徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツ:百万年の耐久性を求めて~核のごみ最終処分場選定手続きの提案

2016年07月05日 | 社会

ドイツ連邦議会の高放射性廃棄物最終処分に関する委員会(Kommission Lagerung hoch radioaktiver Abfallstoffe)は、本日(7月5日)2年間の活動結果を記した700pに及ぶ最終報告書(ドイツ語のみ)を政府に提出しました。この委員会の成果は科学的知見に基づく安全基準を含む「最終処分場選定手続き」の提案のみで、候補地の選定などは今後の課題となります。

選定手続きは3段階に分かれ2031年までに完了することになっています。

第1段階:学者らがいわゆる「白い地図」(政治的・歴史的な先入観がないという意味で「白」)の上で特定の基準に従って適切と思われる候補地を探索し、候補地リストを作成して連邦議会及び連邦参議院に提出し、承認を受ける。対象となるのは少なくとも地下300メートルにある粘土・岩塩・花崗岩層です。

第2段階:候補地を地上から検査・分析し、分析結果を連邦議会及び連邦参議院に提出し、承認を受ける。

第3段階:候補地の地下を検査・分析し、高放射性廃棄物最終処理場として最適な立地を選定し、連邦議会及び連邦参議院に提出し、承認を受ける。

その後、高放射性廃棄物最終処理場の建設が開始され、2050年から核のゴミ3万立方メートルの搬入受け入れがスタートする、というのが大まかなタイムラインです。ここまでは意外性も何もありませんが、画期的なのはこの選定手続きに大幅な市民参加が想定されていることと、その市民参加が公平に行われるかどうかを監視する付随委員会(Begleitgremium)が設けられること、そしてその付随委員会には偶然に選ばれた(!)市民らが参加することが提案されていることです。ポピュリズムだ、民衆迎合だという批判の声もありますが、全国的な対立が必至の問題であるため、市民参加抜きの問題解決はあり得ないというのが委員会のスタンスです。

この委員会には連邦議会議員や州議会議員はもちろん、各分野の科学者を始め、電力会社、労働組合、キリスト教会、環境保護団体などからも代表者が参加し、お役所仕事でなかったことがこのような画期的な提案を生んだのでしょう。具体的な活動内容や各種議事録などは連邦議会の最終処理場サイトでドイツ語のみですが見ることができます。委員会の徹底した情報公開は高く評価していいと思います。

連邦議会は既に2週間前に高放射性廃棄物最終処分場選定のための特別局と一種の顧問委員会の設置を決議しましたので、第1段階はすぐにでもスタートできるはずです。

核のごみ最終処分場候補地の基準として100万年間の地質学的な予想ができることが挙げられています。核種の半減期を基準とせず、それを抱き込むことになる地層の長期的な視点が重視されています。また、保護目標が二つあり、第一に高放射性廃棄物が地上に晒されることがないこと、第二に社会が恒久的に最終処分場を管理できることです。

粘土・岩塩・花崗岩層はどれも最終処分場に適していると見做されていますが、それぞれ長所短所があるようです。現地で調査する必要があるのは、その問題となる地層の構造や厚さ、熱伝導性や透過性等の他、地下水の流れ、地震活動等々です。

こうした調査はニーダーザクセン州のゴアレーベン(Gorleben)の岩塩ドームで1979年から行われていましたが、2000年に当時のSPD・緑の党連立政権によって全ての調査活動が中断され、最終処分場選定が改めて行われることになりました。電力会社側はゴアレーベン岩塩ドームが処分場として最適と見做していますが、住民は数年来反対運動を行っています。問題は岩塩ドームに侵入する地下水にあるそうです。このゴアレーベンが候補地選定から除外されるか否かで最後まで激しい争いがありましたが、結局先入観なしの「白い地図」と決定しました。それはつまりゴアレーベンも例外ではないということです。

参照記事:
ZDFホイテ、2016.07.05、「以下次号:核のゴミをめぐる論争」 
ツァイト・オンライン、2016.07.05、「核のゴミについて争おう!」 


ドイツの脱原発、核廃棄物の処理費用は結局納税者持ち~原子力委員会の提案

ドイツ:憲法裁判所で脱原発公判開始

ドイツのエネルギー法改正

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (1)

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (2)

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (3)

ドイツの脱原発~その真実と虚構、現状 (4)― 事後責任法案本日閣議決定


CETA:やっぱり加盟各国の国会で審議・批准 ー 欧州委員会の妥協

2016年07月05日 | 社会

EU貿易総局長セシラ・マルムストレームは今日(7月5日)、これまでの欧州委員会の方針を曲げて、カナダとの自由貿易協定(CETA=Comprehensive Economic and Trade Agreement、総括的経済貿易協定)を「混合条約」扱いにし、加盟各国の議会で審議することを認めました。イギリスのEU離脱の悪夢も冷めていないタイミングで、欧州委員会委員長ジャン・クロード・ユンカーが「CETAはEUレベルで締結・施行可能」という見解を強調したため、加盟各国から批判が相次いで、苦渋の選択を迫られた、と見ることができます。
なぜ【苦渋の選択】なのかといえば、加盟各国の批准なしのままEUレベルで条約の締結を推し進めた場合、EUは非民主的だという非難は免れられず、各国で勢いを増している反EUの右翼ポピュリズムを益々勢いづけることになります。一方加盟各国の議会に審議をさせた場合、【条約批准マラソン】は免れませんし、CETA自体が暗礁に乗り上げて、ゆっくり死んでいくことになるリスクがあります。欧州委員会は結局後者を選び、少なくともCETAが暗礁に乗り上げた場合の責任を加盟各国に押し付けることができるようにしたわけです。

しかしマルムストレームはCETAは加盟各国の批准を待たず、各国政府及び欧州議会の承認があれば「暫定的に発効」すると釘を刺しています。この脅し(?)にどれほどの効力があるのか私には分かりかねます。一体どの国の政府が自国の議会の審議を待たずにこれほど重要な案件を「承認」するというのでしょうか?CETAやTTIP(アメリカとの自由貿易協定)は特にドイツで激しい批判が沸き上がっており、またドイツは来年に連邦議会選挙を控えていますので、ドイツ政府が議会より先に承認することはまずないでしょう。ドイツではCETAやTTIPに強い抵抗を示す緑の党が16州のうち10州で与党連立に参画していますし、SPD(ドイツ社会民主党)の中にも自由貿易協定に難色を示す勢力があります。そのため彼らが各州代表で構成される連邦参議院を通じてCETAを阻止する可能性もあります。

それでもメルケル独首相は楽観的な見方を強調しています。EU加盟各国の議会が通商条約を承認するのは初めてのことではない、とのこと。またCDU/CSU(キリスト教民主同盟・キリスト教社会主義同盟)の議員団長フォルカー・カウダーは「EUは今後も自由貿易協定を締結していかなければならない。そうでなければ企業の域外、例えばアメリカなどへの移転が起こる恐れがある。だから理性がいくつかの信念よりも強いことを望んでいる」と発言しました。

 

そもそもCETAは2009年からEUとカナダの間で交渉され、2014年9月に1600ページに及ぶ条約として完成しました。目的は貿易障壁つまり関税を撤廃することや、様々な分野での規則やスタンダードを共有化することを目的としています。これによってヨーロッパとカナダの貿易額が中長期的に23%増大し、ヨーロッパの企業は関税撤廃と貿易簡易化により年間5億ユーロコスト削減を図ることができるとEU貿易総局は見ています。それとは別に120億ユーロのGDP増加が可能、とも主張しています。

カナダにとってヨーロッパは貿易総額の10%を占める、米国に次ぐ重要な貿易相手です。ヨーロッパ・カナダ間の貿易総額は最新統計によれば630億ユーロで、数年来増加傾向にあります。因みにドイツ・カナダ間の貿易総額は210億ユーロで、ヨーロッパ・カナダ間貿易総額の3分の1を占めます。

CETAでは相互の市場参加を簡易化するよう便宜が図られていますが、労働法の必然的規定や労働争議権、最低賃金は各国独自のものが維持されるようになっており、また、ごみ・排水処理や近距離交通や福祉事業などの公共サービスもCETAから影響を受けない、つまり民営化する必要はないという建前です。また特に批判を浴びた投資保護条項については、民間の仲裁裁判所の代わりに独立した法治国下の「投資裁判所」に変更され、企業が貿易相手国を訴える可能性を制限した、とドイツ連邦経済省は主張していますが、CETA批判派は納得しておらず、「名前を変えただけ」と揶揄しています。労働組合もCETAが消費者・労働者保護よりも投資家保護に重きを置いていると強い懸念を示しています。

カナダが環境保護で世界的に有名になったことがないことを考えれば、環境保護の観点からもCETAは危険であることが自ずとわかるかと思います。

「自由貿易がいい」というのは新自由主義という名の一種の信仰だと私は考えています。国力がほぼ拮抗している国々の間で行われるのはそれほど経済的ダメージも生じず、価値観の共有があればそれなりにメリットもあることは否めませんが、国力の差が大きい場合は国力の小さい方が明らかにダメージを受ける不平等条約になります。本来発展途上国は保護主義で国際競争力の弱い自国産業を守った方が国益に叶うことなのです。しかし欧米列強は発展途上国を自国産業のための市場としか見ておらず、市場開放を迫り、自国産業の商機を作って来たのです。それを「グローバル化」と言います。いわゆる「トリクルダウン」(富が豊かなところから貧しいほうへ零れ落ちること)は起こらず、勝ち組と負け組を国内国外双方で作り、勝ち組だけがどんどん富を蓄積する構造を作り上げてきた実績があります。だから欧州委員会がいくら「貿易総額が増える、コスト削減ができる」と言っても、「それで得する人たちは限られている」し、「新たな負け組みができる」と多くの人たちが既に理解しているため、そんな数字に惑わされなくなっているのです。だから、CETAは批准されなくていいし、TTIPは交渉中断になればよいと私も考えています。

 

参照記事:
ツァイト・オンライン、2016.07.05、「加盟各国の議会はCETAに口をはさんでもいい」 
ZDFホイテ、2016.07.05、「CETA:ハードルは更に高くなった」 


英EU離脱から何も学ばないEU—CETA&TTIP及びグリホサート