高杉良作品を読むのはこの『小説 日本興業銀行』が初めてです。いつも利用するオンライン書店でお勧めになっていたので、手に取ってみました。産業金融の雄、日本興業銀行が辿った波乱万丈のドラマが描かれた小説です。一応「中山素平」という興銀の頭取・会長を務めた人物を中心に物語が進行しますが、昭和電工事件や造船疑惑、アラビア油田開発や日本造船業界・鉄鋼業界再編などの各事件で様々な傑出した人物が描かれ、その思いや生き様に感心します。
私が一番はらはらした部分は戦後の興銀がGHQによってクローズされるか否か、その紆余曲折が描かれた章です。戦時中に日本政府の軍事政策関連に強制的に融資せざるを得なかった興銀はGHQから『戦犯銀行』と目されており、「即時閉鎖間違いなし」という見方が大半だったにもかかわらず、3年くらい放置されたり、GHQ内の攻防に巻き込まれたり、興銀は思いっきり振り回されていました。何度もGHQに興銀の日本経済にとっての意味や再建計画を説明に上がり、文書を提出するわけなのですが、そのための文書の英訳を〈横に倒す〉と言っていたそうで、面白い表現だなと思いました。
他にも「乃公出でずんば」とか「村夫人然とした」とか「桐ヶ峠を決め込む」などの馴染のない言葉がかなりあって、日本語の勉強になったというか…
小説中に登場する女性たちが皆秘書嬢であったり、誰かの奥様であったりで、お茶くみか夫人としての挨拶する程度にしか活躍しないのは、昭和という時代背景があるにせよ、気に入らない部分ではあります。頭取特命を受けた興銀幹部が「女の子すらつけてくれない」と不満をこぼすシーンがあるのですが、ここの「女の子イコールお茶くみ兼雑用お手伝い」というイメージが現在の日本人のおじさん方の頭の中にまだ根強くあるのだろうなと思えるので、不快感を覚えずにはいられません。そのことが小説としてのクオリティーを落とすわけではありませんけど。むしろリアリティーに富んだ描写だと言えると思います。
ここに登場する人物は、その多くが無私で、日本産業発展のために貢献し、下の者の世話を良くして切り捨てることなど考えない人たちばかりなので、現在の日本の政財界の人たちに詰めの垢を煎じて飲ませたいくらいですね。