MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

#2115 ウクライナ危機を招いたのは誰か

2022年03月21日 | 国際・政治


 楊海英(ヤン・ハイイン)氏は、中国の北京で教育を受けた内モンゴル出身の文化人類学者です。モンゴル、ロシア連邦をはじめ近年ではカザフスタン共和国、ウズベキスタン共和国などで調査を行い、2006年から静岡大学人文学部の教授を務めています。

 また、その後は自から中国の内モンゴル自治区出身者らで作る「世界モンゴル人連盟」を設立し、理事長に就任。中国政府の少数民族に対する迫害政策に対する抗議活動などに積極的に携わっています。

 3月16日の総合ニュースサイト「Newsweek日本版」では、そんな楊氏がこれまでの(東西分断の)現代史の流れを紐解き、「ウクライナ戦争は欧米と日本の反ロ親中思想が招いた」と題する一つの論考を寄せています。

 ロシアがこのほど隣国ウクライナに侵攻したのは、欧米や日本などの西側諸国が冷戦崩壊後に犯した戦略的ミスの結果と言える。その致命的な判断ミスは大きく二つあったと、氏はこの論考に記しています。

 その第1は、ロシアをソ連と同様、少なくともソ連の継承国家として敵視し続けたことだと氏は言います。

 第2次大戦後、世界は自由主義と社会主義の二大陣営に分かれ、互いをライバルだと認識した。アメリカとその同盟国は、ソ連をリーダーとする社会主義圏と対峙して核兵器など軍事開発を競ったということです。

 しかし、(核の威力があまりに大きかったこともあって)東西両すくみの結果大戦争には発展せず、イデオロギー的論争を通じて相手を教化せんとした時代だったと、氏は冷戦下の状況を振り返っています。

 一方で、東側諸国では軍事面での強大化と思想的抑圧が社会の停滞をもたらし、社会主義計画経済の行き詰まりを改善できなかった。盟主であるソビエト連邦は崩壊し、解体されたソ連の構成国家の一部を欧米はNATOに迎え入れて拡大したものの、最大の中核国家であるロシアを排除したというのが氏の認識です。

 ロシアからすれば、単に「鉄のカーテン」の外から蚊帳の外に追い出されただけでなく、社会主義思想を捨てても敵視されていると感じざるを得なかった。現にプーチン大統領は(就任当初)ロシアもNATOに加盟する用意があると発言していたが、民主主義陣営は冷笑に付すだけで歓迎しなかったということです。

 敵視された以上、「ロシアを守れるのはロシア人自身と武器のみ」との方向に進むのはしかたのないこと。奪われた「領土」と「国民」を取り戻すのは当然だと思考するプーチンは2014年にクリミア半島を併合し、兄弟民族たるウクライナの「裏切り」を阻止すべく打って出たのが今回の侵攻だというのが氏の指摘するところです。

 第2に、ロシアとは逆に西側諸国が「中国に甘い政策」を採ったのは、もっと致命的な失敗だったと氏はしています。

 1991年以降、無血革命の形で平和裏に各共和国の独立を許したソ連とは対照的に、中国は民主化を求める市民と学生を武力で鎮圧し、反人道的異様さを世界に示した。多くの命が奪われたにもかかわらず、広大な市場に魅了された欧米諸国や日本は、自由と人権という偽善者のマスクまで捨てたというのが氏の見解です。

 天安門事件後、ブッシュ米大統領は両手が人民の血で染まった鄧小平に制裁を科さない旨の書簡を送り、日本は天皇(現上皇)を訪中させ、形ばかりだった制裁ですら率先して解除したということです。

 その見返りとして、欧米ではパンダハガー(親中派)が政治と経済の主導権を握り、中国とのビジネスを推進して利益を貪った。日本は「日中友好」を宗教のように盲信し、経済支援や協力を続けたと氏はこの論考に綴っています。

 一方、欧米や日本の先端技術を窃取して強大化した中国は現在、南シナ海に要塞を建設し、日本の尖閣諸島には毎日のように公船を乗り入れる覇権主義的示威行動を行っている。民主主義や自由主義を容認しない中国との深刻な対立関係が生まれた背景には、欧米諸国や日本のこうした戦略上の誤りがあったということです。

 欧米と日本がロシアのみを危険視し、中国の放縦を許している背景には深刻な人種差別論も隠されているのではないかと、氏は自身の活動も踏まえて指摘しています。

 その差別は、(西側への脅威としての)「スラブ民族の蔑視」と「中華民族美化論」とでも言うべきもの。もっとも、習近平国家主席がひたすら標榜しているような「中華」という民族はかつて存在しなかったし、将来も形成されることはないというのが氏の認識です。

 ロシアによるウクライナ侵攻の出口はまだ見えない。口先だけの非難に終始する欧米諸国と日本による融和政策が続けば、次は台湾が中国の標的になるのは火を見るよりも明らかだと氏はこの論考で懸念を表しています。

 「台湾解放」という大義名分を(驚くことに)中国に暮らす14億もの「人民」が支持しているし、ウォール街と東京のブルジョアジーが民主主義や平和よりも「金儲け」を優先してきた(そして今も優先している)ことを中国はよく判っていると氏はしています。

 台湾が陥落すれば、(おそらく)「琉球」も祖国に「朝貢」してくるし、「倭寇の巣窟」日本も投降せざるを得ない。今、北京はモスクワ以上に、こうした壮大な戦略を練っているに違いないということです。

 欧米を中心とした世界秩序に対し、経済力、そして武力による現状変更を試みようとしている中国の指導者たち。かの国が欧米諸国を甘く見ている背景には、市場としての価値を背景とした戦略上の過ちがあったということでしょうか。

 いずれにしても、これだけ世界が大きく揺れているにもかかわらず、現在の中国国内からは、武力行使に踏み切ったロシアを非難する声は(まったくと言ってよいほど)聞こえてこないのが現実です。

 それは、取りも直さず、(中国人民の人権意識の欠如ばかりでなく)ウクライナに侵攻したロシアの行方と、失敗すれば後がないプーチンの姿を、中国の14億人が今(自分事として)冷静な眼差しで見つめていることの証左なのかもしれません。

 いずれにしても、今回のロシアによるウクライナ侵攻に対する西側自由主義諸国の対応は、今後の中国の世界戦略上の態度に大きな影響を与えることになるのだろうなと、氏の論考から私も改めて感じたところです。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿