MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯451 軽減税率の何が問題なのか

2015年12月19日 | 社会・経済


 12月16日、与党自民党税制調査会の総会において、2016年度の「税制改正大綱」が了承されました。

 注目されていた、2017年4月の消費税率の10%への引き上げ時における軽減税率の導入問題に関して「大綱」は、酒類、外食を除く飲食料品のほか、新聞を定期購読する場合の税率を8%に据え置くこととしています。

 軽減の対象となる具体的な品目としては、「食品表示法に規定する酒類以外の食品」と明記されており、食品衛生法上の飲食店営業を行う事業者が場所や設備を提供する「外食サービス」は除外されることとなりました。また、定期購読契約を結んだ「政治、経済、社会、文化などに関する一般社会的事実を掲載する週2回以上発行する新聞」も、今回新たに軽減税率の対象とすることとしています。

 このような形で、まずは実現の運びとなった軽減税率の導入問題ですが、12月16日のニューズウィーク誌(日本版)には、財政再建派の論客として知られる慶應義塾大学准教授の小幡 績(おばた・せき)氏による、「軽減税率の何が問題か?」と題する政府与党への辛口の論評が掲載されています。

 「軽減税率の一体何が問題なのか?」この問いに対し小幡氏は、「誰も得をしない、全ての人が損をする良くない制度だ」と明快に答え、その理由を大きく3つ挙げています。

 氏が指摘する第一の理由は、この軽減税率が「景気を悪くする」ところにあるということです。

 そもそも、今回の消費税率の2%引き上げで政府は5.6兆円の歳入増を見込んでいたわけで、食料品等の税率を据え置くことで約1兆円の歳入減となる。つまり、食料品等に対して1兆円の恒久減税を行うのと同じことなのですが、ここでの問題は、せっかく1兆円もの減税を行うにもかかわらず、その経済効果が極めて低い点にあると小幡氏は考えています。

 なぜなら食料品は必需品であり、必需品への減税を行っても消費が大きく増えることは見込めない。つまり、必需品へ減税しても消費は拡大しないため景気には影響しないということです。

 氏は、低所得者にとっての食料品というのは、価格弾力性の低い最も増減の余地がないものだとしています。だからこそ軽減が必要とされるわけですが、こと景気に関して言うならば、最も減税効果が小さく経済政策としては最悪だということです。

 一方、食料品は高所得者も消費します。しかし、(例えばキャビアや牛肉などで)お金持ちの食料消費が増えたとしてもそれは彼らに減税の恩恵が集中するということであり、そもそもの政策の意図から見れば反対の結果を招くとしています。

 次に、小幡氏が指摘する第2の理由は、今回の対応では「低所得者が最も損をする」ことになるということです。

 例えば、年収200万円の層では軽減税率による減税の恩恵は年間約9000円。これが、年収1500万円の層では約2万円の効果があるということです。氏はこれを、低所得者に毎年9000円をばらまき、年収1500万円の人々には、毎年2万円ばらまき続けるのと同じことだと説明しています。

 低所得者対策ということであれば、低所得者だけに毎年10万円給付を続けた方がはるかに効果的で、しかも1兆円よりも少ない財源で十分実現できると小幡氏は述べています。

 さて、どの層にも利益をもたらさず、自民党の支持層である中小企業でさえもが反対しているこの軽減税率に、政府はなぜこれほどまでに固執しているのか?

 その答えは「痛税感を和らげる」という一点に尽きると、小幡氏はこの論評で指摘しています。

 消費税率の引き上げに当たり痛税感から反対が出るのは当然のことで、食料品の値上げは、(内税方式となればなおのこと)日常的な負担増として庶民の財布に堪えます。 だからこそ、20%までの消費税率の引き上げを見込んで、政府には国民の気持ちを和らげる何かの縁(よすが)が必要だったのではないかと小幡氏は考えています。

 そうした中、食料品など必需品への軽減税率の適用は、もっとも安易に人々に呈示できる低所得者対策だと小幡氏は説明します。

 氏によれば、低所得者対策が良いのはそれに他の人々、低所得者でない人々も同意しやすいからだということです。しかも軽減税率の恩恵は、低所得者だけでなく全ての消費者、つまり全ての有権者に及ぶことになります。

 政治家の中には、消費税率引き上げに対してしぶしぶ賛成な人も、強く反対な人もいることでしょう。しかし、選挙活動に地元に戻ったとき、「社会保障のために必要なんです。みなさんの痛みは分かっています。ですから、できる限りのことをということで、食料品に関しては軽減税率を導入しました。頑張りました…」と、説明できればそれに越したことはありません。

 なので軽減税率の採用は、「次の選挙」だけを考えれば政治的に合理的な戦略であると小幡氏は説明します。しかし、問題はその先にある。そしてその問題こそが、氏が軽減税率を「良くない制度」とする第3の理由ということになります。
 
 将来的に急激な人口減少が見込まれる中で軽減税率を導入すれば、(景気にはマイナスだから)税収はさらに伸びなくなる。一方で高齢化が進み、社会保障費の増大などから税収が足りなくなればいよいよ日本の株価も下がり、結果的に国債、国内債券市場は金利上昇の展開になる。

 つまり、軽減税率から始まる税収減と、おそらくは(消費税)増税のスパイラルが発生する可能性が高いと小幡氏は考えています。

 氏は、その際一旦軽減税率が入ってしまうと、安易にこれを再度利用することになるのは火を見るより明らかだとしています。8%の据え置きは織り込み済みで、消費税率アップに対するさらなる痛税感緩和策として8%を6%へ、その次は0%へ引き下げることも検討されるのではいかと氏は言います。

 さらに言えば、消費税が上げられないという状況は、経済に大きなダメージを与えることに繋がると小幡氏はここで指摘しています。

 現在、日本の政府債務残高は1000兆円を超えGDPの2倍以上と、世界的に見ても前例がないような大変厳しい状況にあります。一方でそうした中でも(何とか)国債市場が守られてきた背景には、日本の消費税率がまだ低く、これを上げる余地が大きいからであることは広く知られています。

 従って、軽減税率の導入によって消費税率自体が上がるようなことがあれば、その増収効果は削減され、日本の国債市場も静かな危機を迎えることになるというのがこの問題に対する小幡氏の見解です。

 さて、この論評における小幡氏の想定には、ある意味極端な部分はあるかも知れません。しかし、そうした可能性が論理的に否定できない以上、今後の消費税の運用に当たっては、軽減税率の在り方について十分な注意が払われる必要があるでしょう。

 日本経済の安定的な発展にとって今回の軽減税率の導入が大きなリスクをもたらすものであり、政治は十分な議論を行い国民の理解の下で慎重な判断をしていく必要があると考える小幡氏の指摘を、氏の論評から私も改めて興味深く読んだところです。



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