会話(かいわ)が途切(とぎ)れると、陽子(ようこ)と理(さとし)は見つめ合った。そして、唇(くちびる)へ目を落とす。どちらからともなく顔を近づけ、陽子は目を閉じた。その時だ。外で車(くるま)のエンジン音が響(ひび)いてきた。陽子は目を見開(みひら)くと、慌(あわ)てて声を上げた。「パパだわ。帰って来ちゃった!」
両親(りょうしん)のいない間(あいだ)に娘(むすめ)の部屋(へや)へ上がり込んでいるのだ。何もしていなくても、これがまずい状況(じょうきょう)だということは誰(だれ)でも分かる。まして、父親(ちちおや)は娘たちを溺愛(できあい)していた。
陽子は早口(はやくち)にまくしたてた。「逃(に)げて! すぐに出て行かないと――」
「そ、そうだね。それがいいよ、そうしないと。――あっ、靴(くつ)!」
陽子は部屋を飛び出ると階段(かいだん)を駆(か)け下りて玄関(げんかん)へ向(む)かった。理の靴を取り上げたところで玄関の鍵(かぎ)が開く。思わず陽子は靴を後ろに隠(かく)した。玄関の扉(とびら)が開いて入って来たのは…。
「お姉(ねえ)ちゃん、帰って来てたんだ。早かったのね」それは妹(いもうと)だった。妹は、姉(あね)の様子(ようす)がおかしいのにすぐに気がついた。「まさか、お姉ちゃん…。来てるの?」
陽子は心もとなく肯(うなず)いた。妹はニヤリと笑(わら)うと、「大丈夫(だいじょうぶ)よ、私にまかせて。そのかわり、お願(ねが)いがあるんだけど、聞いてくれる?」
妹のお願いには今まで何度も泣(な)かされてきた。でも、背(せ)に腹(はら)はかえられない。交渉(こうしょう)が成立(せいりつ)すると、妹は姉を部屋へ戻(もど)らせて父親を呼(よ)んだ。
「パパ、早く来て。今日買って来た服(ふく)、見てほしいの。どっちが良いか選(えら)んでよ」
妹は玄関に入って来た父親の腕(うで)を取ると、居間(いま)の方へ引っ張(ぱ)って行った。
<つぶやき>間一髪(かんいっぱつ)です。でも今度のお願いはなに? 無理(むり)なことじゃないといいけど。
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