吉行(よしゆき)は婚約者(こんやくしゃ)から問(と)い詰(つ)められていた。だが、吉行には何のことなのか思い当たらない。
「婚約者のあたしにも、言えないことなんですか? ひどい…」
「だから、君(きみ)が何を怒(おこ)っているのか…、僕(ぼく)にも分かるようにはっきり言ってくれないか?」
「そんなこと…。あたしの口からは…、恥(は)ずかしくて言えないわ」
「恥ずかしい? えっ、どういうことかな…」
吉行はしばらく考えていたが、何か思い当たることがあったのか顔色(かおいろ)を変えた。
その様子(ようす)に気づいた婚約者は、「やっぱりあるんですね、手をつけた事実(じじつ)が」
「手をつけるって…。あれは、そういうあれじゃないよ。別に恥ずかしいことでも何でもないから…。たまたま、昼(ひる)のランチを、二人で食べただけで…」
「えっ、そんなことがあったんですか? 初耳(はつみみ)ですわ」
「はっ、その話じゃないのかい?」
婚約者は姿勢(しせい)を正(ただ)すと静(しず)かな口調(くちょう)で言った。「その話、もっと詳(くわ)しくお聞かせくださらない? いったい、誰(だれ)とランチをなさったの?」
「誰って…、もちろん会社(かいしゃ)の同僚(どうりょう)だよ。会社の近くにある店(みせ)なんで、みんな利用(りよう)してて…」
婚約者は吉行の顔をじっと見つめていた。彼は耐(た)えられなくなり、
「後輩(こうはい)の、女性です。でも、ぜんぜん何でもないから。ほんとに偶然(ぐうぜん)なんだよ。たまたま、お店に入ったら彼女がいて…。待ち合わせしたわけじゃないから――」
<つぶやき>彼女が聞きたかった恥ずかしいことってなに? 何に手をつけたのでしょう。
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