〈第三項〉論で読む近代小説  ◆田中実の文学講座◆

近代小説の読みに革命を起こす〈第三項〉論とは?
あなたの世界像が壊れます!

黒瀨先生の質問と私の応答

2022-07-23 06:26:58 | 日記
7月18日付けの記事に対して、コメント欄に黒瀨先生から以下のような
興味深い質問を頂きました。
これを広く皆さんと共有したく、私の応答と併せてここに再掲致します。

「心象」という言葉をめぐって (黒瀬 貴広)
2022-07-21 20:52:40
私の拙い文章を位置づけていただき,感謝申し上げます。

私も,田中先生の『注文の多い料理店』論を再読いたしました。
そのうえで,お聞きしたいのは,田中先生は「心象」(あるいは心象スケッチ)
という言葉をどのように捉えているのか,ということです。
広告ちらしの「たしかにこの通りその時心象の中に現はれたものである」という言葉を
字義通り受け止めれば,これをリアリズムの文脈で引き受けることも可能です。
しかし,『注文の多い料理店』は,まさにこのリアリズムの枠組みを壊すように
〈語り手〉が語っていることを読むところに確信があると考えます。
この「心象」という言葉は何を指すのか,お聞きしたいです。
なお,この質問は「春と修羅」の「序」をどのように考えるか,
ということと密接に結びついていると考えています。

「わたくしといふ現象」をめぐる賢治の闘いに関しも,お話をお聞きできれば幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


黒瀨君へ、「心象」とは (田中実)
2022-07-22 06:49:27
黒瀨君、コメントありがとう。

主観的現実の外部に客観的現実の真実があるというリアリズムは一種の観念、
イデオロギーの産物です。近代社会はこれを信じて来ました。その典型が「唯物史観」です。

賢治はそうではなくて、賢治の「心象」とはまさしく自身の知覚応じて現れた
外界の出来事を主体の表れと認識し、これが大宇宙に通底していることを確信しています。
それではそれはリアリズムとどう違うのでしょうか。
それをよく教えてくれるのが、大森荘蔵の言う「真実の百面相」の理論です。

人類は人類の持つ媒体(言語)で世界を捉えます。
メダカはメダカの媒体で世界を捉え、捉えられる客体の対象は全て人間なら人間の、
メダカならメダカの主体によって捉えられた客体の現象であり、
それは客体そのもの、外界そのものではありません。
客体及び外界そのものは永遠に主体には捉えられない、
主体と客体の二項では捉えられない、その外部の〈第三項〉なのです。
このからくりが賢治には捉えられています。

その意味で、その人の主体にとってはその人に現れた客体のその出来事しか
客体は存在しないのです。
賢治はこう捉えて、「心象」をスケッチします。
すると、それが賢治にとっての宇宙全体ですね。
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