MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1158 トランプ氏の行動原理

2018年09月06日 | 国際・政治


 米トランプ政権は8月23日、中国の知的財産権侵害への対抗措置として制裁関税の第二弾を発動すると発表しました。新たに年160億ドル(約1兆7600億円)相当の中国製品に25%の追加関税を課し、第一弾の措置と合わせた制裁規模は500億ドルにも相当します。

 一方の中国も既に同規模の報復関税を実施する方針を示しており、米中の「貿易戦争」の行方はとどまるところを知りません。

 米国の関係筋によれば、さらに中国からの輸入品2000億ドル相当に25%の追加関税を課す第三弾も準備しているとされ、経済合理性に逆行した高関税の応酬はエスカレートするばかりです。

 争いの性格も、これまでの単なる「通商摩擦」にとどまらず、米・中のパワーシフト(大国の重心移動)に伴う「中国抑止」へと変化しつつあるのではないかと懸念されています。北朝鮮や台湾の問題なども巻き込んで、状況は既に(地政学的な観点から)長期化の様相を呈しているとも言えるでしょう。

 勿論こうした事態が長期化すれば、自由貿易体制が委縮するばかりか、第二次大戦の引き金になった世界経済のブロック化が再燃する危険も拡大することでしょう。

 そうしたことは意に留めず、まるで子供の思い付きのように傍若無人に振る舞うトランプ政権に対し、各国首脳も既に辟易としている観は否めません。しかし、米国国内、特に共和党支持者の間では、トランプ氏の「活躍」に喝采を送る声も大きくなっているということです。

 こうして、世界一の経済規模と最強の軍事力を背景に、(はた目には脈絡のないただの「やりたい放題」にも見えるほど)自由に振る舞うトランプ氏の行動原理は一体どこにあるのか?

 8月23日のYahoo newsでは、上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏が「自由貿易というアメリカの理想の後退」と題する興味深い論考を寄せています。

 氏は、トランプ大統領をして「自由貿易という秩序の(まるで)『壊し屋』」と評しています。

 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの脱退に始まり、北米自由貿易協定(NAFTA)や米韓自由貿易協定(KORUS FTA)の見直し協議など、トランプ政権は矢継ぎ早に、これまでにアメリカが作り上げてきた国際間の自由貿易の秩序を次々に壊そうとしている。

 関税を上げるなどの制裁をちらつかせ、各国と2国間協定で再交渉し、「不公正」を正していくのがまさに「トランプ流」だということです。

 3月に発表した鉄鋼やアルミニウムの輸入関税引き上げは既に他分野にも広がり、中国に対しては(知的所有権やハイテク機器など)中国の次世代産業のロードマップ「中国製造2025」に挙げられている分野を狙い撃ちにしています。

 イランやトルコなどのアメリカとの外交がこじれた(自分の言うことを聞かない)国家に対しては、関税引き上げで締め付け(周辺国にも協調を強いることで)経済的に追い込むのがトランプ氏のやり方だということです。

 例え同盟国であっても、トランプ政権が相手国に求めるスローガンはただひとつ、「公正かつ相互的な貿易取引(Free, Fair and Reciprocal Trade Deals)」というものです。

 実は、この「公正かつ相互的な」というのがやっかいで、アメリカが貿易赤字なのは「公正かつ相互的」でないからと考え、ルールを変えてでも赤字を減らそうというのがトランプ流だというのが前嶋氏の認識です。


 そもそも貿易収支は「貯蓄と投資のバランス」を示すもので、消費や投資が活発なアメリカが貿易赤字になるのは当然だと氏は説明しています。

 それを解消するのは難しいし、アメリカが貿易赤字になっても揺らぐ体質ではない。それにもかかわらず、現在のトランプ政権下の米国では「国家の富の源泉は貨幣の量であり貿易黒字を経済政策のポイント」とみなす、16-18世紀の重商主義的な遺物が復活しているという指摘です。

 トランプ氏が既存の貿易関係を破壊しようというのには理由がある。それは、グローバル化する世界経済の中で、アメリカ国内からの富が海外に流出しているという懸念がアメリカ国内で非常に大きくなっているためだと前嶋氏は言います。

 自由貿易の名の下「アメリカは自由なのに、他の国は不公正だ」とし、「(これまでの大統領は)アメリカ国内の多くの人々を犠牲にしてほかの国を富ませていた」というのがトランプ氏の主張です。

 確かに、半官半民の中国企業との合弁は技術移転を半ば強要されてしまい、知的所有権はないがしろにされているという指摘は多くの国からなされています。また、大規模に行われる政府による不透明な市場介入など、為替操作の疑いはいつも浮上しています。

 氏によれば、これがトランプ氏が(多国間交渉でなく)「取引」の結果が見えやすい二国間交渉を好む最大の理由だということです。特にトランプ氏の支持者の一部は、「自由貿易は経済的なテロだ」とさえ言い放っていると氏はしています。

 しかし、米国内の貧富の差は本当に自由貿易が生んだのかと言えば疑問の余地は大きいと、前嶋氏はこの論考に記しています。多くの識者は別の可能性を指摘しており、その中でも有力なのが、アメリカ国内の生産システムの変化だということです。

 自由貿易でほかの国に雇用が流出した部分よりも、米国内の生産工場の機械化や自動化のペースが速かった。その過程で職を失ったり、賃金が伸びなかったりした部分が大きいのではないかと氏は言います。

 さらに、米国内の経済の主役が製造業から金融サービスに変わり、合理化で雇用者数そのものが頭打ちになっていることの影響も大きいということです。

 (自由貿易に対する批判は一見わかりやすいけれど)こうして俯瞰的に見れば、グローバル化した相互依存経済の中で格差の原因がどこにあるのかを探るのは非常に難しいというのが、この問題に関する前嶋氏の見解です。

 自らのことは省みず、「悪いのは○○のせいだ」とスケープゴートを探しては血祭りに上げることにやっきになっているリーダーと、それに溜飲を下げ「トランプは良くやっている」と評価する支持者たち。

 トランプ大統領が何を持って「不公正」としているかはわかりませんが、既存の関係を破壊すること自体が目的化した(わかりやすすぎる)トランプ大統領の行動原理に対し、世界の指導者が「No!」を突きつける日が来るのもそう遠くないような気がします。




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