徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

英EU離脱から何も学ばないEU—CETA&TTIP及びグリホサート

2016年07月04日 | 社会

現在欧州委員会委員長であるジャン・クロード・ユンカーがカナダとEUの自由貿易協定(CETA=Comprehensive Trade and Investment Agreement、総括的経済貿易協定)を各国の議会による承認・批准なしにEUレベルのみで推し進めようとしています。CETAはEUマターであり、各国議会の承認は不要である、という見方に基づいているとのことですが、実際は28か国の議会の承認を求めた場合、1国でも反対すれば条約が無に帰してしまうことを怖れているのです。

CETAはアメリカとEUの自由貿易協定(TTIP=Transatlantic Trade and Investment Partnership、大西洋横断貿易投資パートナーシップ)と共に烈しい議論の的になっており、EU市民からの反発も非常に強く、数百万筆もの反対署名も集まっていました。特に交渉内容の秘密主義や、グローバル企業を優遇し、国内法あるいはヨーロッパ法規制をないがしろにし、民主主義を空洞化させる恐れのある投資家保護条項に批判が集中していました。こうした反対運動を受けて条約の内容が少なくとも一部公開され、投資家保護条項も若干改定されましたが、裁判所の名称が変わっただけと揶揄されています。

ユンカーの推し進めるスピード手続きは各方面から批判が溢れています。ジグマー・ガブリエル独経済・エネルギー相は「(そのやり方は)ナンセンスだ」といい、クリスチャン・ケルン墺首相は「ユンカーは一つの法人を代弁している。各国議会を参加させることは高度に政治的な問題。それをスピード手続きで押し通そうとすることは欧州連合の信用をかなり失うことになる」と批判しました。欧州議会の方からは「軽はずみな越権行為」、「欧州委員会のエゴトリップはEU懐疑派のいい餌にしかならない」等の批判が出ました。

CETAの交渉自体は2014年9月に終了しています。CETAが発効するためにはいずれにせよ欧州議会及び加盟各国政府がそれを批准する必要があります。しかしその批准がなくてもEUの閣僚理事会は条約を「暫定的に適用」することができます。この「暫定適用」にもかなりの批判があります。
現在議論の的となっているのはこの条約が加盟各国それぞれに批准される必要があるか否か、いわゆる混合条約であるかどうかが争点となっています。加盟各国が条約を批准する場合、通常は各国議会の決議を擁します。ユンカーはもちろん「CETAはEUマターである」というスタンスで法的にもEUの管轄部分にしか触れないと主張していますが、多数の加盟国は自国議会での審議と批准を以前から求めています。条約を確実に「混合条約」にするためには閣僚理事会による全会一致の決議が必要です。「全会一致」は長いこと確実と目されていましたが、5月末にイタリア経済相カルロ・カレンダがユンカーに宛てた手紙でイタリアはそこから外れる意図があることを記したので、決議が危うくなっています。残る方策は多数決によってCETA全てをブロックすることだけです。その場合の「過半数」とは28加盟国のうちの16か国かつEU人口の65%以上が含まれることを指します。

CETAは日本にとってのTTP同様、通商のみならず国民の日常生活全般に大きな影響を与えます。消費者保護や環境保護のための規制が「障壁」と認知されれば、これを取り除いたりまたは緩和させたりすることがCETAの投資家保護条項によって可能になるからです。Compact!などの市民団体はCETAやTTIPに関して憲法裁判所で訴訟する準備をしています。

 

それにしても、ユンカーがCETAを早急にEUレベルのみで批准させる計画を発表したタイミングは最悪としか言いようがありません。イギリスのEU離脱国民投票で離脱派が勝利してから1週間も経っていないうちに加盟国の主権を踏みにじるような形で大企業にばかり有利なCETAを推し進めようとしたのですから、イギリス国民の反EU的心情、「Take back control(主権を取り戻そう)」という離脱派のスローガンなどをEUへの警鐘と受け止めず、何も反省せずにこれまで通りEUを運営していこうとしていることは明らかです。

また同時に、WHOの外部組織である国際がん研究機関が「恐らく発がん性がある」と評価した殺虫剤グリホサートのEU認可が6月に終了するため、グリホサート再認可がこの数か月議論の的になっていましたが、環境保護団体などから多くの反対署名が提出されたにもかかわらず、認可が18か月延長されることに決定しました。欧州委員会において数年単位のグリホサートの認可にも全面禁止にも必要な過半数が得られず、このような中途半端な期間の認可が下りた次第です。

こうした事例が、EUがグローバル企業のロビー活動に多大な影響を受け、消費者利益をないがしろにする傾向を端的に示しています。イギリスのEU離脱を受け、ドミノ現象を阻止するためにEUの民主化と福祉の強化を求める政治家や市民団体が現在多くなっています。

私自身、大企業ばかり優遇する新自由主義的政策を取り続け、そうかと思えばくだらない些末事におかしな「基準」を設けたり(バナナの婉曲度とか)、その一方で若年失業や難民対策に全く有効な政策を取ろうとせずに問題を先送りばかりするEUには失望しています。イギリスのEU離脱が改革のいいきっかけになるのではとちょっぴり期待していましたが、それも数日で見事に裏切られました。これから加盟各国の巻き返しがあるのかも知れませんが、先行きはイギリスのEU離脱も含めて極めて不透明です。

 

参照記事:
Compact!、「CETAとTTIP:連邦議会の無力化反対
シュピーゲル、2016.06.29.、「カナダとの通商条約:ユンカー計画に戦慄」 
ZDFホイテ、2016.06.29.、「EUはグリホサート使用の期間を延長する」