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帰れない山

2024-11-14 17:15:00 | 映画

山登りは嫌いなのでやらない。正直に言うと眠れないヒトには山登りは無理だ。山小屋で一睡も出来なかった学生時代に自覚した。
くやしいとも思わない。

  
山に登るひとは思索家で哲学的な人なのかと勝手に思い、異人種であると固定観念をもって警戒して接してきた。
数年前それは間違っていると確信した。私の周りの山男や山女は、無神経でデリカシーに欠け、機微など持ち合わせていないのが多いからだ。勿論、そういうレッテル張りは間違っていることは分かっている。
山をやる方々はどうして山で眠ることが出来るのだろうか。軍人みたいだ。ある意味羨ましい。 

  
「帰れない山」
感動的な作品だ。最後まで圧倒させて観させてくれた。
山と対峙し己と向き合うさま、言葉では表せない二人の友情と魂の交流に胸打たれる。
映像も美しく山岳描写には力を入れている。





原作を読んでいないものの、何故か中盤ころ、展開の方向やラストシーンを予感してしまった。

トリノで育った11歳の少年ピエトロは両親とアルプスの渓谷のグラーナ村で休暇を過ごす。父親はトリノでの仕事の疲れを癒しに休暇になれば山登りをする。
その夏ピエトロは、同い年で牛飼いのブルーノと出会い、同じ時間を過ごし固い友情を育んでいく。




父親のジョバンニと3人で氷河を見に山を登る。ピエトロには高山病になる強烈な体験だった。ブルーノはジョバンニの期待に応えていた。

ジョバンニはブルーノを教育面でサポートするつもりでいたが、ブルーノは出稼ぎに出ていた父親に呼び寄せられて村を離れてしまう。

ピエトロは思春期に父親に反抗的になり、その頃から家族や村に距離を置くようになる。父親の登山にも同行することもなくなり、ブルーノとは稀に顔を合わせる程度の関係になっていた。

15年後、ジョバンニの訃報を受けピエトロは村を訪れる。
ブルーノと久々の再会を果たす。




ブルーノは、ジョバンニが生前切望していた山荘を建てるのだと、ピエトロに協力を求める。二人だけで山荘を完成。二人は友情を再確認する。

ブルーノは叔父が諦めた牧場を再建して酪農を始める。ピエトロの友人だったラーラと結婚、子どもももうけ幸福な時間を過ごす。
 
一方、ピエトロは都会暮らしを辞めて放浪の旅に出る。旅先のネパールでヒマラヤ地方の「山の民」の暮らしに感銘を受け、作家として出発する。現地で知り合った教師のアズミと親交を深める。




ブルーノの牧場は次第に経済的に追い詰められていく。経理をしているラーラは限界だと感じている。やがて経営破綻が決定的になり、ラーラは子どもと一緒にブルーノのもとを去る。
ブルーノは牧場を失い、一人山荘で暮らすことにする。時折ピエトロが訪ねてくる。
ピエトロはブルーノに他の仕事を勧めるが彼は取り合わない。

こんな流れだ。





ピエトロとブルーノの間には嫉妬とか競争意識など存在せず、互いに相手の人格、価値観を尊重している。離れていても深い絆で結ばれている。

まさか「ブロークバック マウンテン」のような作品ではないだろうな、とよぎったが、二人には性的な関係はない。 


双方いつも心のなかに存在している共有するハートがある。  
ある意味とても羨ましい。相手が同性でも異性でも。永遠性と揺るぎない信頼というものは、誰もが得られるものではない。

ピエトロとブルーノは共に正直で器用さはない。父親のジョバンニが最も器用だったのかもしれない。三人とも山に魅せられた男。

彷徨っているというか挑戦しながら生き方を探し続けているピエトロ。
山に執着して離れられない、世俗から離れて山に消えていくブルーノ。 
ジョバンニは大都市での仕事に疲弊するも、山登りで癒すという、バランスを保った生活をしていた。
おそらく退職後は山荘を建てて山で暮らすプランを持っていたのだ。それは魅力的だ。
ブルーノに話をしていたのだろう。

劇中流れる曲もいい。    


171回芥川賞作「バリ山行」を思い出した。なかなかリアルな作品で力のある作家だなと感心。山に魅せられ社会性を失った男.妻鹿と、山と仕事とのバランスをとって生きて行く主人公.波田。「本物の危機は山じゃない街だ、生活だ」と波田は妻鹿に訴える。
やはり人生観、生き方を表現していた。





原作 パオロ・コニェッティ2017年
第75回カンヌ国際映画祭で審査員賞受賞
監督 フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンシャルロッテ・ファンデルメールシュ
 
キャスト
ピエトロ ルカ・マリネッリ 
ブルーノ アレッサンドロ・ボルギ 
ジョバンニ フィリッポティーミ