安倍晋三政権に始まり、菅義偉政権へと継承されていた「アベノミクス」。「大胆な金融政策」と「機動的な財政政策」、そして「成長戦略」の3つの政策(「三本の矢」)によって、「失われた20年」と称され低迷する日本経済の活路を開くとされていました。
中でも、今日まで引き継がれ最も効果があったとされるのが、「第一の矢」に位置付けられた大胆な金融政策です。これは、言うまでもなく日本銀行による継続的な量的緩和策を指し、具体的には日銀が積極的に国債を購入することでマネーを大量供給して市場にインフレ期待を生じさせようというもの。期待インフレ率が高くなると実質金利が低下するため、設備投資の拡大が期待できるとされてきました。
さて、その結果はどうだったのか。「黒田バズーカ」と呼ばれた立て続けの緩和策が打ち出されてしばらくの間は、(物珍しさもあって)為替市場や株式市場でインフレ期待が発生し、株高と円安がゆるやかに進んだのは事実です。しかし、2015年ころから物価は再びマイナスに基調に戻り、第2次安倍政権の末期からは新型コロナ禍もあってマイナス幅が大きくなっているのが現状です。
結局のところ、第一の矢は、黒田=日銀が目指した2%のインフレターゲットを打ち抜くことができなかった。パンデミックの反動もあってインフレが進む欧米諸国を尻目に、日本経済はいまだ沈黙を続けています。そうした中、コロナ対策が進んだことによる消費の拡大と産油国の生産量調整に端を発した原油価格の高騰が、日本を含む世界経済に大きな負荷を与え始めているのも事実です。
日本政府は、コロナで傷ついた消費(意欲)を物価の高騰から守るためとして、ガソリンの元売り各社に対し、販売価格の上昇に応じた補助金を交付すると発表しました。しかし、世界的な(そして構造的な)原油価格の高騰の前に、一時的な補助金の交付がどれほどの効果を上げるものなのか。
こうした状況を前に、作家の橘玲(たちばな・あきら)氏が『週刊プレイボーイ』誌に連載中の自身のコラム(12月6日発売号)に「せっかくインフレになりそうなのに税金を使ってまでデフレを維持しようとするのはなぜ?」と題する一文を載せているので、参考までにその概要を残しておきたいと思います。
「ガソリン価格の高騰」を抑えるために、岸田政権は石油元売り各社に補助金を出すことを検討している。しかし、こうした補助金は前例がなく、予算が数千億円規模になる可能性もあって、効果や公平性に疑問の声があがっていると橘氏はこのコラムに記しています。
この10年間、自民党政権は「デフレからの脱却」を掲げてきた。その事実を前に生まれる素朴な疑問は、「それなのになぜ、税金を使って価格が上がらないようにするの?」ということだと氏は指摘しています。
「インフレ」と一口に言っても「よいインフレ(デマンドプル・インフレ)と悪いインフレ(コストプッシュ・インフレがある」というのが一つの回答でしょうが、現実の経済ではこの2つを明確に分けられるわけではない。それ以前に、リフレ派が主張するように「デフレが諸悪の根源」であれば、どのようなインフレであってもデフレよりマシなはずだというのが氏の認識です。
そもそも、日銀の大規模金融緩和の目的は、日本国民に「インフレ期待」をもたせることだった。当初のリフレ派の説明では、日銀が「2%程度のインフレにする」と「コミットメント(不退転の決意で約束)」すれば、国民はそれを信じて「物価が上がるなら早めに買い物しなきゃ」と思うようになり、消費が活性化して実際に物価が上がり始めるとされていたと氏は言います。
ところが実際にやってみると、どれほど金融緩和しても物価はピクリとも動かなかった。そして、そうした状況が続いたことで、日本は世界中から外国人観光客が殺到する「なんでも安い国」になったということです。
なぜこんなことになったのか。橘氏はその理由を、国民の「デフレ期待」が強すぎて企業は値上げで消費者の怒りを買うことを恐れ、コストを価格に転嫁できなかったからだと説明しています。そうなると当然、企業は(利幅が小さくなるので)人件費を抑制してなんとか最低限の利益を確保しようとする。このため、日本はデフレと賃金低下の悪循環にはまり込んでしまったというワケです。
この罠から抜け出すには、企業が仕入れコストを商品価格に転嫁できるようにしなければならない。そうすれば名目上の売上も増えるので、人件費の引き上げも可能になると氏は続けます。
そう、そう考えれば、今回の原油高と円安は、長年の「デフレマインド」から脱却する千載一遇の機会となるはずだと氏はしています。しかし、それにもかかわらず政府は、税金を使って「デフレ期待」を維持しようとしている。「デフレと闘う」はずのリフレ派は、なぜこの“愚策”に沈黙しているのか(判らない)というのが、このコラムで橘氏の指摘するところです。
しかし、こうした政府の対応に関しそれ以上に疑問なのは、今回の原油高が、地球温暖化を防ぐ「脱炭素社会」を目指せば必然的に起きることだからだと氏は話しています。化石燃料への投資を減らして供給が減れば、当然、価格は上昇していく。一方、偏西風の帯域から外れ、モンスーン気候で日照率が高くない日本は、風力や太陽光など再生可能エネルギーの生産にコストがかかるのは仕方がないことだということです。
そうした中、原発に全面的に頼るようにでもしないかぎり、「二酸化炭素排出量ゼロを本気で目指せば、電気料金は2倍程度に上がる」と専門家も予想している。だとすれば、いまの価格上昇はこれから起きる「嵐」の前兆にすぎず、(ガソリン価格のちょっとした上昇に)こんな大騒ぎしていてはたして大丈夫なのか、不安は募るばかりだと橘氏はこの論考を結んでいます。
日本経済はこれから、エネルギー改革を発端としたグローバル経済の荒波にもまれ続けていくことでしょう。大国同士の地政学上の問題に加え、人権や環境、エネルギーや金融などの様々な要素が重なる中で、日本の指導にはこれまで以上に大胆かつデリケートな舵取り必要になるのだろうと、私も改めて感じたところです。
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