MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1646 京アニ事件 責任能力をどう問うか?

2020年06月13日 | 社会・経済


 昨年7月18日に発生し、平成以降で最悪の犠牲者を出した京都アニメーション第1スタジオの放火殺人事件で、捜査を進めていた京都府警は5月27日、アニメーターら36人を殺害した容疑などで青葉真司容疑者(42)を逮捕しました。

 青葉容疑者は、現場のスタジオにガソリンをまいて火を付けた際に自身も全身に大やけどを負い、逮捕当日の朝まで医療機関に入院していました。

 テレビニュースでも、ストレッチャーに乗ったまま大阪拘置所に移送される姿が大きく報じられましたが、世論の中には、これだけの被害者を出しておきながら容疑者はなぜ手厚い治療を受けているのかという批判の声も大きかったと伝えられています。

 現在、捜査当局は事件の全容解明に向け容疑者の取り調べを進めているとされています。とは言え、容疑者が既に事件への関与を全面的に認めていることもあり、今後は京都地裁に鑑定留置を請求するなどし、事件当時の容疑者に刑事責任能力を問えるかどうかを慎重に判断するものと考えられるところです。

 府警の発表によれば、青葉容疑者は捜査員とのやりとりには落ち着いた様子で対応し、「ガソリンを使えば多くの人を殺害できると思った」「当初は包丁で襲うつもりだった」など、大量殺人への計画性があったことをうかがわせる供述を行っているようです。

 しかしながら、過去に精神障害と診断され、近隣住民とのトラブルが絶えず、障害者手帳の交付も受けているという容疑者の経歴を考えれば、相当長期間にわたる慎重な鑑定が必要になることでしょう。

 刑法第39条は、「1 心神喪失者の行為は、罰しない。」「2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」と規定しています。

 その意味するところは、行為者に責任能力がない場合には行為者が違法行為をしたことについて非難することが出来ず、責任が認められないがゆえに犯罪は成立しないということです。

 「京アニに小説を盗まれたから火をつけた」という容疑者の供述が正気の沙汰でないことは誰にでもわかります。しかし、それが医療的観点からどこまで確認され、判例などに基づきどこまで法的に認められるかについては、今後の捜査や裁判の経過にかかっているということでしょう。

 犯行の動機は精神病による(本人に責の無い)「妄想」によるものなのか、それとも容疑者の暴力性がもたらした許されがたい犯行なのか。

 社会が注目する捜査の行方に関し、6月1日のYahoo newsに、元特捜部主任検事の前田恒彦氏が「京アニ事件、男の供述が捜査や裁判に与える重要な意味とは?」と題する論考を寄せています。

 前田氏はこの論考に、犯行の動機が了解可能なものか否か(つまり、話の筋道が通っているかどうか)が、責任能力の有無や程度を判断するうえで重要な要素の一つとなると記しています。

 事件直後の報道では、男が京アニの小説コンテストに応募した事実など「ない」といった指摘もみられた。もしそれが事実であれば、「小説を盗まれた」というのは男の完全なる妄想で、そうした虚実に基づく犯行ということになるから責任能力の認定が危うくなる。

 しかし、例えばその後の捜査により、男と同姓同名の人物がいくつかのコンテストに応募していてことごとく落選したといった事実が判明すれば、(これは妄想ではなく)何らかの事情によって強い思い込みを抱き、京アニへの恨みにつながったという可能性が出てくると前田氏は言います。

 容疑者はその主張として、彼の作品が京アニのどの作品にどのような形で盗作されたと言いたいのか、また、それに対して事件前に京アニ側にいかなる行動をし、関係者のだれからどのような対応をされたのか…このあたりが事件の鍵となるだろうということです。

 いずれにしても、検察は起訴前のいずれかの段階で裁判所に鑑定留置を求め、少なくとも数か月程度の時間をかけて精神科医ら専門家による精神鑑定を実施することになるだろうというのが前田氏の予想するところです。

 実際、刑法犯で検挙された者のうち精神障害やその疑いがある者が占める比率はわずか1.4~1.8%ほどに過ぎないが、これが殺人であれば12~13%、放火に限れば17~20%にも及ぶと氏はしています。

 このため、鑑定を依頼された精神科医らは、時間をかけて容疑者と面会し、問診や検査、心理テストなどによる検案を最善の注意を払いながら行うということです。

 そればかりでなく、鑑定者は、容疑者やその家族、友人、知人、隣人らの供述調書、通院していた精神科主治医らの供述調書やカルテ、前の強盗事件における供述調書、受刑中の生活記録などを分析し、生育歴、日ごろの生活態度や言動、犯行に至った経緯・状況、犯行後の行動などを踏まえ、鑑定を下すことになると前田氏は説明しています。

 殺人などの重要犯罪の場合には、そうした作業を行うために、鑑定人から1年近い鑑定留置期間を求められる場合も多いようです。

 さらに、起訴された場合、改めて弁護側からも再鑑定の請求がある可能性も高い。そうした長い検証機期間を考えれば、正確な精神鑑定を行うためにも(犯行からなるべく時間を置かない)捜査段階における男の供述の見極めが重要な意味を持つというのが、現在の状況に関する氏の見解です。

 さて、容疑者にとってみれば、自らの供述がムチャクチャであればあるほど、意味が通っていなければいないほど無罪となる可能性が高く、逆に理路整然としていればいるほど罪を問われる可能性が高まるというのも皮肉な話です。

 被害者遺族にとってみれば、彼らの愛する人が何の落ち度も理由もなく殺されたという方が、やり場のない悲しさに苛まれる結果をもたらすことでしょう。

 それが法律である以上、受けとめなければならないことは理解できても、その結果として生まれる無念とわだかまりの感情は誰にも否定できないものであろうと、私も改めて感じるところです。



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