MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1879 バブル崩壊を知らない子供たち

2021年06月16日 | 社会・経済


 日銀が5月17日に発表した資金循環統計によると、2020年末時点の個人(家計部門)の金融資産残高は前年末比2.9%増の1948兆円と、2年連続で過去最高を更新したということです。
 新型コロナウイルス対策として政府が1人10万円の特別定額給付金を支給する一方で、(政府の目論見とは裏腹に)自粛生活により多くの世帯で消費は手控えられ、結果として家計における現金・預金が増加したと見るのが妥当でしょう。

 新型コロナの影響で所得の大幅な減額を余儀なくされ、生活が困窮化を強いられる世帯が増加する一方で、ストックの蓄積がある世帯は(こうした中でも)順調に資産を積み上げている。結果として、家計の現金・預金残高だけでも4.8%増の1056兆円に達し、株価上昇に伴う評価額の上昇で投資信託は5.1%、株式等も0.7%、それぞれ増えているということです。

 バブル崩壊後の「失われた20年」と呼ばれる低迷の時代を過ごしてきた日本は、いつからこのような金融資産大国になったのか。

 昭和の高度成長期を通じて(10%を超える)高い貯蓄率で知られた日本ですが、21世紀初頭に起こったバブル経済の崩壊とともに貯蓄率は急激に低下しました。様々な資産が泡と消え「ゼロ貯蓄社会」の到来が叫ばれる中、以降2000年代半に至るまで、日本の家計貯蓄率は3%程度の低迷の時代が続きます。
 2009年にはいったん5%近くに戻しますが、リーマンショック以降の日本経済の落ち込みで2013年にはついにマイナスを記録。その後はアベノミクスの影響もあって持ち直しを見せ、定額給付のあった2020年は実に11.3%にまで達しているようです。

 話を個人の立場に置き換えると、出生率の低下と長寿化という双子のトレンドが年金不安と長生きリスクが顕在化させ、その結果として高齢者の貯蓄・資産保有の高止まりが起きているという状況も見えてきます。
 「積み立てNISA」や「i DeCo」など、政府もいよいよ本腰を入れて若い世代の「投資」の促進に力を入れているようですが、個人の資産形成が退職後の収入源として公的な社会保障制度を補完する傾向は、世代を超えて今後もさらに強まっていくことでしょう。

 こうした現状を踏まえ、5月25日の日本経済新聞の経済コラム「大機小機」は、「トラウマを知らない子供たち」と題する興味深い一文を掲載しています。

 2020年末には1948兆円に達し、2000兆円到達も目の前とされる日本の個人金融資産。一方、日本の家計の金融資産の54%程度は現預金で、しかも円で保有され、欧米のようにリスク資産に分散された状況と大きく異なるとコラムはその冒頭に記しています。
 リスクを取らない、リスクを嫌うという状況は、日本人の特性によるものや金融リテラシーの未熟さにあるとの議論も多かった。しかしこうした状況は、1990年前後のバブル崩壊を機に、資産デフレと円高のダブルパンチが加わった中での必然でもあるというのが筆者の認識です。

 バブル崩壊後の円高・資産デフレ下では円を現預金で保有するのは極めて合理的な手段で、間違っても外貨や株式で保有する状況ではなかった。こうしたバブル崩壊以降の「負の体験」、いわゆるトラウマが四半世紀近く続いたことを考えれば、リスクテイクを行うことを恐れる世代が生じたのも無理もないと筆者は説明しています。

 一方、実質的にアベノミクスが始まった2012年末以降の8年間の局面で、為替が70円台から100円台後半の水準に定着し、株式市場は日経平均が1万円割れから2万円台後半の水準に戻しているのも事実です。
 こうして現状は、株安・円高の状況から明らかに変わってきている。しかし、四半世紀続いたトラウマを引きずり、過去1年間で更に現預金が積み上がる状況は未だ変わっていないというのが筆者の見解です。

 こうした中、注目すべきは(バブル経済の崩壊を体験していない)「トラウマを知らない世代」だと筆者は言います。今日、20歳代の若者は社会人になって以降、アベノミクス相場の資産運用で成功体験しかない。同様に30歳代も金融危機以降に社会人になり比較的トラウマは少ないということです。
 これらの「トラウマを知らない子供たち」は、それ以前の世代と意識が異なることを認識する必要がある。実際、こうした世代が昨今、ネット証券を中心として口座を急増させていると筆者は指摘しています。

 現在、市場や社会の多数派は40歳代以上の世代となっている。そのうち40歳代を中心とした世代は就職氷河期に加え、バブル崩壊後の損失の経験が合わさっている。さらに50歳代以降の世代にはトラウマが直撃しており、若者世代との世代間ギャップは極めて大きいと筆者は言います。
 一方、物心ついたころからタブレットPCやスマホの中で育った若者世代のデジタルサービスハードルは低く、ペーパーレス取引への抵抗感も少ない。バブル崩壊のトラウマを持たない「デジタルネーティブ」の若者世代の台頭が起点となって、日本でも貯蓄から投資への流れが生じていく可能性を秘めているというのがこのコラムで筆者の指摘するところです。

 だいぶ昔の話ですが、よく知られたフォークソングに「戦争を知らない子供たち」というものがありました。「髪の毛が長い」「戦争も知らないくせに」と一人前扱いされなかった(当時の)若者が、「僕らの名前を憶えてほしい」と戦前の価値観をひきずる古い世代からの決別を唄う歌です。

 思えばバブル経済の崩壊から既に四半世紀以上の月日が流れ、気が付けば時代も環境も大きく変わっています。にもかかわらず、いまだに(心のどこかに)バブル崩壊のトラウマを引きずり、必要なリスクテイクに二の足を踏んでいるのが(昭和とバブルを知っている)私たち自身であることを、このコラムを読んで改めて思い知らされたところです。


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