今回は、通勤経路の途上で見かけたローカルな物件です。
三ツ境小学校前交差点は、その昔、
鎌倉郡阿久和村、宮沢村、二ツ橋村の村境が接する、
いわゆるトライアングル的な場所にあります。
先日、月がちょうど半分になった夜の帰り道を歩いていて、
ふと見上げると、LED防犯灯に照らされた電柱に「駐留軍」の文字を見つけました。
「えっ!ここって、接収地だったの?」と思いましたが、
在日米軍上瀬谷通信隊があったので、そこまで続いているんだろうと、
確認してみることにしました。
さて「駐留軍支1」はというと、
よく家族で利用するファミリーレストラン「夢庵・ガスト」にある交差点にありました。
そこから、交差点を県道瀬谷柏尾線に沿って、上瀬谷通信隊の方向に向かっています。
順調に、2、3、4とやってくると「4(甲)」のプレートがありました。
「装甲車」の(甲)の文字が連想されましたが、やはりここは「甲乙丙」の(甲)でしょう。
その意味では「あいうえお順」が使われる以前「いろは順」だったように古さを感じますが、
プレートには「H18」とあるので、電柱は平成18年に更新されていると考えられます。
次には「5」、その次には「5D」とありました。東電は「宮腰2」です。
「ダブル」または「ダイレクト」や「デジタル」の頭文字を意味するのか、
次の電柱が「6」なので「甲」が今は「D」を用いるようになったと思えます。
まさか、NTTドコモの「dd兄弟」ってことじゃないですよね。
「宮腰」は、県道瀬谷柏尾線を戸塚に向かう途中にある字地名で、遺跡があります。
次は「6D」、東電は「沢谷」に変わりました。
7,8,9、10、11と進み、
最後はあっけなく「12」で打ち止めとなりました。
続いては「柳明支」となっています。
柳明(やなみょう)は、泉区上飯田町の北部辺りにある字地名です。
そこに向かって線が延びていると思われます。
そのまま辿って上瀬谷方面に向かうと「柳明」は起点に近づき、東電は「棟窪」となります。
「棟窪」は(むねくぼ)ではなく(さいかちくぼ)と読み、この辺りの字地名です。
サイカチは、トゲトゲのある木で、皁莢、梍と漢字表記されるのですが、
古い地図等に「棟窪(サイカチクボ)」とルビがふられているので「棟」の字をあてたのでしょう。
サイカチは、よく地名に見られます。「槐」の字も見かけられ、
横浜市歴史博物館に隣接する「大塚・歳勝土遺跡」の歳勝もサイカチにあてられた文字と思われるので、
メタ坊学的にはサイカチの木は集落あるいは墓地を防衛する生け垣として、
用いられていたのではないかと推測しています。
ところで、こんな電柱管理名も見つけました。「みどり」です。
「美空」「雲雀」の例(ここをクリック!)もあるので、探してみると・・・
「畠山」とか「小松」とか期待していたのですが、
なぜか「白樺」でした。
字地名でもなく、まして喫茶店やロシア料理店などは存在したこともなく、
今は樫と杉の大木が多くを占める公園があるばかりです。
ディバイドですか・・・
まだまだわからないアルファベットがあるのを発見していますので、
お教えいただければと思います。