MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1756 豚が肉屋を支持するにも理由がある①

2020年11月09日 | 国際・政治


 ネット社会の中で語り継がれているスラングに「肉屋を支持する豚」というものがあるそうです。

 精肉店や養豚業者は最終的にすることを目的としているのに、考える能力の無い豚は(飼料や畜舎を提供し当面の生活を保障してくれるものだから)結果を想像出来ずに彼らを支持してしまう。

 もともとは、アニメやマンガの規制を推進する自民党を支持するアニメオタクを指す言葉だったようですが、転じて、結果として自分の利益にならないことが理解できずに扇動に乗ってしまい、声の大きい強い側につく反知性主義、ポピュリズムを揶揄する際に用いられるようになったということです。

 さて、全世界が注目する米国の大統領選挙は、投票も終わりバイデン候補の勝利が明らかになりつつあります。

 先端的な産業の集積が進む東部、西部の州を中心にバイデン氏は優勢に選挙戦を戦ってきましたが、それにしても、ヒスパニックや黒人が多い南部や、手厚い社会保障が必要とされるはずのラストベルトの各州などでトランプ氏の人気が特に高かったのは一体何故なのか。

 日本人の多くが不思議に思うこの率直な疑問に対し、11月6日の総合情報サイトJB pressに、在米ジャーナリストの岩田太郎氏が「経済が最大の関心事なのにバイデンを選ぶ不思議」と題する興味深い論考を寄せています。

 氏はこの論考で、「4年ごとに行われる米国の大統領選挙では、(しばしば)解釈に苦しむ現象が見られることがある。それは、いわゆる「肉屋を支持する豚」の現象だ」と話しています。

 本来ならば自分たちにとって不都合な、対立的な思想を持っている候補者が、応援されたり支持されるたりするという奇妙な現状が起こっている。例えば、2016年にトランプ共和党候補が当選した際には、「ラストベルト」と呼ばれる製造業の衰退した中西部諸州で、没落した白人中間層のトランプ氏に対する支持があったということです。

 トランプ候補は彼らの必要とする医療保険の「オバマケア」を取り上げ、福祉を縮小すると公言した。加えて、製造業の工場を米国に戻すという約束も空虚なのに、彼らはなぜトランプに投票したのか。

 岩田氏は、この問題の核心は(実のところ)「なぜ社会的な弱者が、弱者に優しい民主党のヒラリー・クリントン候補に投票しなかったのか」という点にあったと説明しています。

 そこで指摘される仮説は、グローバル化を推進して労働者の生活を破壊し、労働者階級を裏切って経済格差を拡大させたエリート知識層への、トランプを使った(彼らなりの)逆襲だったというもの。

 グローバルの影響などで職を失い傷ついた中間層が、自らの「階級敵」とみなすヒラリー候補などグローバルエリートたちの権力を削ぐためなら、核心的な利益であるはずのセーフティーネットをトランプ氏に奪われても気にしなかったというのが岩田氏の指摘するところです。

 トランプ大統領は選挙戦で、格差の増大や中間層の疲弊を「経済のグローバル化」の概念のみを使って説明した。米国経済(つまり「あなたたちの生活」)を破壊したのはグローバル化にほかならず、自らのグローバル化退治で米経済を再びよみがえらせるというメッセージを発して支持を集めたと氏は言います。

 すでにグローバル化が経済格差を拡大させるという欺瞞のからくりに気付いていた多くの労働者たちは、トランプ氏の(こうした)論理が正鵠を射ていると感じ、自分たちの主張をわかりやすく言語化してくれたトランプ氏の熱烈な支持者になったということです。

 さて、思い返せばトランプ自身、長者番付に名前を載せる大富豪として知られ、その生い立ちや生活ぶりなども決して貧者の味方などではありません。

 それでも、黒人を含む多くの労働者階級の人々たちによってトランプ氏が熱狂的に迎えられるのは、彼が常に「悪者」を名指しし(陰謀論と言われようが何と言われようが)「私は戦う」と大衆に理解できる言葉で話しているから。

 自分たちを虐げておいて利益を上げるエリート(=リベラル)への彼らの反感は、(おそらく)私たち日本人の想像以上に強く、リベラルが口にする四の五のいった理屈ではなく、感情も露にリベラルを非難するトランプ氏にその思いを託したということでしょう。

 「肉屋を支持する豚」は、多少痛い目に合ったとしても(自分たちを追いやった)そうした奴らだけは許せない。彼らの想いに孕む矛盾を見るにつけ、米国市民の分断の溝の深さを改めて感じるところです。



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