12月6日、食料安全保障について検討する農林水産省の有識者会議が、有事や異常気象などによる食料危機を想定した対策をとりまとめたとの報道がありました。
対応案では、有事に予想される事態の進行に合わせ、①食料が不足するおそれが生じる場合、②コメや小麦などの供給量が2割程度減る場合、③国民1人あたりの供給熱量が最低限必要な1900キロカロリー(1日)を下回る場合、の三つの段階を想定し、それぞれ必要な対策を整理しているとのことです。
(その内容は)①の段階で首相をトップとする対策本部を設置し、増産や輸入拡大を要請する。②の段階では、国民生活に支障が生じる事態を「宣言」したうえで、農家に対して二毛作などによる増産、商社には輸入増の計画の策定を指示し実施させる。そして③の段階に入った場合には、農家にカロリーの高いイモや穀類への作物の転換を指示し、休耕地の耕作を求めるとしています。
農林水産省の試算では、日本の食料自給率は平時であってもカロリーベースでおよそ38パーセント(令和3年度)と、「安全」には遠く及びません。過去最低だった前年度を1ポイント上回ったものの、前の年度から横ばいとなり低い水準にとどまっているということです。
一方、2030年度までに食料自給率を(カロリーベースで)45%まで引き上げるとする政府目標を変更する動きは(少なくとも「今のところ」)見られません。農林水産省は、「依然として目標に向けてかい離があり、麦や大豆といった自給率が低い作物を伸ばすなど達成に向けた取り組みを続けたい」とコメントしています
農地の減少や、少子高齢化に伴う農業従事者の減少や高齢化といった問題が山積する現在、早急の対策が求められているのは言うまでもありません。果たして、日本の食料自給率向上に向けた試みは、「絵に描いた餅」に終わるのか。
12月1日の総合情報サイト「PRESIDENT ONLINE」に、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹で元農林水産省農村振興局整備部長の山下一仁(やました・かずひと)氏が、『農家の高齢化で、日本人に餓死の危機」はウソである…専門家が「むしろ農家はもっと減らすべき」と説くワケ』と題する論考を寄せていたので、参考までに(この機会に)概要を小欄に残しておきたいと思います。
2023年11月26日のNHKスペシャルが「シリーズ 食の“防衛線”」と題し、農業収益の減少や高齢化による農業労働力の減少によって2040年には米の生産が需要を賄えないほど大幅に低下すると報じていた。だから現在の米農家を保護し農業生産を確保すべきということだが、これは間違っているだけでなく、コメ政策の根本的な問題から国民の目を逸らすものだと山下氏は(専門家の立場から)厳しく批判しています。
食料自給率が38%で海外に6割以上を依存している日本。NHKスペシャルはこうした点を衝き、日本の農業を保護するため農家戸数の減少を食い止める政策の必要性を訴えた。しかし、本当にそれで日本の脳号は救われ食料自給率は反転するのだろうかと氏は疑問を呈しています。
農業を議論する人たちに共通の問題がある。それは、土地を多く使用するコメや小麦などの農業と、土地よりも労働が必要な野菜や果樹などの農業を同一視してしまいがちなことだいうのが氏の認識です。
両者は、自然や生物を相手にするという点で共通しているが、実際は生産も経営も全く異なる。イチゴやブドウ農家は(現在でも)多くの労働を必要とするが、例えば機械化が進む米作は、標準的な1ヘクタール規模なら年間27日だけの労働で十分な収穫が得られるということです。
現在の米作は、平日会社勤めをするサラリーマンが週末田んぼに出るだけですむ最も手間暇のかからない農業になっている。そして、さらに規模が大きくなれば、面積当たりの労働時間はいっそう減少すると氏は言います。
今の農家が高齢化し、農業の跡継ぎがいなくなって農家人口が減少。耕作放棄地が増え農業生産が減少するとすれば、問題は農業収益の低さにある。これを解決するには、農業収益を高めればよいというのが氏の見解です。
コメのような土地集約型の農業では、規模が拡大すると大型機械で効率的に作業・生産できるのでコストは下がる。所得は売り上げからコストを引いたものなので、規模拡大によって所得は増加するため、経営は十分に成り立つと氏は話しています。
都府県の平均的な農家である1ha未満の農家が農業から得ている所得は、(恐らくは)ゼロかマイナス。ゼロが30戸集まってもゼロのままだが、30haの農地がある集落なら、1人の農業者に全ての農地を任せて耕作してもらうと1600万円の所得を稼いでくれる。これをみんなで分け合った方が、集落全体のためになるということです。
農業で生計を立てている主業農家は日本の農家全体のわずか9%に過ぎない。日本の米作りの最も大きな問題は、規模の小さい非効率な兼業農家が多すぎることだと、氏は改めて指摘しています。で、あれば、その経営改善には規模拡大が必要となる。農地面積が一定で一戸当たりの農家規模を拡大するということは、農家戸数を減少させるということだということです。
一方、山下氏によれば、先のNHKスペシャルでは、米価(60キログラム当たり)は、1995年まで食糧管理制度で政府がコメを買い入れていた時代の2万1000円から年々下がり、今では1万4000円になっていると指摘しているとのこと。農業保護が少なくなって農業収益が落ちたので、農業者数が減少し耕作放棄が増えたのだと言いたいのだろうが、農業収益を上げるために農業保護を高めろという主張は安直に過ぎると氏は(こちらも)手厳しく批判しています。
米価を上げれば消費者が、補助金を上げれば納税者が負担する。つまり、国民の負担増加に跳ね返るのであって、(国民負担を高めるのではなく)規模拡大でコストを下げて農業収益を上げるという王道は、番組内ではついに触られることはなかったということです。
農業就業者数が減少して供給が不足しているのであれば、米価は上昇しているはずなのに、NHKスペシャルが指摘するように、実際はその逆。米価が下がっているということは、(農業就業者数は減少しているにもかかわらず)供給が需要を上回って推移していることの証左だと氏はこの論考の最後に指摘しています。
そうした市場の状況から見ても、将来農業就業者数がさらに減少しても、コメの供給に心配いらない。NHKスペシャルが一生懸命指摘しようとした問題は、そもそも存在しないと話す山下氏の主張を、私も大変興味深く読んだところです。
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