ロシアのプーチン大統領は5月9日の戦勝記念日式典に当たり、モスクワ赤の広場で演説し「ロシアにとって受け入れがたい脅威が直接、国境に作り出され、衝突は避けられなかった」と述べ、ウクライナへの軍事侵攻を改めて正当化したと報じられています。
およそ10分にわたる演説で、プーチン氏は「去年12月、我々は安全保障に関するさまざまな提案を行ったが、すべてが、無駄だった」とし、安全保障をめぐるロシアの提案を受け入れなかったと欧米諸国を重ねて批判しました。
また、ウクライナのゼレンスキー政権が核兵器を取得する可能性は明らかだったとして、「NATOの加盟国から最新兵器が提供されるようすを目の当たりにし、危険は日増しに高まっていた。(軍事侵攻は)必要で、タイミングを得た、唯一の正しい判断だった」と話したということです。
一部では「戦勝記念日を機に全面攻勢に出るのではないか」と懸念されたウクライナのロシア軍ですが、今のところその後も大きな動きは見られません。西側の武器供与の拡大などもあり、地域によっては膠着状態に陥ったともされるウクライナでの戦闘は、市民を巻き込んでどこへ行こうとしているのか。
記念日に先立つ4月27日、プーチン氏はウクライナでの軍事作戦に関し、第三国が脅威を与えようとした場合は「ためらうことなく電撃的な対抗措置を取る」と国際社会に向け厳しく警告しています。
プーチン氏は「ロシアは他国にない兵器を保有している。必要なら使う」として、核兵器使用も辞さない構えでウクライナへの軍事支援を強める欧米を強くけん制。(時を合わせ)外相のラブロフ氏も、核戦争の危機は「深刻かつ現実的で過小評価すべきではない」と発言しています。
こうして引くに引けないロシアの立場と、それに伴いいよいよ先が見えなくなってきた今後のウクライナ情勢に関し、4月29日付の英フィナンシャル・タイムズ紙が「核使用を示唆するロシア 見えない米国のシナリオ」と題する論考を掲載しています。
もはや事態は後戻りできない状況まで来てしまった。プーチン氏は、冷戦終結と同時に確立された「核兵器を使うという脅しはしない」というタブーを破った。そしてそのことで、私たちはまったく新しい世界に身を置くことになったと、筆者のエドワード・ルース(Edward Luce)氏はこの論考に綴っています。
大半の人が気づかないうちに、世界はキューバ危機以来の危険な事態に突入しつつある。50歳未満のほとんどの人は、核の脅威など20世紀の遺物だと思いながら成長してきた(のだろう)が、この数週間で核攻撃の応酬が現実のものになる可能性が浮上し、そのことが今世紀の平和にとって最大の脅威となっているということです。
プーチン氏の核の使用も辞さない構えの発言を巡る議論が一般の人にどう捉えられているかといえば、まさに「事態の意味する本質をよく理解している人は沈黙を貫く一方、よくわかっていない人ほどあれこれ発言している」という現状に集約されるだろうというのが、一人のジャーナリストとしてのルース氏の見解です。
プーチン氏を、負けが積み上がって明らかに不利なのに攻撃的な言葉を繰り出すことでポーカーのゲームから降りられない人のようだと見るのは簡単なこと。そう見る人は、(手の悪い)彼がどこかで折れざるをえなくなると思っているということです。
しかし、米国の国防総省を含む政府高官らは、そんな安易な考え方は全くしていないと氏はこの論考で指摘しています。
なぜなら、彼らの多くは、コンピューターシミュレーションなどを使った軍事演習を通して、現在の事態の深刻さをよく理解しているから。(彼らは)爆発力が低い戦術核でも、万一それを使うことになれば往々にして戦略核の応酬へと事態はエスカレートし、世界滅亡の日へと至りかねない危険性の高さをよく判っているということです
プーチン氏が核兵器を使う可能性が(ほんの)5%でもあれば、世界のほとんどの人にとって、これまで生きてきた中で最も危険が大きくなっていることを意味するとルース氏は話しています。しかも、4月下旬のプーチン大統領やラブロフ外相らによる一連の発言によって、その可能性は10%に上がったと考えてもよいということです。
さて、(考えたくはないけれど)そこに生じる喫緊の課題は、プーチン氏がウクライナで戦術核を使った場合、バイデン氏がどう対応するかだと、氏はこの論考の最後に記しています。
その場合、ミサイルを製造した場所(例えば工場)や発射拠点への通常兵器による攻撃が一つの選択肢となると氏はしています。しかし、ロシアの領土を(直接)攻撃するという選択は、場合によって致命的な事態の悪化を招き、制御不能に陥るリスクがあるというのが氏の認識です。
あるいは、ロシアに全面禁輸を科すと同時に、中国を筆頭に対ロシア制裁に加わらない第三国に二次的な制裁を科すという選択肢もあると氏は言います。しかし、この選択肢は対応としては不十分だと却下される危険があるということです。
2つの中間の選択肢として、ロシアの艦船を標的に攻撃する、大規模なサイバー攻撃を仕掛けるといった展開も考えられる。しかし、いずれもロシア軍の反撃がどのようなものになるかを推測しながらの選択肢となるというのが氏の指摘するところです。
ロシアによって本当に核兵器が使用された場合、世界はどのように対応するのか。既に私たちは、この問題を国際間でリアルに議論をしておかなければならない状況に置かれているということでしょう。
米大統領府がどんなシナリオを描いているのか我々には知るよしもない。ましてやプーチン氏の頭の中などわかるはずもないとルース氏は言います。しかし、(今現在)我々にとってこんなにも切迫している問題は他にないとこの論考を結ぶ氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。
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