『ヒトラーの試写室』(角川文庫)は書下ろし作品で、2017年12月に発行されました。発売直後に買っておいたにもかかわらず、他に読む本がたくさんあり、昨日漸くこれを読むことができました。
さて、この作品にはドイツ語の副題がついていて、「Schnittplatz von Hitler」となっているのですが、これだと「試写室」ではなく、「映像編集室」になってしまいます。作品の重点がプロパガンダ映画の特撮技術にあるので、「試写室」よりも「映像編集室」のほうが内容には合ってるとは思いますが。
タイトルに「ヒトラー」を冠してはいるものの、ご本人の登場はごくごく限られており、ドイツ側の重要人物としては宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスにスポットが当てられています。
小説の主人公は円谷英二の下で特殊撮影助手をしていた柴田彰で、日独合作「新しい土」(ドイツでのタイトルは「侍の娘」)や「ハワイ・マレー海戦」等のプロパガンダ映画や教育映画の特撮に関わります。「ハワイ・マレー海戦」はベルリンに運ばれ、そこで丁度イギリスの権威を失墜させる為に映画「タイタニック」を製作中で、どうしてもクライマックスの沈没シーンが上手く撮影できないことを悩んでいたゲッベルスがこれに目をつけ、彰がドイツに招聘されることになります。
史実に基づくフィクションですが、フェイクニュース、ポストトゥルース、オルタナティブファクトなどが蔓延る昨今、第2次世界大戦中に同盟関係にあった日独に共通のプロパガンダ映画の舞台裏を描写し、その意味を問うこの小説は実に時宜にかなったものと言えるでしょう。
若き柴田彰が最初は技術的なことばかりに夢中になって、自分の仕事の本当の社会的な意味を考えることがなかったところから、その意味を悟り、葛藤し、逡巡し、けれどその時に可能だった正義に叶う行動をとるに至るまでの心理描写も魅力的です。