月島(つきしま)しずくはカレーを頬張(ほおば)りながら、黙(だま)って見つめ合っている三人を見比(みくら)べていた。ハルとアキ、それに千鶴(ちづる)――。しずくは、食べ終わるとおもむろに口を開いた。
「もう、やめましょ。こういうのは…。私はあなたたち二人の気持ちも知ってるし、千鶴さんの気持ちも分かってる。で、提案(ていあん)なんだけど、私がぶっちゃけちゃっていいかな? その方が、これから楽(たの)しく食事(しょくじ)ができると思うんだ」
ハルがそれに答えて、「私、自分で言います。千鶴おばさん…、おばさんはみんなを裏切(うらぎ)ったんでしょ。どうして、そんなことしたのよ」
千鶴はひと呼吸(こきゅう)つくと、「あの男たちとつながっていたのは事実(じじつ)よ。でも、それはあなたたちを…、この場所(ばしょ)を守(まも)るためだったの。それしか、選択(せんたく)の余地(よち)はなかった。ごめんなさい。でもね、私のしたことで、誰(だれ)も犠牲(ぎせい)になった人はいないのよ。これだけは信じて」
しずくが口を挟(はさ)んだ。「あなたたちの両親(りょうしん)のことを思ったら、裏切りは許(ゆる)せないよね。でもね、千鶴さんのこと、許してあげてほしいの。おばさんには、他に方法(ほうほう)はなかったの」
アキがハルの手を取り言った。「ねえ、許してあげよ。あたしたち、おばさんがいてくれたから、これまで生きてこられたんだから…。そうでしょ?」
ハルは黙(だま)ってうなずいて、「分かったわ…、おばさんは、私たちの大切(たいせつ)な家族(かぞく)だよね」
しずくがほっとして言った。「よかった~ぁ。それと、もうあいつらはここへ来ないから安心(あんしん)して。道が分からないようにしといたから。電話も鳴(な)ることないわ」
<つぶやき>仲直(なかなお)りには、きっかけが必要(ひつよう)なのかもしれません。それを見つけられたら…。
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昔話(むかしばなし)の主人公(しゅじんこう)たちが集まって会議(かいぎ)が開かれていた。なぜか傘地蔵(かさじぞう)たちが議長(ぎちょう)を務(つと)めていたので、会場(かいじょう)は静まり返っている。そこで浦島太郎(うらしまたろう)が口を開いて、
「なあ、そんな暗(くら)い顔すんなよ。大丈夫(だいじょうぶ)だって。子供たちは俺(おれ)らのこと忘(わす)れたりなんか…」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」花咲(はなさ)かじいさんが灰(はい)をまき散(ち)らして言った。
「ちょっと、やめてよ。灰をふらせないで」乙姫(おとひめ)が逃(に)げながら叫(さけ)んだ。
「あのさ…」わらしべ長者(ちょうじゃ)が深刻(しんこく)な顔で言った。「お前たちはいいよなぁ。バンバンCMにでてよ。超有名人(ちょうゆうめいじん)じゃねえかぁ」
金太郎(きんたろう)がなだめるように、「まあまあ、それは…たまたまだよ」
わらしべ長者は皮肉(ひにく)たっぷりに呟(つぶや)いた。「今どきの子供たちが、藁(わら)から長者になれるなんて信じるわけないだろ。世の中もっとシビアなんだよ」
織(お)り姫(ひめ)が呆(あき)れて言った。「そんなこと言わないで。あたしたちが諦(あきら)めでどうするの?」
「そうよ。きっと、子供たちだって分かってくれるわ。私たちのこと…」
「お前…、誰(だれ)だよ? おい、こんなやつ、いたか?」
「わたし、うぐいす姫よ。わたしを知らないなんて…」うぐいす姫は泣(な)き出してしまった。
すかさず桃太郎(ももたろう)が寄(よ)り添(そ)って、「僕(ぼく)と一緒(いっしょ)に鬼ヶ島(おにがしま)に行きませんか? あなたがそばにいてくれたら、きっと頑張(がんば)れると思うんです。君(きみ)を絶対(ぜったい)に有名にしますから――」
<つぶやき>もうめちゃくちゃですね。あなたの知らない主人公が、まだまだいるかも?
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友だちとお茶(ちゃ)をしようと待(ま)ち合わせをした。でも、やって来た友だちの姿(すがた)を見て私は驚(おどろ)いた。彼女、喪服(もふく)を着ているのだ。私は思わず、
「誰(だれ)か、亡(な)くなったの? それなら、連絡(れんらく)くれれば中止(ちゅうし)にしたのに…」
彼女はうつむき加減(かげん)で、「いえ、いいの…。あたしなら大丈夫(だいじょうぶ)よ。チヨちゃんがね…」
彼女は目を潤(うる)ませて言葉(ことば)を詰(つ)まらせた。私は彼女を抱(だ)きよせて言った。
「しっかりしなきゃダメよ。で…、チヨちゃんって…?」
私はハッと思い出した。確(たし)か、彼女から写真(しゃしん)を見せてもらったことがある。それは…、彼女が飼(か)っている猫(ねこ)の名前(なまえ)だ。彼女は息(いき)をついて答えた。
「先週ね、突然(とつぜん)、亡くなっちゃって…。このままじゃいけないと分かってるけど、何だか気が抜(ぬ)けちゃって…」
これはペットロスってやつだわ。私は彼女の腕(うで)を取って言った。
「さあ、行くわよ。私が何とかしてあげるから」
「えっ、どこへ行くの?」
「ペットショップよ。こういうときはね、新しいペットを飼うのが一番なんだって」
「でも、ダメよ。まだチヨちゃんが亡くなったばかりなのに…」
「あなたが病気(びょうき)になったら、チヨちゃんだって浮(う)かばれないでしょ。大丈夫よ、子猫の顔を見たら、いつものあなたに戻(もど)れるはずよ」
<つぶやき>ペットは大切(たいせつ)な家族(かぞく)です。でも、人より寿命(じゅみょう)が短いことは覚悟(かくご)しないとね。
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「ほんとに…、ほんとに僕(ぼく)と付き合ってくれるの?」
彼は、間違(まちが)いなく断(ことわ)られるだろうと思っていたので、彼女の返事(へんじ)に唖然(あぜん)とし、歓喜(かんき)し、大声を上げそうになるのをグッとこらえていた。彼女の方はいたって冷静(れいせい)で、ほとんど事務的(じむてき)な口調(くちょう)でさらに続けた。
「でも、それには条件(じょうけん)があるの。あなたの方から連絡(れんらく)はしてこないで。もし会いたいときは、あたしの方から連絡するから」
「でもそれじゃ…、僕が会いたいときはどうすればいいんだい? 携帯(けいたい)のアドレスとか…」
「あたし、そういうの持ってないのよ。ごめんなさい」
彼は首(くび)をかしげた。今どき、スマホとか持ってないなんて信じられない。彼女はほんとうに僕と付き合う気があるのだろうか? 彼は、やんわりと彼女に訊(き)いた。
「じゃあ、君(きみ)の住所(じゅうしょ)とか…、どこへ行けば会えるのか教えてくれないか?」
「それは…」彼女はしばらく考えて、「あなたも知ってるじゃないの。今まで何度も会ってるし…。これからだっていくらでも会えるはずよ」
「まあ、そうなんだけど…。でも、そういうのって、付き合ってるって言えるのかな?」
彼女は立ち上がると彼に言った。
「ごめんなさい、もう時間がないわ。あたし、そろそろ行かないと。これからのことは、また会ったときに話しましょ」
<つぶやき>彼女の言う付き合うってことは、普通(ふつう)の人のそれと違(ちが)うのかもしれません。
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とある研究所(けんきゅうじょ)でのこと。所員(しょいん)が所長(しょちょう)に苦言(くげん)を呈(てい)していた。
「ほんとうにやるんですか? まだあの実験(じっけん)を行うにはデータが不足(ふそく)しています。考え直(なお)して下さい」
所長は口をとがらせて答えた。「何を言ってるのよ。あたし達が、今どういう状況(じょうきょう)なのか分かってるの? すぐに成果(せいか)を出さないと予算(よさん)が削(けず)られちゃうのよ」
「それは…、分かってます。分かってますけど、ちゃんとデータを集めなければ実験をやっても無意味(むいみ)です。もう少し待ってもらえませんか?」
「待てないの。…もう注文(ちゅうもん)しちゃったし…。だから、今すぐ実験をやるの!」
「しかし…、それは無茶(むちゃ)ですよ。今のままでは、実験が成功(せいこう)するとは思えません」
「別にいいわよ失敗(しっぱい)しても…。その時は、捏造(ねつぞう)でも何でもすればいいじゃない。予算が削られたら…、あたし困(こま)るの。だから、絶対(ぜったい)に成功させなさい!」
「やめて下さい。所長はこの研究所を潰(つぶ)すつもりですか? みんな知ってるんですよ。所長が予算の一部を私用(しよう)に使っているのを――」
「あたしがそんなことするはずないでしょ。バカなこと言わないで」
所長は開(ひら)き直って言い放(はな)った。「…訴(うった)えたかったら訴えなさいよ。そうなれば、あなた達も、今の研究が続けられないようにしてやるから。その覚悟(かくご)があるのかしら?」
<つぶやき>一番ダメなパターンじゃないですか…。こんなことしちゃいけませんからね。
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