英ロイター通信は1月2日、2024年の円債市場について「日銀によるマイナス金利政策解除を意識し序盤から金利に上昇圧力がかかる展開が予想される」と伝えています。
ただし、(同記事によれば)日銀がその後プラス圏への利上げを実施できるかどうかについては市場参加者の見方が分かれており、年央以降は長期金利の上昇幅は限定的とみる向きが多いとのこと。マイナス金利政策は4月に解除されるとしても、その後のプラス圏への利上げは(2024年中は)難しく、政策金利は当面ゼロ%で据え置き…というのが大方の市場関係者の見方だということです。
日銀の植田和男総裁は昨年末、都内での講演で「マイナス金利解除の時期」について聞かれ、(私も現場で聞いていましたが)「来年の春闘ではっきりとした賃上げが続くかが重要なポイントだ」と話していました。
つまり、まずは「賃上げ」、そしてその後に「金融政策の変更」という順番だということ。しかし、(識者の中には)そうした日銀の対応方針に異論を唱える向きもあるようです。一般情報誌「週刊ポスト」の1月1・5日号に、経済評論家でビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一(おおまえ・けんいち)氏が『日本経済を上向かせるのは「賃上げ」より「利上げ」』と題する論考を寄せていたので、参考までに概要を小欄に残しておきたいと思います。
日銀の資金循環統計によると、2023年6月末時点の個人金融資産は過去最高を大幅に更新する2115兆円に達し、初めて2100兆円を超えた。しかし、そのうちの52.8%、1117兆円を現預金が占めており、メガバンク3行の10年定期に預けたとしても年0.2%の金利しかつかないと大前氏はこの論考に綴っています。
もしも、この預金に年5%の金利がつけば、1117兆円に対する金利は年約56兆円にも上る。これはサウジアラビアの原油収入の2倍以上に当たる額であり、日本は世界でも稀に見るキャッシュの“埋蔵量”が豊富な国だと氏は言います。
ところが、そのキャッシュは雀の涙ほどしか金利がつかない銀行などの預貯金に塩漬け状態になっていて、メガバンクばかりが儲かる歪な形となっているというのが大前氏の指摘するところです。
カネ余りになったら、普通はそれを使うもの。世界を見渡しても、例えばアメリカ人は若いうちからフロリダやサンベルトなどの暖かい地域にセカンドハウスを買って貸し出し、リタイア後はそちらに移住するというライフスタイルが定着している。勤勉で質素倹約のメンタリティだったドイツ人も、近年では夏休みを1か月ぐらい取って海外で長いバケーションを楽しむようになっていると氏はしています。
しかし、日本人のライフスタイルは、30年以上も給料が上がっていないこともあって、慎ましいまま。日本は2023年の名目GDPでドイツに抜かれて4位に転落する見通しだが、ライフスタイルの豊かさでは(とっくに)ドイツに抜かれているということです。
日本では、個人金融資産の3割以上(=約650兆円)を65歳以上の高齢者世帯が現預金で保有しており、それが銀行預金などの“眠れる資産”になっているため景気が上向かないというのは周知の事実とのこと。金融庁が「老後30年間で約2000万円不足する」と試算した「老後2000万円問題」)などが国民の漠たる「将来不安」をいっそう募らせてしまい、実際は必要十分な個人金融資産を持っている高齢者も萎縮してカネを使おうとしないと大前氏は話しています。
一方、岸田首相は、経団連の十倉雅和会長や連合の芳野友子会長らとの「政労使会議」において、デフレ脱却のために春季労使交渉(春闘)で前年を上回る水準の賃上げを実現するよう要請。これを受けて連合は、2024年春闘の賃上げ要求水準を2023年の「5%程度」より表現を強め「5%以上」とする闘争方針を決定しています。
こうした状況に対し大前氏は、「もちろん働き手にとって賃上げは重要だが、政府主導の“官制賃上げ”ですべての企業・従業員の給料が上がるわけではない」と指摘しています。
しかも、厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、物価変動を反映させた9月の実質賃金は前年同月比2.9%減で、18か月連続のマイナスとなっている。つまり、政府が取り組むべき政策は「賃上げ」要請よりも「利上げ」で、650兆円もの現預金を持っている高齢層の財布の紐が緩んで市場にカネが出てきたら、すぐにデフレからも脱却できるというのが氏の見解です。
このままいけば、アメリカの高金利に引っ張られ確かに日本の長期金利も徐々に上がる可能性は高い。しかし、それだけでは根本的な解決策とはなりえない。これから日銀は積極的に金利を上げ、高齢層の個人金融資産というサウジアラビアの原油よりも豊かな“鉱脈”を掘り出さねばならないと、大前氏はこの論考の最後に綴っています。
もちろん、利上げを強行すれば、モラトリアム(コストのかからない借入れ)で延命されていたゾンビ企業は倒産するだろうし、利払いが増える国債のデフォルトによる国家破綻のリスクも高まるだろう。しかし、この綱渡りの金融政策と財政運営を乗り切らなければ、この国の明るい未来を切り開くことはできないと話す大前氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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