MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1789 女性の社会進出と少子化

2021年01月19日 | 社会・経済


 社会の活力や社会保障制度の維持などの観点から、少子高齢化が経済社会にもたらすマイナスの影響が強く懸念されています。

 実際のところ2019年の日本の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む子ども数の近似値)は1.36まで落ち込んでおり、人口を維持するのに必要とされる2.07を大きく下回っているのが現状です。

 一般に、社会が豊かになればなるほど生まれる子供の数は減っていくとされており、これも(ある程度は)やむを得ないところなのかもしれません。しかしその一方で、急激な人口構成の変化は社会制度への影響も大きいことから、一定の歯止めや平準化が必要なのも事実でしょう。

 個々の子育てには「お金」も「時間」もかかります。そのコストを、だれがどのような形で負担するのかが、対策を考えるうえで重要な視点となるのは言うまでもありません。

 京都大学准教授の安井大真(やすい・だいしん)氏は日本経済新聞のコラム「やさしい経済学」(2020.12.15「家計の選択と少子化③」)において、特に子供が小さいときの育児には多くの時間を費やす必要があるため、現実に出産や育児の過程でより多くの時間を割くことになる女性の所得(や意識)が重要になると話しています。

 女性の社会進出が進み所得が高くなると、育児によって失われる機会費用も(その分)高くなる。出産の主導権を握る女性たちの逸失利益が増えることは、出産・育児への十分な抑制要素になり得るというのが氏の見解です。

 そこで、もしも「女性の社会進出」が現在の日本における少子化の主要な原因となっているのだとしたら、1960~70年代の高度成長期の様に女性の多くが専業主婦の時代に戻れば、生まれる子供の数は再び増えていくことになるのでしょうか。

 こうした疑問に対し2月17日のPRESIDENT WOMANに、ニッセイ基礎研究所の天野馨南子(あまの・かなこ)氏が「統計データが語る「女性の社会進出こそが少子化の元凶」はなぜ真っ赤なウソか」と題する興味深いレポートを寄せています。

 2015年の国勢調査結果をもとに女性の労働と子どもの有無について比較・分析すると、(意外に思われる人も多いかもしれないが)共働き世帯よりも専業主婦世帯の方が「子どものいない世帯」「子なし家庭」の割合が高くなっていると天野氏はこのレポートに記しています。

 その差はわずかに2ポイントほどだが、統計的にみて確実に言えることは「専業主婦のご家庭の方が、子もち世帯が多いはず」「共働き夫婦って、専業主婦家庭より子なしカップルが多そうだ」などというのは全くの思い込みで、事実誤認に過ぎないというのが天野氏の認識です。

 さらに、子供がいる家庭にしぼって見ても、専業主婦世帯で最も多いのは一人っ子家庭で半数の2世帯に1世帯を占めているが、共働き世帯では2人兄弟の家庭が最も多く、子ども3人以上の多子世帯も共働き世帯の方が高い割合となっていると氏は指摘しています。

 つまり、こうしたデータから判断できるのは、必ずしも専業主婦家庭の方が共働き家庭よりも子供を(より多く持つ)持つ意欲が高いとは言えないということ。それでは、なぜ、そうした(少し意外な)状況が起こるのか。

 もちろん、共働き世帯の方が(夫婦二馬力であるだけに)収入が多く安定しているということもあるのでしょうが、理由はそれだけでもなさそうです。

 安井准教授は前述のコラム(「家計の選択と少子化④」2020.12.16)において、女性の社会進出とこうした出生率の関係についても触れています。

 多くの先進国で出生率が人口維持水準を下回っているが、中でも特に出生率が低い国がいくつかあって、日本もその一つだと安井氏はこのコラムに綴っています。

 標準的な理論によると、女性の社会進出が進んでいる国ほど女性の所得が高く、子育ての機会費用が高く、(したがって)出生率が低くなっても不思議ではない。ところが、先進国の中で出生率の高い北欧などの国々は、女性の社会進出が進んでいる国々でもあるというのが氏の指摘するところです。

 氏はここで、米国ノースウェスタン大学のマティアス・ドプケ教授らによる研究結果を紹介しています。

 出産は親となる男女2人の「合意」が前提となるが、ドプケ教授らは、その合意が1人目の子どもに関しては比較的容易なのに対し、
① 2人目、3人目となるにつれて難しくなること
② 女性の方が早く反対の立場に回る傾向があること
③ 育児負担が女性に偏っている国ほどその傾向が顕著で、出生率が低いこと
などを発見したということです。

 出産に男女の合意が必須ならば、男女間の育児負担割合が実現する子どもの数に影響することになると安井氏は言います。そこで、どちらか一方が反対に回るまで子どもが増えていくと仮定すれば、負担が平等であるほど子どもの数は多くなるということです。

 もちろん、(少なくとも日本では)女性の方が育児の負担が大きいことが多いので、女性が「これ以上はもう大変」「もう無理」とどこで思うかがポイントになるということでしょう。

 育児の負担割合は、最終的には夫婦間で決める問題だが、それは生活する社会の影響を強く受けると安井氏はしています。

 男女どちらもが育休を取りやすい制度もあれば、そうでない制度もある。制度的には許されていても、それを利用しにくい社会規範が存在する場合もあるということです。

 さて、こうした「合意理論」は、有効な少子化対策を考える上で重要な視点を与えてくれるというのが安井氏の見解です。

 特に、女性が「もう一人子供を作りたい」と考えるうえで「ハードル」となっている要素を少しでも少なくすること。育児における女性の負担をどれだけ軽くできるかが鍵になるということでしょう。

 この論考において安井氏も、女性の意思がキーになっている現状を踏まえれば、女性をターゲットにした政策の方が効果は大きいと論じています。

 そうした視点を踏まえ、(本当に出生率を上げたいのならば)「単に子どもを授かった家計に補助金を配るより、母親がキャリアと子育てを両立できる政策を実施することが効果的だと考えられる」とこの論考を結ぶ氏の指摘を、私も大変興味深く読んだところです。



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