ドアを開けると、タバコのにおいがした。やっぱりいた。
ぼくに気づくと手にしていた小さなポーチみたいなものの蓋を開け、タバコの先で内側を何度かつつくようにしてから、中に入れ、蓋をする。灰皿代わりなのだろう。
「珍しいな」
「お互いね」
冬坂家の法事では、大体ぼくらに居場所はない。だから、昔から法事というと、本宅の様子が見える、近くのアパートの屋上にいて時間をつぶしている。
「どこに引っ越した?」
柵に両手を載せて、ぼくを見ないで問う。下宿を引き払ったのはずいぶん前だ。でも仕送りは止まっていない。
ぼくは答えないことにした。多分、それで通じる。たぶん。
良い天気だ。少し、風が冷たい。
「ここにいるのは、ちょうどいいのかもな」
「何が?」
「今日だから」
ぼくより物覚えが良い分だけ、よくわからないことを言う。
「最初にここに来たのは、伊津子さんの一周忌。ここに連れてきたのは、……覚えてるか?」
伊津子さんは兄さんのお母さんだ。ぼくは会ったこともない。顔は写真で見たことがある。名前は知っていても、頭の中でさえ、イツコサンと呼んだこともない。
「ううん」
正直に言うと、ため息が応じた。
「今日はその人の十三回忌だ」
集まる人の都合もあって、祥月命日と日付がちょっと違う日曜日。
兄さんの母方の親戚と、そうでない人が集まっている。
いつもより早く起きた兄さんが、礼服に着替えてから、「実鳥も来るか?」と聞いたので、今日は法事と気づいた。一緒には行かないし、一緒にはいないのだけれど、「行く」と返事してから、ゆっくり起きた。
あそこにいる大多数にとっては、ぼくらはいない方が良い。だからここにいる。
「思い出した方がいいのかな」
七回忌は六年前。三回忌が十年前。その二年前。
記憶がはっきりしない。
「十三回忌って、礼服着たっけ?」
類は振り返ってぼくのいでたちを確認した。どう見ても普段着だ。
「親戚がうるさいんだろ」
ぼくが誰のことを言ったのかわかったんだろう。さっきまでの姿勢に戻って、言う。
「まだ結婚しないのかとか、いい加減まともな仕事に就いたらどうだとか、言われてるんだろうな」
口調に多少の同情が滲んでいる。
「兄さんは、ちゃんと働いてると思うけど」
類は鼻先で笑った。
「連中にしてみたら、大学出てるのに高卒女子並みの給料で、ボーナスも残業代も出ないのはまともな仕事じゃないんだろ」
ええと、それは仕事というより職場の問題な気がする。
「て言うより、冬坂の当主の仕事じゃないんだろうな」
ぼくは類と並んで大きな本宅の屋根を見た。広い家だ。
「ところで、その給料から税金と年金と健康保険と雇用保険を引くとだ。えらいことになる。そう思わないか?」
「計算がわからないんだけど」
高卒女子並みの給料の金額とその基準がまずわからない。
「仕送りはとめてないんだから、自分の食費くらいは出しとけ」
「うん。でも、受け取ってもらえるかどうか、自信ない」
今まで何も言われなかったし。兄さんはどうも、そういうのを嫌っている感じがする。
「本人に直接じゃなくても良いだろ」
「どうやって?」
類は、それは深いため息をついた。何から説明したものか、話しあぐねているようだった。
ぼくに気づくと手にしていた小さなポーチみたいなものの蓋を開け、タバコの先で内側を何度かつつくようにしてから、中に入れ、蓋をする。灰皿代わりなのだろう。
「珍しいな」
「お互いね」
冬坂家の法事では、大体ぼくらに居場所はない。だから、昔から法事というと、本宅の様子が見える、近くのアパートの屋上にいて時間をつぶしている。
「どこに引っ越した?」
柵に両手を載せて、ぼくを見ないで問う。下宿を引き払ったのはずいぶん前だ。でも仕送りは止まっていない。
ぼくは答えないことにした。多分、それで通じる。たぶん。
良い天気だ。少し、風が冷たい。
「ここにいるのは、ちょうどいいのかもな」
「何が?」
「今日だから」
ぼくより物覚えが良い分だけ、よくわからないことを言う。
「最初にここに来たのは、伊津子さんの一周忌。ここに連れてきたのは、……覚えてるか?」
伊津子さんは兄さんのお母さんだ。ぼくは会ったこともない。顔は写真で見たことがある。名前は知っていても、頭の中でさえ、イツコサンと呼んだこともない。
「ううん」
正直に言うと、ため息が応じた。
「今日はその人の十三回忌だ」
集まる人の都合もあって、祥月命日と日付がちょっと違う日曜日。
兄さんの母方の親戚と、そうでない人が集まっている。
いつもより早く起きた兄さんが、礼服に着替えてから、「実鳥も来るか?」と聞いたので、今日は法事と気づいた。一緒には行かないし、一緒にはいないのだけれど、「行く」と返事してから、ゆっくり起きた。
あそこにいる大多数にとっては、ぼくらはいない方が良い。だからここにいる。
「思い出した方がいいのかな」
七回忌は六年前。三回忌が十年前。その二年前。
記憶がはっきりしない。
「十三回忌って、礼服着たっけ?」
類は振り返ってぼくのいでたちを確認した。どう見ても普段着だ。
「親戚がうるさいんだろ」
ぼくが誰のことを言ったのかわかったんだろう。さっきまでの姿勢に戻って、言う。
「まだ結婚しないのかとか、いい加減まともな仕事に就いたらどうだとか、言われてるんだろうな」
口調に多少の同情が滲んでいる。
「兄さんは、ちゃんと働いてると思うけど」
類は鼻先で笑った。
「連中にしてみたら、大学出てるのに高卒女子並みの給料で、ボーナスも残業代も出ないのはまともな仕事じゃないんだろ」
ええと、それは仕事というより職場の問題な気がする。
「て言うより、冬坂の当主の仕事じゃないんだろうな」
ぼくは類と並んで大きな本宅の屋根を見た。広い家だ。
「ところで、その給料から税金と年金と健康保険と雇用保険を引くとだ。えらいことになる。そう思わないか?」
「計算がわからないんだけど」
高卒女子並みの給料の金額とその基準がまずわからない。
「仕送りはとめてないんだから、自分の食費くらいは出しとけ」
「うん。でも、受け取ってもらえるかどうか、自信ない」
今まで何も言われなかったし。兄さんはどうも、そういうのを嫌っている感じがする。
「本人に直接じゃなくても良いだろ」
「どうやって?」
類は、それは深いため息をついた。何から説明したものか、話しあぐねているようだった。
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