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書評:天藤真著、『雲の中の証人』(東京創元社・天藤真推理小説全集15)

2021年05月01日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行


『雲の中の証人』は天藤真推理小説全集の第15巻で、表題作の他、「逢う時は死人」「公平について」「赤い鴉」「私が殺した私」「あたしと真夏とスパイ」「或る殺人」「鉄段」「めだかの還る日」の9編の短編・掌編が収録されています。
「雲の中の証人」では、弁護士事務所へ出向勤務を命じられた探偵社員の「私」が、製薬会社の会計課員がアパートで殺され、保管していた三千万円余りが奪われた半年前の事件を担当する。弁護すべきは、当時被害者の部屋に居候していた倒産寸前の工場主。絶対的に不利な条件下で雲を摑むような証人探しを拝命した私が自腹を切りながらも懸命に調査を進めていく話で、根気よく調べ回った結果、本当に「雲の中の証人」と呼べる人を見つけて真相・真犯人に辿り着くという感動物語でもあるのですが、そういう捜査は本来警察・検察がすべきことではないかと釈然としないものが残ります。

「逢う時は死人」は、弟の自殺の原因となった女を探し出して欲しいと探偵社を訪れた長谷川良子の依頼を探偵社員の大神が社の方針として断るはずだったところを個人的にその依頼を受けてしまうところから始まる物語です。しがない探偵が気の進まない捜査を始めて、結果的に最初は想定していなかった殺人事件を暴露してしまうというパターンは「雲の中の証人」と似ていると言えます。推理小説ではまず殺人事件が起こって、探偵なり警察なりが推理・捜査によって真犯人を突きとめるというパターンが圧倒的に多い中、このように別件で調べていたら殺人事件にぶつかったという逆パターンはおもしろい試みだったのかもしれません。

「公平について」は泥棒常習犯を主人公とした3幕の法廷コントです。「疑わしきは罰せず」の原則の隙を突こうと図々しく画策する泥棒と、「そんなバカな」と思いつつ有罪判決を下せない判事の駆け引きがコミカルです。泥棒常習犯と長い付き合いだという刑事も味わい深いキャラです。

「赤い鴉」は物真似殺人を企てた田舎の農家の三男の物語で、家族に虐げられてあまり才能にも恵まれていない主人公の悲哀が漂っています。嵌められる、騙されるの連続で殺意を抱いても情状酌量の余地がたくさんあるのですが、家族惨殺の準備として、見本となる家族惨殺事件の犯人の無罪判決の決め手となった「一過性精神障害」を目指して酒を飲む練習を始めるあたりが滑稽です。

「私が殺した私」は2人の男が不幸な偶然で崖から一緒に落ちて気が付いたら中身が入れ替わっていた、というマンガの世界でもときどき採用される設定のストーリーです。中身が入れ替わった夫と生活することになるそれぞれの妻たちの反応がなんとも悲喜劇的で興味深いです。

「あたしと真夏とスパイ」は大学の客員講師に熱を上げる女子大生の話なのですが、大学闘争などが盛んであった時代背景から、謎めいた講師は本当にスパイ的なことをしているのかと思いきや実に俗っぽい理由で秘密主義を貫いていた、という拍子抜けするストーリーです。主人公の女子大生の純真さ、一途で怖いもの知らずな無鉄砲さが滑稽にも映ります。

「或る殺人」は裁判官たちが殺人犯として起訴された被告を証拠不十分で無罪判決にする一方で、検察から提出された供述調書から疑わしい人物が浮き彫りになったため、その人物を名指しするという暴挙に出るところから始まる物語です。その名指しされた人物が後に逮捕されて有罪となり、実刑を受けるのですが、実は冤罪だったという話で、捜査のずさんさや判事の行き過ぎなどについていろいろ考えさせられます。ところが、結末が何とも皮肉であり、かつ、「そうだろうな」と残念な説得力を持っていて、読後感が今一つよろしくないですね。

「鉄段」は鉄の階段を舞台とする怪談です。ちょっと怖いですが、口裂け女的な非現実感・都市伝説っぽさがあります。

「めだかの還る日」は、川の平和郷に突然人間が踏み込んできて、石を転がり落としたり、杭を打ち始めたので、川の魚族が大恐慌に陥り、みんなでさらに上流へ脱出するという話なのですが、小さいメダカたちは魚族の連帯意識で多大な犠牲を払って上流に逃げたのは意味がなかったので、結局元の下流域の支流に戻ったという皮肉な結末を迎えます。推理小説とは関係のない寓話なので、ちょっと場違いな感じは否めませんが、話自体は示唆に富んでいて面白いと思いました。連帯意識もほどほどに。


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