徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:吹井賢著、『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』1~2巻(メディアワークス文庫)

2023年02月12日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』の主人公である椥辻霖雨は、
『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S』の外部監察官としてトウヤと珠子の指揮をする椥辻未練のいとこ。椥辻家は警察官の家系で、エリート官僚となった未練は本家の人間で、霖雨は傍系、しかも両親はなく、叔父・石灘漱流の家に居候するR大学准教授。それでも、やはり家系の影響は受けており、警察官にはならずに犯罪を研究する学者になったということのようです。
こちらのシリーズでは未練はもっぱら霖雨のための警察資料の提供者として登場しています。2作にまたがって登場するこのキャラは作者のお気に入りなのでしょうね。

『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』のヒロインは、霖雨のはとこに当たる14歳の不登校児、椥辻姫子。石灘漱流のいとこの娘で、特殊な事情から石灘が引き取ることになり、霖雨と同居することになります。彼女は死者を見ることができるという。

ある日、住人が連続死するという呪いの町屋で自殺者が出て、第一発見者が友人であったために、研究者としての好奇心以上に事件のことが気になっていた霖雨は、「お母さんを助けて」と子どもの例が泣いて訴えているという姫子の話を受けて、自殺ではないかもしれない可能性を調べてみることにします。

2巻では、石灘漱流の知り合いで妻殺しの10年の実刑を受けて出所してきた男性が叔父を訪ねてきたことがきっかけになります。彼は昔から温厚で、とても人殺しをしそうには見えないのと、最初は犯行を否認していたのに、途中から口をつぐみ、最終的に有罪判決を受け入れてしまったことに疑問が残り、姫子が真相を明らかにしたいと言い出します。霖雨は、今更本人も望んでいない真相の解明をしたところで誰のためにもならず、全てが遅すぎると渋りますが、結局、調査に乗り出してしまいます。そして殺人現場へ行って姫子が見たのは殺された妻がひたすら夫との娘に謝罪している姿だった。

このシリーズの1つの魅力は、椥辻霖雨の犯罪社会学の講義内容の一部が描写され、犯罪や逸脱を社会学的にどう捉えられるのかなどの学術的なテーマに程よく触れられることと、加害者・被害者どちらにもそれぞれ事情があるという白黒はっきりしない複雑さがそのまま描かれており、逮捕されて時点で容疑者に対し一方的に非難する風潮の危険性が示唆されているところです。
その複雑な現実に即した世界観が展開される一方で、幽霊が見える少女の犯罪社会学者のコンビがなぜか探偵まがいの調査をするというあり得ないキャラ設定のアンバランスが新鮮で興味深いです。




書評:吹井賢著、『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S』1~4巻(メディアワークス文庫)

2023年02月12日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

吹井賢の作品は今回が初めてなのですが、松岡圭祐の最新作を購入する際に角川の本に仕える25%割引クーポンがあり、こういうクーポンに惹かれて何か買うと貯金ができなくなるとは思いつつ、角川コーナーにあったこの素敵な怪しさの表紙と電撃小説大賞受賞に惹かれて『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S』全4巻と『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』全2巻を大人買いしてしまいました。

『破滅の刑死者 内閣情報調査室「特務捜査」部門CIRO-S』は、内閣情報調査室に極秘裏に設置された「特務捜査」部門、通称CIRO-S(サイロス)で扱う「普通ではない事件」、すなわち異能者がらみの事件の話です。
とはいえ、1巻でヒロイン雙ヶ岡珠子が勤めていたCIRO-Sは本物ではなく、Cファイルという異能者となる可能性のある子どもたちのリスト(と目されている)を取り返すべくとある企業グループが雇った組織でした。
そのCファイルのありかのヒントがあると目されていた暴力団事務所が襲撃に遭い、1人を除いて全員惨殺された。生き残ったのは一人の大学生・戻橋トウヤ。
珠子はトウヤに接触し、情報を得ようとしますが、彼が暴力団事務所から逃亡する際に襲撃者に見られてしまったということが分かると、保護の必要があると見て、上司のところに連れて行きます。
人手不足なのと、トウヤ本人の意思とで、保護ではなく事件解決のために協力することになります。

トウヤは実は異能者で、常に命を賭けていないと生きられないという人格破綻者。軽い口調とは裏腹にかなり頭脳明晰。
珠子は心臓が弱く、病院生活が長かったが、心臓移植を受けて健康になり、どうもドナーの正義感を受け継いでしまったらしく、純粋な正義感の持ち主。その純粋さがトウヤの気に入って、騙されていた彼女を救い出すことになります。
2巻以降は本物のCIRO-Sが登場し、トウヤと珠子の2人を組織に組み込むことにします。直接の上司は、警察庁からの出向だとういう椥辻未練警視。エリート官僚ではある一方、大学生の頃から能力が発現し、CIRO-Sのメンバーとして働いていたという過去の持ち主。かなり味わい深いキャラです。

Cファイルを巡る攻防は3巻で一応の決着を見るのですが、その決戦舞台となった豪華客船から救助されたのは珠子だけで、トウヤは彼女の救助を優先するために自分は船に残ってしまったので死んだものと思われ、4巻では記憶を消されてしまった珠子が自分を取り戻すストーリーになっています。
雰囲気的にこれで完結という感じではなかったので、再会して絆を深めたトウヤと珠子のコンビの今後の物語があるのではないかと思われます。

異能者関係の事件を担当する異能者で構成される警察内の秘密組織という設定はよくあるような気がしますが、エンタメ性は非常に高く、一度読み出したら止まらなくなる面白さがあります。
登場人物は皆どこかしらおかしく、破綻しており、精神的な健常人・常識人があまり出てこないというのも特徴的かもしれません。