「米国第一」を掲げるトランプ次期大統領が高関税の発動など保護主義政策の乱発を予告し、かつて国際協調をリードしていた超大国の面影はすっかり消えた。とりわけ懸念されるのは、自国最優先の米国に振り回され、世界経済が抱える「格差と分断」の問題が一段と深刻化する事態だ…と、12月5日の毎日新聞が伝えています。(『「米国第一」と世界経済 格差と分断、「負の連鎖」懸念』)
実際、米国における上位1%および下位50%の所得が国民所得に占める割合は、1980年には上位1%が1割強、下位50%のが約20%だったのが、2019年における上位1%の所得の割合は約19%以上で下位50%はわずか約13%と、40年間でほぼ逆転している由。(資本主義の副作用ともいうべき)こうした状況を是とする「米国流」が蔓延すれば、格差は全世界の倣いになるということでしょうか。」
そもそも、こうしたとんでもない格差はなぜ生まれるのか。総合経済誌『プレジデント』の11月1日号に明治大学教授の飯田泰之(いいだ・やすゆき)氏が、『日本人は「豊かな3割」と「生活が厳しい7割」に二分される…欧米とは異なる「不気味な日本の格差社会」』と題する興味深い論考を寄せているので、参考までに指摘の一部を小欄に残しておきたいと思います。
1980年代から2000年代にかけて、経済学やメディアの多くは、「格差」の問題をやや軽視していたきらいがある。特に90年代以降のアメリカ経済の持続的な発展の中で人々の関心はもっぱら「成長」に集まり、「格差」の議論は古い話題という感覚があったと飯田氏はこの論考に記しています。
そんな中、格差というテーマに正面から取り組み格差のメカニズムを明らかにしたのが、トマ・ピケティが著した『21世紀の資本』。歴史的なものも含め経済データをとにかく地道に集め、複雑な分析手法も使わずただグラフ化して見せることで大きな注目を浴びたということです。
ここでピケティが導き出したのが、有名な「r(資本収益率)>g(経済成長率)」という不等式。「資本収益率」とは、不動産や金融資産などのストックから得られる利益率。一方、「経済成長率」は平均所得の成長率とほぼ等しく、労働者の収入の伸びと同義だと氏は説明しています。そして、その(不等式の)意味するところは、「資産家の財産の伸び率」は「賃金労働者の収入の伸び率」よりも大きく、何もしなければ格差は必ず拡大していくことだということです。
それまで経済学の常識は、経済成長が進むと労働力が不足して賃金が上がり、どこかをピークにして格差が縮小していくという理論(「クズネッツの逆U字仮説」)というもの。戦後から80年代初めまでの経済データを見ると、この理論はしっかり当てはまっており、信頼されていたと氏は話しています。
ところが、もっと長い数百~数千年の歴史の中で見ると、経済成長とともに資産家と賃金労働者の格差は拡大しており、戦後の数十年間はむしろ例外でしかなかった。ピケティはそのことを(理論ではなく)現実のデータで示したということです。
では、この問題をどのように解決すべきか。ピケティは単純に資産税や累進税を導入し、経済的弱者の生活を支えるべきだと唱えたと氏はしています。60年代から80年代にかけて格差が縮小したのは、今よりもずっと強力な累進課税や相続税やインフレがあり、それを経済的弱者に再分配していたから。それだけ課税しても経済は成長したし、各国が協調して課税強化すれば、富裕層の流出も起きないというのがピケティの考えだという事です。
さて、飯田氏によれば、『21世紀の資本』では、ヨーロッパ型とアメリカ型の2種類の格差が取り上げられている由。そこでは、ヨーロッパ型の格差は相続資産のある資産家と一般人の格差(ストックの格差)、アメリカ型の格差は年収何十億円のようなスター経営者と一般労働者の格差(フローの格差)に基づくとされています。
一方、日本については、アメリカやヨーロッパとは事情が異なるというのが飯田氏の認識です。さまざまな経済指標を見ても、日本は欧米の主要国に比べて格差が小さい。ピケティのレポート(2022年)を見ても、上位1%の富裕層が国内の富の何%を持っているかを示す「1%占有率」は、日本では24・5%に過ぎず欧米諸国に比べ(かなり)低めだということです。
ともあれ、日本の格差の(一般的な)要因の一つに、日本でまだまだ根強い年功序列型の賃金体系があると氏はここで指摘しています。特に会社勤めの場合、20代と50代の間で給与に差があり、それが計算上は格差として表れてくる。ただ日本において、これは「不当な格差」というより、一般的な雇用慣行として受け止められることが多いということです。
その一方で、日本には「豊かな3割と厳しい7割」とでも言うべき格差が存在すると氏は話しています。イメージとしては、「持ち家あり・親を支援する必要なし・年収800万円」の世帯と、「不動産なし・親は低年金・本人は非正規ないしは賃金が低くて年収300万円」の世帯の差というもの。欧米型格差と異なり、極端な富裕層の存在が貧困層を苦しめている…とは言いづらいが、差は小さくとも、むしろ差が小さいからこそ(これは)深刻な格差として受け止められるというのが氏の指摘するところです。
日本型の格差に、「再分配すれば問題が解決する」という話はない。世帯年収が1000万円に届かない世帯まで税の累進性を高め、それを再分配するという方法はなかなか正当化されないし、日本型格差を是正する方法は慎重な検証が求められると氏は言います。とはいえ、「豊かな者がより豊かになる」という現象は、この日本でも起きている。近年の東京では、1部屋100億円などと言った法外なプライスタグを付けた超高級マンションまで売り出されているということです。
さて、『21世紀の資本』の発売から約10年。氏によれば、ピケティが指摘した資産家と賃金労働者の格差は、今なお拡大プロセスにあるということです。しかしその一方で、ここにきてそれがまた反転し、格差の縮小が起きる可能性も見えてきたと氏はこの論考の最後に記しています。
その大きな要因は、「グローバル化の反転」というもの。1960年代から80年代にかけて欧米諸国で格差が縮小したのは、各国が今よりずっと強力な再分配策を(高所得層を含む世論が許し)実施していたから。その背景あったのが、当時のソビエト連邦を中心とした社会主義/共産主義諸国との対抗関係だったと氏は説明しています。
そして現代、ライバルとしての中国の台頭は、西側諸国の人々が再分配というテーマに改めて目を向ける大きな契機になってもおかしくないと氏は言います。中国との関係が対立的になる中で西側諸国が製造業の国内回帰を進めれば、各国で人手不足が起き、賃金が上がっていく。そこを契機として、60年代から80年代にかけて「クズネッツの逆U字仮説」を支えたメカニズムが、再び動き出すかもしれないということです。
先の選挙で大勝したトランプ新大統領の唱える「MAGA」や「米国一国主義」が(もしかしたら)雇用者の大幅な賃金の上昇を招き、所得の再配分が進んで格差の縮小につながることもあるという事でしょうか。
にわかには信じがたい話ですが、もしもそんなことになれば、この日本もそうした波に乗り遅れることなく(政界財界を挙げて)さらにしっかり賃上げを進められるよう政策展開していく必要があるのだろうなと改めて感じたところです。
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