眠(ねむ)たい目をこすりながら僕(ぼく)は食卓(しょくたく)についた。昨夜(ゆうべ)は一睡(いっすい)もできなかった。
それというのも、少ない小遣(こづか)いを何とかやりくりして貯(た)めた〈へそくり〉が消(き)えてしまったのだ。それを知ったとき、僕は頭の中が真っ白になり何も考えられなくなった。だが、そんなことはしていられない。僕は、何とか気持ちを奮(ふる)い立たせた。夜中に妻(つま)を起こさないように、静(しず)かに家の中を探(さが)してみる。でも見つからない! 僕は最悪(さいあく)のことを考えた。もしかしたら、僕のいない間に妻が見つけて…。
僕は朝食(ちょうしょく)の支度(したく)をしている妻を見つめた。いつもと変わった様子(ようす)はみえない。僕は妻を問(と)い詰(つ)めようと思ったが、思いとどまった。――隠(かく)し場所は、妻に見つからないように何度も変えている。ひょっとしたら他の場所(ばしょ)へ移(うつ)したのを勘違(かんちが)いしているのかもしれない。もしそうだとしたら、これは藪蛇(やぶへび)になる。
わが家の家計(かけい)は完全(かんぜん)に妻が握(にぎ)っている。僕に貯(たくわ)えがあると知ったら、家のローンを口実(こうじつ)に必(かなら)ず小遣い削減(さくげん)に取りかかるだろう。そればかりか、せっかく貯めた〈へそくり〉も根(ね)こそぎ取り上げられてしまう。わが家のパワーバランスからいっても、それをくい止めることなどできない。わが家は女ばかり。娘(むすめ)たちも、妻の味方(みかた)をすることは間違(まちが)いない。
妻が唐突(とうとつ)に僕に言った。「ねえ、お願(ねが)いがあるんだけど…」
お願い? 何だそれは…! 妻は、嬉(うれ)しそうに微笑(ほほえ)みながら僕に近づいて来た。
<つぶやき>さて何が飛び出すのか。これはもうホラーですよ。彼のへそくりの行方(ゆくえ)は?
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