ある晩。
私と咲人は再び深夜の長電話をしていた。
散々英語だけで会話しているが、咲人が日本語を学びたい気持ちは本当なので
この日も細やかに教えてあげていた。
ちなみに、前回の決死のloveメッセージは華麗にスルーされた。涙
何よぅ、照れ屋さんめ!!←本当にポジティブ
が、
突然咲人は、はぁー!と強くため息をついた。
え?なんか私悪いこと言った?
「どうしたの?疲れてるの?」
「いや全然?」
「いや!明らかに疲れてそうなデカため息だったじゃん!」
「違うんだよ。俺、君が言ってること日本語でわかんねぇなと思って」
え?
「君は英語を勉強してて上手いと思うけど、君が英語で自分のことを説明する時、
それはときどき、君の言いたかった言葉じゃないだろ。
英語で話す君と日本語で話す君は全然違う。
俺は君がどう思ってるのかとか、君が何を考えてることとか、ちゃんと正確に分かりたい。
そのためには俺が君の日本語をわからなきゃいけない。
でも今の時点では俺にはそれは無理だ」
ど
どうしたの咲人?
「……えっと…日本語と英語、どっちで話してほしいの?」
「日本語だよ」
「……そうなんだ」
「君がどんな風に英語で話すのかはもう知ってるよ。だから日本語で聴きたい」
日本語の方が響きが柔らかいから?と思ったけど、
咲人は違うことを言った。
「君のことをちゃんと知りたい。いくつもの余計なものを通した後の言葉じゃなくて、君の本当の言葉で」
私が黙っていると、彼は悪戯そうに続けた。
「ま、今は無理だけどそんなに時間はかからないよ。
俺はすぐに君の言語で君と会話できるようになる。
そしたら君にも俺が考えてることをちゃんと伝えられる」
「(相変わらず自信満々だな)そうね」
「練習して練習して練習すればいいんだろ?余裕」
ハハと、笑う声を聞きながら
どうしてこの人はいつも私が欲しいものをくれるんだろうと思っていた。
恋人は何国人でも構わない。
ただ1つ、私が相手に望むのは、日本語で話してくれること。
私を理解してくれること………。
今まで何人も外国人の男の子達と付き合ったけど、誰一人日本語をメインにしようとしなかった。
彼らが日本語を勉強していても、していなくても。
理由は簡単で、私の英語の方が彼らの日本語よりずっと上だったからだ。
だけど、それでも私にとってはそれは大変で。
時々とても辛かった。
相手が何を言っているのかわかるのに時間がかかる時もあれば、わからない時もあった。
伝えるのが大変な時もあれば、伝えられない時もあった。
元々の性格もあるかもしれないけど、言いたいことも言えないそんな関係はポイズンだった。
デートの後で、はぁ〜私の英語って…と肩を落とす日も多かった。
相手も日本語が話せないのにね。
私は彼らに、日本語を上達させようという意思を持って欲しかった。
日本語でメイサと話そう。
メイサの言葉でメイサに伝えたい。
と思って欲しかった。
少なくとも
愛してると、日本語で言って欲しかった。
そしてそんなこと、私に言われなきゃ思いつかないのかなぁと腑に落ちなかった。
だって私は、『ありがとう』と言うときは、必ず相手の国の言葉で言おうと努力していたから。
本当に伝えたいものは、相手の国の言葉で言うべき、と当たり前に思っていたから。
咲人
どうしてあなたは、それができるの?
私が今までずっと欲しかったことだよ。
どうしてそんなこと、思いつけるの?
「えっと……咲人」
「ん?」
「その……ありがとう」
「は?なんで?」
「えっと……私は英語を勉強してるし、だからあなたと英語で話せるのは有難いし…」
「あぁそれ?いいよ、も…」
「違う違う、違うの。だから、英語で話せるのは有難いけど、まだ私、上手くないから、やっぱり時々居心地が悪くて」
「……。」
「勿論それは咲人のせいじゃないの。英語力の問題なの。……それで、その……
何人か勉強用に知り合った友達がいて…
その人達とは今は普通に友達なんだけど、私達はほぼ英語で話してるの」
「そうなの?」
「うん。たいてい私の英語力の方が、上だから……」
「マジで?あー、そうなんだ…」
「で、いつも………皆に、日本語で話してほしいなと思っていたの」
あぁ…と咲人はつぶやき、少し考えてから、また口を開いた。
「なんで彼ら、日本語で話さないの?」
「いや知らん」
「俺にはよくわかんないな。なんで君に対してもっと君の言葉で話したいって思わないのかな?」
「うん、私もわかんない(笑)まぁ多分、日本語を勉強するのはただの趣味で、友達と会話する分には英語話してる方が楽だからじゃない?あと、あたしが英語わかるから」
「まあそうだな」
「そういう意味では私はラッキーだと思うよ。友達ができたんだもん」
「そうだな」
「言葉の壁を超えて私のこと友達だと思ってくれる人達に出会えたんだもん。
すごくラッキーだし幸せだと思うわ。でも、ときどきしんどいのよ〜」
「わかるよ」
「で、咲人は私がずっとそう思ってたの知らないのに、さっきあんなこと言ってくれたでしょ」
「うん」
「だから、ありがとうって言ったのよ」
よくわかったわ、と咲人は笑った。
ま、今は難しいけどすぐだよ、全然大変なことじゃない、と繰り返した。
私も、咲人はやると決めたらやりそうだと、何の証拠もなく思った。
(相当時間かかると思うけどね)
ときどき、咲人と話していると懐かしい気持ちになった。
記憶の引き出しから取り出すと、いつも変わらずキラキラとして、優しい、大切な思い出がある。
そんな気持ちにさせてくれる人が、過去にいた。
咲人は私が初めて恋をした人に似てるんだ。
見た目はそんなにタイプじゃなかったけど、心から惹かれた人。
優しくて、お喋りが上手で、温厚で。
何より、いつも私の気持ちを考えてくれて、私を受け入れようとしてくれていた。
ライフスタイルも似ているし、時々すごく意地悪なところも同じ。
話せば話すほど好きになっていく、居心地がいいと感じてしまう。
たくさん甘えてしまいそうになる。
そして彼もそんな風に甘えられたいと思ってくれる。
どうしよう。
これ本当に恋してるパターンだよーーーーー(T_T)
初恋の彼のこと、相当引きずったやーん。
止まらなきゃいけないのに止まりたくない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、偏屈咲人からのメッセージはまた変わっていった。
続きます。