散歩の閑人:メタ坊っちゃまのYOASOBI?

若気の至りが過ぎてメタボでも、世遊びは辞められない。

虹を見た

2009年05月09日 | ★デジカメタ坊写真帳
久しぶりに雨が降り続いた。夕暮れの虹は晴れの前触れ、といわれるとおり、虹が東の空に現れた。凡人というのは、自分の都合良く解釈するもので、すぐ近くの空にかかったと思っていたが、帰宅してインターネットを繋いでみると、ニュースで都心の東の空に虹が出たと速報していた。きっとずいぶん広範囲の人が東の空を見上げ、物好きはカメラで撮影したんだろう。虹といえば「こんな夢を見た」で始まる黒沢明作品の「夢」を思い出す人も多い。自分の描きたい情景を絵コンテでおこし、寸分狂いなくフィルムに焼き付ける黒沢監督作品だけに、全話、幻想的ながら油彩画を思わせるカットの連続。その一話「日照り雨」は、特に印象的だった。題材は、狐の嫁入りにとっている。晴天なのに雨が降る天気雨のことを、狐の嫁入りと親から教わった。父からは、子どもの頃、町はずれの山道を歩いていたら、突然の天気雨とともに、間近で狐の嫁入りを目撃したそうで、そのことを人に言ってはならないといわれていたので、なかなか夜寝付かれず、小用で外便所へ出たとき、昼間目撃した場所の山を見ると、辺り一帯に狐火が薄ぼんやりといくつも燃えていたといい、翌日、その近くの電灯柱に首をくくった学生が発見された、と聞いた。この学生は、NHKを受験して不合格となり、そのために精神が病み、いつもラジオニュースをオウム返しのように口走り、最後に必ず「エヌエイチケー」と締めくくるので、みんなから「エヌエイチケー」と呼ばれていた青年だったそうだ。
映画の中でも「こんな天気の日は狐の嫁入りがあるから、外に出て行ってはいけない」と母親から注意されたにもかかわらず、家を出た少年が、山道で狐の嫁入りに出くわし、狐に見咎められてしまう。急いで家に帰ると、すでに狐の使者が、目撃したからには切腹して命を絶つよう、母に短刀を置いていったあとだった。母からは、あれほど注意したのにと、短刀を渡される。「こんな日は虹が出る。もし、死ぬのがいやだったら、狐に会って、死ぬ気で謝って、許してもらいなさい。狐の家は虹の下にある」と母親に諭され、花畑の中を奥深い山にかかる虹に向かっていくという話だ。
うちの父も、黒沢監督同様、母親から何度も注意されたのだろう。父は白日夢を体験している。理科の授業で天気雨の仕組みを知ってしまった私は、狐の嫁入りを見たくても未だに見たことがない。

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狐火 (酔華)
2009-05-10 06:35:24
昔、まだ山岳部に在籍していた頃の話。
5月に合宿で朝日連峰へ行きました。
途中、道に迷い仕方なくビバークすることに。
すると夜中に狐火が現れました。
まるで提灯のような火が点々と並んでいたのです。
最初は登山者の懐中電灯だろうなんて話し合っていたのですが、
そこは谷を挟んだ向こう側の山の斜面で、
登山道もない樹林地帯です。
あれは明らかに狐火でした。
いまだにあの光景は忘れられません。
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