわからないから、友達って言ったんだけど、その…」
「おい待てよ、俺は喜んでるんだよ。イヤだって言ってるんじゃないよ」
「そ、そう?」
「ああ」
嬉しいよ、と咲人は明るく続けた。
私はとりあえず悪いことはしてないようなのでホッとした。(なんかホッとしてばっか)
うーん、と咲人が唸った。
「どうしたの?何を考えているの?」
「ん、いや。今日について考えていた」
「ふーん?教えて」
教えて?何を?と咲人は不思議そうに言った。
は?今日がどんな1日だったかを考えていたんじゃないの?
私がそんなことを尋ねると、彼は違う違うと答えた。
「今日の会話がどんな感じか考えてたんだよ」
「へ?あぁ!私達の電話のこと考えてたの?」
「そう」
へー、そんなこと考えるんだ。
そういえば、彼は会話では基本オーガナイザーだって言ってたわね。
「わかったわ。で、どう?今日の私達の会話は」
「うーん、今日はすごくディープな話題に始まって、少しずつ軽く楽になってきた感じだな」
私は吹き出した。
「ごめん、それは私のせいね。私が首輪の話題を提供したから」
「いや謝るなよ」
「(笑)」
咲人は続けた。
「でも、俺は今ちょっと考えてた。君の声がいつもと違うなって」
「私の声が?」
「そう。いつもよりちょっと悲しそうだった」
あぁ…と呟いて私は黙った。
確かにいつもよりずっと静かに話していた。
それは別に何かあったわけではないのだけれど。
「だから、今日何か嫌なことあったのかって聞いたんだよ」
「そうだったのね…。ごめん、実は…」
おい、と咲人は遮るように言った。
「メイサ、謝るなよ。俺は君に何か指摘したり苦情を言っているわけじゃないんだ」
「わかってるわ。ただ、あの、説明したいん」
「俺はただ印象を叙述しているだけなんだ、わかるか?」
「もちろん分かるわ。で、」
「決して君が悪くなんか」
咲人の矢継ぎ早な英語に私はワタワタと不細工に応戦した。
流石にまくし立てられると敵わない。
ウェイトウェイトとでも言えば良かったのだろうか。
咲人が言いたいことを言い終えたところで、私はやっと自分の意見を言うことが許された。
「えっと、咲人。あなたがどういうつもりで言ったのか私はよくわかったわ。それは全然問題ないの」
「よかった」
「確かに私の声は今ちょっといつもと違うと思う。その理由があって、それを説明したいのよ」
「どうぞ」
えーと、1,2...と私は指折り数え始めた。
私が数を口にするたびに、彼がウンと返事するのがどこかおかしかった。
「全部で3つ理由があるわ」
「教えて」
「まず第1に、昨日の夜も私達はながーーーい電話をしたでしょ」
「うん」
「だから、ちょっと眠いのよ」
あーなるほど、と呟いた。
「それは、その、ごめん。俺はもっと早く切り上げるべきだった」
「いいの、いいの!」
今度は私が謝るなコールをする番になった。
「私はすごく楽しかったのよ。だから気にしないで、謝らないでよ」
「そっか。なら良かった」
「あ。私、それに関連してあなたに教えたい日本語があるの」
「何?」
「理由を全部説明した後に教えるね」
電話の向こうで、咲人がちょっと笑ったのがわかった。
「オッケー」
「で、2つ目は、昨日たくさん話したし今日も話してるから喉がちょっと疲れてるみたい。
それで、小さな声で話そうとしてる」
「わかった」
「で、3つ目なんだけどぉ……」
「けど?」
私はンーと唸った。
「これが問題なんだけど、3つ目がなんだったか忘れちゃった!笑」
咲人はマジか、といつものように小馬鹿にした声を出した。
私はそれを気にも止めずハハハハと笑った。
「ごっめーん」
「ま、いいよ」
「えーと何だっけな〜。あ!思い出した!」
「言えよ」
「さっきあなたも言ったけど、今日の初めの話題は重かったでしょ」
私は少し言いづらそうに、でもいつも通り毅然とした声色で続けた。
「だから、ちょっと恥ずかしかったのよ」
「あぁ…なるほどね」
「そう。普通の感覚だと思う」
「うん、わかる」
へへへ、と私が照れ笑いすると、咲人はちょっとゆっくり話し始めた。
「ごめん…悪かったよ」
「いいのよ、私が始めたんだもの」
「そうだけど。でも、今度からそういう時は教えて。
もし君が話しにくかったり居心地が悪く感じることを、俺が話題にしたらさ」
私は微笑んだ。
咲人って、優しいよね。
「はは、オッケー」
「うん」
「じゃ!私があなたに教えたかった日本語を教えるわね」
いいね!と咲人は楽しそうに答えた。
「咲人、寝ても覚めてもって日本語知ってる?」
「ネテ……?」
「送るわ」
私はローマ字に書き起こしたそれを彼に送信した。
それを読んでも尚、彼はネ…テ…と難儀そうにした。
「寝る、はわかる?」
「何度も聞いたことあるけど、わからない」
「オッケー。寝るはsleepね。で、覚めるはwake up」
彼が復唱しつつノートを取っているのを聞きながら、私は続けた。
「このフレーズは、あなたが何かにすごく興味を持っている時や夢中になっている時に使えるのよ」
「ふむ」
「昨日の夜あなたと長電話した後、ベットに入るまで私は私達の話したことについて考えていたわ」
「オッケー」
「で、寝て、朝起きてすぐにあなたの名前が頭に浮かんだのよ」
咲人が笑ったのがわかった。
「で、私気づいたの。あぁ私すごく楽しかったんだなって」
「ははは」
「どうして笑ってるの?」
「いや、微笑んでるんだよ。ちょっと笑ってもいるけど」
「そ?」
「うん」
私は続けた。
「これはいい時も悪い時も使えるの。例えば大事な面接やコンペの前に不安で、寝ても覚めても面接のことを考えてるって言えるわ」
「なるほどね」
「寝ても覚めても次の旅行のことを考えてる、とかも言えるしね。あと…」
咲人が突然遮った。
「I’m thinking about youは、日本語でなんて言うの?」
え?
「あーえっとそれは、今送ってあげる」
「Thank you」
ローマ字に書き起こしながら、1つ前の咲人の「なるほど」が空返事だったことを思い出していた。
「はい、どーぞ」
「ア…ナタ…ノ…」
「あなた/きみ のことを 考えている、ね」
「アナタ、知ってるな」
「それは日本の基本的なyouね。フォーマルだけど、男性はあまり使わないわ。
あなたが女の人を呼ぶなら、君を使ったほうがいい」
「オッケー。子供は子供同士でなんて呼び合う?」
「んー、名前だと思うわ」
「でも子供が大人を呼ぶ時は?アナタなの?」
面白い質問をするな(笑)
「あなたって言わないわ。やっぱり名前で呼ぶと思うわよ。○○おじさん、とか」
「なるほど」
「さて、日本語読み上げて欲しい?」
「うん」
私はゆっくり読み出した。
「”寝ても覚めても、あなたのことを考えている”」
「ネテモ、サメテモ」
「あなたの」
「アナタノ」
「ことを」
「コトオ」
「考えている」
「カンガエ、テ、イル」
上手ね、と私は笑った。
咲人はありがとうと答え、また自主練習を始めた(笑)
しばらく話した後、私達は寝ることにした。
時刻は私の国でもう朝の3時だった。ということは彼の国では4時だ。
真夜中の電話はいつも長くて、私達は慢性的に寝不足だった。
それでも続けていたのは、やっぱりお互いに楽しかったからだと思う。
特に咲人が電話したがってくれたのが大きかったけど。
日に日に彼との電話が、私の生活に組み込まれて行った。
続きます。
「メイサ、今日何か悲しいことあった?」
私はキョトンとした。
悲しいこと?
イヤ、まぁ最近は仁さんのことで慢性的に落ち込んではいるけど。
でも今日特に何かあったわけでは…
「ないけど、なんで?」
「いや、ただ訊いただけだから、無いならいいんだ。
ちなみに、何か悲しい事があった時はどうするの?」
「んー………。
ま、あなたが知ってる通り私は基本的にはポジティブだし自信満々なので」
「(笑)そうだな」
「それに私、グチグチしてる人って嫌いなのよね。
言い訳が好きな人間って必要な努力してないくせにすぐ妬むのよ。
この国に来てからも来る前も、そういう人間を沢山見たわ」
「ふむ」
「例えばここでの生活は大変よ。私は今も英語が全然上手じゃないわ。
でも、それでもここに来た8ヶ月前よりずっとマシだし、それは私が努力したからよ。
沢山恥ずかしい思いしたし、悔しかったし、最低だった。
でもやめなかったわ。だって、やるって決めて来たんだもん。
恥かきに来たのよ。
だから私が、私より長くここに住んでるけど英語が下手な人より英語が上手いのは当たり前よ。
だって努力したもの。しんどかったけど。
しんどくても、悲しくても、泣き言なんか言ってる暇なかったわ。
だって……悲しいって口に出したら、もっと悲しくなっちゃうじゃない」
私がゼイゼイと息を切らしてそう言い終えるのを、咲人は黙って聞いていた。
これは別に英語に関してだけ言えることではなくて、お水をしてた時のことや、
今までの自分の人生全て含んで話していた。
人は生まれながらに不平等だ。
美形とそうじゃ無いのがいる。
頭の作りも体の能力も違う。
努力すれば全員何でもできるなんて大嘘だ。
でも、じゃぁだからって努力しないで妬むのは
人間らしいけど尊敬に値しない。
私には沢山諦めたものがある。
凄く悔しかったし残念だったけど、それは誰かのせいじゃない。
そういうのを日本語で「しょうがない」と言う。
ただ私は、しょうがないけど、しょうがないから明るく行こう♪とすぐ言えるほど大人じゃない。
時間が必要だし、自分をコントロールするのに凄くエネルギーが要った。
でもその時、本当に辛いと言ってしまったら、私は余計辛かった。
上辺だけだけど、大丈夫、大丈夫、と口に出して
言霊に頼っていた。
咲人は、私がちょっとびっくりするくらい心配そうな声を出した。
「でも、それは君は辛くないの?」
「え?」
「ずっと強いふりをするのはさ」
私は言葉に詰まった。
強いふり、か………。
私の脳裏に、乙女チックな花柄の背景と楽しい女子トークが浮かんだ。
「えと…大丈夫よ」
「そう?」
「その、私にだって友達がいるわ。日本にだけど。
本当に辛い時は、彼女たちに聞いてもらってるから、大丈夫よ」
「そうか。それなら良かった」
咲人が微笑んでいる気がした。
私もなぜかホッとして、いつものように威勢良く話し出した。
「ま、日本とここじゃ時差があるから電話は難しいけどね」
「俺に電話しろよ」
「は?」
「悲しい時とか辛い時は俺に電話しろよ」
(´⊙ω⊙`)
「あ、ありがとう…」
「おう、いつでもいいよ」
「…ま、そうね。日本の友達にはなかなか会えないし話せないけど、
ここに来てあなたとか何人か友達ができたしね…」
「ちょっと待てよ」
はい?
「メイサ、今俺のこと友達って言った?」
(´⊙ω⊙`)(´⊙ω⊙`)
「い、言ったけど……」
「君、俺のこと友達だと思ってるの?」
(´⊙ω⊙`)(´⊙ω⊙`)(´⊙ω⊙`)
「えっと、あの……その、そう思ったんですけど……」
「そうか!」
と、咲人が明るい声を発したので、私はますますよく分からなくなった。
知り合いって言うべきだったのか?
「えと、咲人?私、あなたみたいな関係の人を
英語でなんて呼んだらいいかわからないから、友達って言ったんだけど、その…」
「おい待てよ、俺は喜んでるんだよ。イヤだって言ってるんじゃないよ」
「そ、そう?」
「ああ」
嬉しいよ、と咲人は明るく続けた。
私はとりあえず悪いことはしてないようなのでホッとした。(なんかホッとしてばっか)
うーん、と咲人が唸った。
「どうしたの?何を考えているの?」
「ん、いや。今日について考えていた」
「ふーん?教えて」
教えて?何を?と咲人は不思議そうに言った。
は?今日がどんな1日だったかを考えていたんじゃないの?
私がそんなことを尋ねると、彼は違う違うと答えた。
「今日の会話がどんな感じか考えてたんだよ」
「へ?あぁ!私達の電話のこと考えてたの?」
「そう」
へー、そんなこと考えるんだ。
そういえば、彼は会話では基本オーガナイザーだって言ってたわね。
「わかったわ。で、どう?今日の私達の会話は」
「うーん、今日はすごくディープな話題に始まって、少しずつ軽く楽になってきた感じだな」
私は吹き出した。
「ごめん、それは私のせいね。私が首輪の話題を提供したから」
「いや謝るなよ」
「(笑)」
咲人は続けた。
「でも、俺は今ちょっと考えてた。君の声がいつもと違うなって」
「私の声が?」
「そう。いつもよりちょっと悲しそうだった」
あぁ…と呟いて私は黙った。
確かにいつもよりずっと静かに話していた。
それは別に何かあったわけではないのだけれど。
「だから、今日何か嫌なことあったのかって聞いたんだよ」
「そうだったのね…。ごめん、実は…」
おい、と咲人は遮るように言った。
「メイサ、謝るなよ。俺は君に何か指摘したり苦情を言っているわけじゃないんだ」
「わかってるわ。ただ、あの、説明したいん」
「俺はただ印象を叙述しているだけなんだ、わかるか?」
「もちろん分かるわ。で、」
「決して君が悪くなんか」
咲人の矢継ぎ早な英語に私はワタワタと不細工に応戦した。
流石にまくし立てられると敵わない。
ウェイトウェイトとでも言えば良かったのだろうか。
咲人が言いたいことを言い終えたところで、私はやっと自分の意見を言うことが許された。
「えっと、咲人。あなたがどういうつもりで言ったのか私はよくわかったわ。それは全然問題ないの」
「よかった」
「確かに私の声は今ちょっといつもと違うと思う。その理由があって、それを説明したいのよ」
「どうぞ」
えーと、1,2...と私は指折り数え始めた。
私が数を口にするたびに、彼がウンと返事するのがどこかおかしかった。
「全部で3つ理由があるわ」
「教えて」
「まず第1に、昨日の夜も私達はながーーーい電話をしたでしょ」
「うん」
「だから、ちょっと眠いのよ」
あーなるほど、と呟いた。
「それは、その、ごめん。俺はもっと早く切り上げるべきだった」
「いいの、いいの!」
今度は私が謝るなコールをする番になった。
「私はすごく楽しかったのよ。だから気にしないで、謝らないでよ」
「そっか。なら良かった」
「あ。私、それに関連してあなたに教えたい日本語があるの」
「何?」
「理由を全部説明した後に教えるね」
電話の向こうで、咲人がちょっと笑ったのがわかった。
「オッケー」
「で、2つ目は、昨日たくさん話したし今日も話してるから喉がちょっと疲れてるみたい。
それで、小さな声で話そうとしてる」
「わかった」
「で、3つ目なんだけどぉ……」
「けど?」
私はンーと唸った。
「これが問題なんだけど、3つ目がなんだったか忘れちゃった!笑」
咲人はマジか、といつものように小馬鹿にした声を出した。
私はそれを気にも止めずハハハハと笑った。
「ごっめーん」
「ま、いいよ」
「えーと何だっけな〜。あ!思い出した!」
「言えよ」
「さっきあなたも言ったけど、今日の初めの話題は重かったでしょ」
私は少し言いづらそうに、でもいつも通り毅然とした声色で続けた。
「だから、ちょっと恥ずかしかったのよ」
「あぁ…なるほどね」
「そう。普通の感覚だと思う」
「うん、わかる」
へへへ、と私が照れ笑いすると、咲人はちょっとゆっくり話し始めた。
「ごめん…悪かったよ」
「いいのよ、私が始めたんだもの」
「そうだけど。でも、今度からそういう時は教えて。
もし君が話しにくかったり居心地が悪く感じることを、俺が話題にしたらさ」
私は微笑んだ。
咲人って、優しいよね。
「はは、オッケー」
「うん」
「じゃ!私があなたに教えたかった日本語を教えるわね」
いいね!と咲人は楽しそうに答えた。
「咲人、寝ても覚めてもって日本語知ってる?」
「ネテ……?」
「送るわ」
私はローマ字に書き起こしたそれを彼に送信した。
それを読んでも尚、彼はネ…テ…と難儀そうにした。
「寝る、はわかる?」
「何度も聞いたことあるけど、わからない」
「オッケー。寝るはsleepね。で、覚めるはwake up」
彼が復唱しつつノートを取っているのを聞きながら、私は続けた。
「このフレーズは、あなたが何かにすごく興味を持っている時や夢中になっている時に使えるのよ」
「ふむ」
「昨日の夜あなたと長電話した後、ベットに入るまで私は私達の話したことについて考えていたわ」
「オッケー」
「で、寝て、朝起きてすぐにあなたの名前が頭に浮かんだのよ」
咲人が笑ったのがわかった。
「で、私気づいたの。あぁ私すごく楽しかったんだなって」
「ははは」
「どうして笑ってるの?」
「いや、微笑んでるんだよ。ちょっと笑ってもいるけど」
「そ?」
「うん」
私は続けた。
「これはいい時も悪い時も使えるの。例えば大事な面接やコンペの前に不安で、寝ても覚めても面接のことを考えてるって言えるわ」
「なるほどね」
「寝ても覚めても次の旅行のことを考えてる、とかも言えるしね。あと…」
咲人が突然遮った。
「I’m thinking about youは、日本語でなんて言うの?」
え?
「あーえっとそれは、今送ってあげる」
「Thank you」
ローマ字に書き起こしながら、1つ前の咲人の「なるほど」が空返事だったことを思い出していた。
「はい、どーぞ」
「ア…ナタ…ノ…」
「あなた/きみ のことを 考えている、ね」
「アナタ、知ってるな」
「それは日本の基本的なyouね。フォーマルだけど、男性はあまり使わないわ。
あなたが女の人を呼ぶなら、君を使ったほうがいい」
「オッケー。子供は子供同士でなんて呼び合う?」
「んー、名前だと思うわ」
「でも子供が大人を呼ぶ時は?アナタなの?」
面白い質問をするな(笑)
「あなたって言わないわ。やっぱり名前で呼ぶと思うわよ。○○おじさん、とか」
「なるほど」
「さて、日本語読み上げて欲しい?」
「うん」
私はゆっくり読み出した。
「”寝ても覚めても、あなたのことを考えている”」
「ネテモ、サメテモ」
「あなたの」
「アナタノ」
「ことを」
「コトオ」
「考えている」
「カンガエ、テ、イル」
上手ね、と私は笑った。
咲人はありがとうと答え、また自主練習を始めた(笑)
しばらく話した後、私達は寝ることにした。
時刻は私の国でもう朝の3時だった。ということは彼の国では4時だ。
真夜中の電話はいつも長くて、私達は慢性的に寝不足だった。
それでも続けていたのは、やっぱりお互いに楽しかったからだと思う。
特に咲人が電話したがってくれたのが大きかったけど。
日に日に彼との電話が、私の生活に組み込まれて行った。
続きます。