MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

#1878 なぜワクチンは嫌われる?

2021年06月15日 | 社会・経済


 高齢者への新型コロナウイルスワクチン接種がひと段落し、年少者への新型コロナウイルスワクチン接種が始まった自治体に対し、接種に反対する人々からの抗議の電話が殺到していると、6月14日の時事通信(iJAMP 21/06/14)が伝えています。

 ワクチンのリスクを過度に警戒する人たちがfacebookやツイッターなどで呼び掛け、集団で電話しているとみられ、中には脅迫めいた内容もあることから、対応に追われ業務が滞る自治体も増えているということです。
 京都府内のある町では希望した12歳が接種を受けたところ、町外から抗議電話が殺到。「10代は死亡事例がないのに必要はあるのか」「ワクチンの危険性を認識しているのか」といった内容のほか、「人殺し」「殺すぞ」と罵るものなどもあり、町は警察に相談したとされています。

 また、岡山県総社市では6月3日に市長が自身のツイッターに、市内小中学生への集団接種を早ければ7月にも実施すると発信したところ、6月11日までに電話で100件以上、メールで2000件以上の抗議が集中し、接種方針の見直しを余儀なくされたと報じられています。
 総社市の担当者によれば、抗議の内容は、「ワクチンの副反応より、コロナに感染する方が危険性が低いのになぜ打つのか」「打たない子に対する同調圧力でいじめが発生したらどうする」といったものが多く、こちらにも「地獄に落ちろ」「殺す」といったワクチン接種とは無関係な誹謗中傷が寄せられているということです。
 なお、総社市に抗議をしている人は首都圏を中心とした県外在住者が大半を占め、特に電話抗議の約8割は女性だとされています。

 「ワクチンアレルギー」という言葉はしばしば耳にしますが、(米国の一部の過激な人たちばかりでなく)この日本においても都市部を中心にワクチンに極めて強い忌避感情を持つ人というのが一定数存在していることが、こうした状況からは見て取れます。
 時事通信の記事によれば、早稲田大教授(科学技術社会論)の田中幹人氏はこのような人々の動きに関し、ワクチンに不安感を覚え副作用を警戒する人たちがSNS上で同じ意見の人の投稿ばかりを目にするうち、極端な反ワクチンの考えに陥っていくケースがあるのではないかと話しているということです。
 コロナ禍による社会不安やストレスもこうした動きが広まる背景にあると思われる。こうした場合、一方的に否定しても逆効果なので、不安を丁寧に聞き取りながら、正確な情報の発信を積み重ねていくしかないというのが氏の指摘するところです。

 普段は過激な社会行動を嫌う(ある意味「おとなしい」)日本で、それも都市部の女性たちを中心になぜこのようなワクチン忌避の動きが広がっているのか。
 (少し前の記事になりますが)3月8日の情報サイト「週プレNEWS」に、テレビなどのメディアで活躍する国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏が『一抹の不安。日本の「ワクチン嫌い」は実は世界トップ級?』と題する一文を寄せています。

 新型コロナワクチンについては、開発から臨床実験、承認までの異例の速さや、一時集中した副反応に関する報道などに「なんとなくの不安」を覚え、「できれば接種せずに済ませたい」と考えている人も多いはず。そもそも、世界的に見れば「反ワクチン(anti-vaccination)」の歴史は古く、宗教的な立場から接種に反対する思想の歴史は18世紀にまで遡ると氏はこの論考に綴っています。

 昨年9月に医学誌『ランセット』電子版に掲載された情報によれば、世界149ヵ国を対象にワクチンに対する信頼度を調査した結果、「ワクチンが安全」と答えた人の割合が少なかった3ヵ国は、モンゴル、フランス、そして日本だったということです。
 しかも日本では、ワクチンの有効性を疑う人の割合が非常に多い。それを考えれば、欧米のように過激な反ワクチン運動は目立っていないものの、厚い「潜在的ワクチン忌避層」が存在している可能性があるというのが氏の見解です。

 一方、日本では同調圧力がコロナ感染拡大を抑えてきたといわれるが、そんな空気でも「飲み歩かない」「会食を控える」といった"世間のルール"から逸脱する人が一定数出てきている。その背景には、「そんなもの守ったところで自分にはメリットがない」「社会からなんの分け前ももらえない」といった意識の広がりがあるのではないかと氏は指摘しています。
 そうした"暗黙の社会契約"が今後益々脆くなっていく中では、「ワクチンで集団免疫を」という考えに積極的になれない層が増えてきてもおかしくないということです。

 自身の感情、それも賛否が分かれるような事象に関する不安な感情を、(「本当はこういうことなんだ」とか、陰謀論のように「実はこういう裏がある」などと)肯定してくれるような情報に、人は「何かおかしいかも」とうっすら感じていても飛びつきたくなる。デマや偏見や差別は、そうやって社会に浸透していくと氏は言います。
 「潜在的ワクチン忌避層」もまた、接種はなんとなくイヤだという感情を後押ししてくれる情報なら、真偽が不確かでも同意(「いいね!)をしてしまうかもしれないということです。

 政府や科学者が正しい数字や確率を論理的に導き、安全性や有効性を説いたところで、ワクチンを忌避しているすべての人を納得させることは難しいだろうと氏はこの論考の結びに綴っています。
 感情的になった人を説得するためには、科学的な厳密さとは別の「温かみのある」コミュニケーションが不可欠だと氏は言います。「冷静に考えろ」「ゼロリスクを求めるな」といくら口にしても、そういう人たちの心にはなかなか届かないということでしょう。

 科学リテラシーの高い人ほど、そういうコミュニケーションが苦手なことが多いのもまた事実。メディアに携わる人たちには、その辺の事情をよく認識したうえで、大衆の不安をあおるような報道を(なるべくであれば)控えていただきたいものだと、改めて感じるところです。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿