MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2752 死ぬまでに使い切るのは案外難しい

2025年02月23日 | 社会・経済

 「資産運用立国」の実現を掲げ、政府は少額投資非課税制度(NISA)や個人型確定拠出年金(iDeco)の拠出限度額の拡充などを進めていますが、ただただ(言われたとおり)貯め込んでいても、何かの形で使われなければ意味がありません。老後や自分の死後に、自分が稼ぎ出した財産を(あなたは)どのようにしたいと考えているのか。「全部使い切りたい」と考えている人もいれば、「子供の将来のために少しでも多く残したい」と考えている人もいるでしょう。

 金融広報中央委員会が行った「家計の金融行動に関する世論調査(令和5年)」によると、「あなたのご家庭では、将来、遺産(不動産などの実物資産を含む)をどのようにしたいと思いますか?」という問に対し、①「自分たちの老後の世話をしてくれるかどうかや、家業を継いでくれるかどうか等にかかわらず、子どもに財産を残してやりたい」と考える人が30.6%と最も多く、次いで②「子どもはいるが、自分たちの人生を楽しみたいので、財産を使い切りたい」が18.2%。③「財産を残す子どもがいないうえ、自分たちの人生を楽しみたいので、財産を使い切りたい」が13.8%、④「自分たちの老後の世話をしてくれるならば、子どもに財産を残してやりたい」が13.0%という結果だったということです。

  多くの日本人に、親の責任として少しでも子供を楽にさせたいという思いがあるのは分からないではありません。自分自身が親から家屋敷や事業などを引き継いでいたらなおさらのこと。また、そう考える親の多いこの日本では、親の財産を引き継ぐのは子供にとっても「当たり前」の感覚で、もしも親が死んだときに無一文であることがわかったら、「親ガチャにハズレた」と悔しく感じるかもしれません。

 一方、海外では、財産を子に残さないことが最善だと考えている大物実業家や億万長者もそれなりに多いようです。例えば、故スティーブ・ジョブズ氏の未亡人であるローレン・パウエル・ジョブズ氏は、2020年の『ニューヨーク・タイムズ』のインタビューの中で、夫のから相続した240億ドル(約3.8兆円)の資産を子供たちに1ドルも譲り渡すつもりがないと明かしています。子供には子供の人生がある。親が面倒を見るのは成人するまでで、独り立ちした後は個人の能力で道を切り開いていくべきだということなのでしょう。

 ともあれ、稼いだお金も生前に上手く使い切らなければ(当然)残ってしまう。そして残れば残るだけ、当てにされるのは仕方のないことなのかもしれません。昨年8月7日の朝日新聞(デジタル)に、同紙編集委員の森下香枝氏が『高齢者の3割超「財産使い切りたい」 でも現実は蓄財』と題する論考を寄せているので、参考までに概要を残しておきたいと思います。

 内閣府が7月に発表した経済財政白書は、日本の高齢者の3分の1が、生きているうちに「財産を使い切りたい」と思っているのに、実際にはあまり取り崩されず保有資産がますます高齢者に偏っている…という現実を浮き彫りにしていると、森下氏はこの論考の冒頭に記しています。

 白書によると、高齢者の遺産に関する考え方についての調査(2023年)で最も多かったのは、「使い切りたい」という回答で、その割合は34%だった由。次いで「老後の世話の有無にかかわらず、財産を残したい」が31%、「老後の世話を条件に財産を残す」が15%、「社会、公共の役に立つようにしたい(遺贈)」は3%だったとされています。

 しかしその一方で、老後に備えてため込まれた金融資産が、実は80歳を過ぎてもあまり取り崩されていない現状もあると森下氏はこの論考で指摘しています。年齢別にみた世帯あたりの金融資産の平均額は50代までは年齢が上がるごとに増え、(退職金の出る)60~64歳でピークの1838万円に達する。以降、60代後半からは減少に転じるものの「取り崩し」のペースは緩やかで、85歳を過ぎても1500万円超の金融資産を保有し減少率は1割半にとどまっているということです。

 家のローンも終わり子供も一人前になれば、年間の生活費など知れたもの。65歳を過ぎれば年金も出るし、贅沢をしなければ何とかやりくりできるということなのでしょう。また、日本の高齢者は働き者。その労働参加率は65~74歳で男性51.8%、女性33.1%に及び、75 歳以上でも男性16.9%、女性7.3%が働いているなど、生涯現役で通す高齢者も多いようです。

 ともあれ、そうした諸々の背景の下、高齢世帯に金融資産が「滞留」している姿がデータからも浮かび上がると氏は話しています。前述の「経済財政白書」では、日本の総務省調査と米国のFRBの調査を比較考察しているとのこと。年代ごとの金融資産の保有割合をみると、日米いずれも現役世代(40歳未満及び40~54歳)が保有する割合は(全体の)3割弱に過ぎず、55歳以上の高年齢の層が金融資産全体の7割以上を保有しているということです。

 一方、70歳以上が保有する割合は、米国の約3割に対し、日本は約4割と大きく上回っていると氏は言います。因みに、これら資産の構成比の違いを見ると、日本人が持つ資産の約7割が「預金」であるのに対し、米国は預金が1~2割、株など有価証券が3~5割と、日本の「リスク回避」の傾向が際立っているということです。

 さて、こうして貯め込まれた資産はその後どうなるのか。白書によると、被相続人(遺産を残す側)の7割超が80歳以上(2019年時点)なのに対し、相続人(遺産を受け取る側)も60歳以上が5割超(22年時点)となっている由。「老老相続」で、財産が(お金を必要としている若い世代には渡らず)丸々引き継がれている実態が明らかになったと氏は指摘しています。

 「老後のために…」と蓄えられた金融資産が、結局、使われないままに(通帳上の数字として)高齢者から高齢者に引き継がれていく状況をどう見るのか。「資産運用立国」の掛け声は勇ましくとも、それが有効に使われ、豊かな国民生活に繋がっていかなければ何の意味もありません。

 氏によれば、白書は、「資産移転が高齢者間にとどまり、子育てへのニーズが高い若年世代への移転が進まない課題がある」と指摘。資産が有効に使われるために①経済成長に対する期待を引き上げる、②教育資金の一括贈与にかかる非課税措置などで資産移転を後押しする、③長生きリスクに対して公的年金制度の持続可能性を確保する、④「貯蓄から投資」の流れを進め、若年期から収益性の高い資産形成を促す、という対策を挙げているとのことです。

 自分がいつ死ぬかは自分にもわからないのだから、そう簡単に資産を使い切るわけにはいかないと考える高齢者の不安はわかります。しかし、(私自身を振り返っても)あの時にもっと余裕があれば「こんなこと」や「あんなこと」もできたのに…と思うことがないワケでもありません。

 「若いうちは苦労するもの」「イマ時の若いものは」…というのは(いつの時代も)年寄りが口にする言葉ですが、そういう時にこそ力を貸してあげたいもの。若いうちにしかできないことが確かにあることを、時には思い出してほしいものだと改めて感じた次第です。