『異邦の騎士』は作者の25番目の作品として出版されたそうですが、実はこれこそが処女作だったそうです。『良子の思い出』として書き上げてから数年眠っていた後、忙しいところに書き下ろしの依頼が入ったので、苦し紛れにこの処女作を引っ張り出して少々手を加えて出版にこぎつけたのだそう。今では島田作品の中でも人気の作品らしいですが、愛蔵版出版に当たって全面改定したとあとがきにあります。まあ、10数年前の自分の文章を振り返れば、いろいろと未熟さが目に付くものでしょう。
さて、陽のあたらないビルに囲まれた公園らしきところのベンチで目覚めた主人公が慌てて自分の車を探し、見つけられずに焦っているうちに自分が誰なのか昨日までの記憶がないことに気づくことで始まるストーリーは、サスペンスドラマではありますが、ミステリーとは言い難いような気がします。記憶がなくて途方に暮れているところに良子と出会い、彼女がしつこく付きまとう男から逃げ出すために引っ越したいから手伝えと言われて、手伝って、そのまま彼女との同棲生活を始め、しばらく延々と良子との幸せな生活が綴られます。しかし、彼は自分の過去のことが気にもなるので、電車から見えた「御手洗占星術教室」の看板に導かれて御手洗潔と出会います。それで二人は友人になります。
この作品では、主人公ー仮の名は石川啓介ーの周りに陰謀が張り巡らされており、ついに自分の過去を取り戻したら、ある男を殺さなければならないと思い詰めることになります。途中の良子の不可解な態度ー主人公の免許証にある住所に行くなと言ったり行けと言ったり、急に連日酔っぱらって帰宅するようになったり、他の男性と乱交に走ったりーや主人公の過去が解くべき謎だとすれば、確かにミステリーかもしれませんね。
御手洗の役割はここでは事件後のトリックを解決する探偵ではなく、事件を未然に防ぐ友人です。ネタバレになっちゃいますが、これが御手洗と石岡和己の出会いだったんですね。良子とは切ない結末になってしまう悲恋物語です。