旧日本軍が中国の重慶市と四川省全域に行った重慶大爆撃被害者の証言を聞く集会が5日、国会内で開かれ、前日、東京地裁で行われた重慶大爆撃賠償請求訴訟の第29回口頭弁論で証言した原告の蘇良秀さん(83)と、四川大学教授の劉世龍さんが発言しました。
蘇さんは、1941年7月27日に日本軍が四川省成都市に行った爆撃で母や祖母、弟など家族と親戚6人を失い、自身も重傷を負いました。蘇さんは、爆撃で頭や胴体がばらばらになって即死した家族や、腕を千切られたり、頭に大けがをするなど重傷を負った家族の様子、その後の生活などを爆撃で負ったやけどの痕を見せながら生なましく語りました。
「この悲惨な出来事を正面から受け止めてもらいたい。この問題にきちんと応えることが日本と中国の友好につながる。裁判所には公正な判断をお願いしたい」と訴えました。
劉教授は、当時の成都が軍の駐留や軍事施設等がない政治・経済・文化の中心都市であり、商業地や一般住民の居住地、学校や病院、宗教施設が破壊された無差別爆撃だったと指摘。「戦争は一般市民にとって被害をもたらすものでしかない。再びこのような過ちを繰り返さないために、戦争に反対し、平和を守っていくということを広く広めていかなくてはならない」と語りました