たしかなこと 2 (14)
それから4日が経った
空を見上げると空が暗くなり雨が降りそうな空模様に変化していた
そういや今朝は天気予報を見るのを忘れていたな…
香さんはいつも僕が雨に濡れないようにと気にかけ僕に傘を持たせてくれていた
今日は傘を手渡されなかった
出勤前のキスも旅行の朝からずっと無い
当然だろうけどこんなに香さんに触れることさえできないのは初めてだ
昼休みになるとインスタの投稿写真の話をしながら女性社員が部屋を出て行った
インスタか… しばらく見てないな
香さんの個人用のアカウントの方を久しぶりに開いてみた
旅行から帰った日に更新している
実家から投稿したようだった
旅館の食事や土産物の写真
香さんらしく食べ物の写真が多いな(笑)
「なっ!」
なんだ!?
部屋の露天風呂に浸かっている姿
こんな写真 僕は撮っていない
セルフタイマーで自撮りをしたのか
こんな、、肩が丸見えじゃないか
即刻、削除させないと!
でも わざわざセルフタイマーを使ってまで撮る必要なんてあったのか?
僕に声をかければ撮ってあげたのに
(もちろんSNSへの投稿は許可しない!)
写真や投稿記事はまるで独身女性が一人旅を満喫しているかのようで
僕の存在を感じさせる写真は一枚も投稿されていない
… 香さん
香さんに電話をかけた
「インスタの画像っ、あれは、」
あっ、つい大きな声になって
慌てて周囲に人がいないことを確認した
「(あれ、なんですか?あんな、あんな、肌が丸見えの写真今すぐ削除してください!変な奴があれを見てたらどうするんです!) 」
『顔は載せてませんけど。』
「(僕が嫌なんです。それと、帰りに買って帰るものがあればメールください。)」
『じゃあ、、メールします。』
メールには
“あの画像、イイ女風に写ってませんか?それと帰りに会社近くのケーキ店でプリンをお願いします。”
君は不特定多数からイイ女に見られたいのか?
“とにかく削除してください。食べたい物、了承です”と打って送信した
「プリン、ね。」
「プリン… ?」
ん!?
振り返ると部下の梶君(男性)だった
「(ゴホン!) … 何か?」
「先程、田所部長から内線がありました。一応デスクにメモも貼ってありますけど。」
「あぁ、ありがとう、、」
「部長にプリンとか似合いませんね(笑)」
「私が食べるためではないですよ。」
あ、、何を真面目に答えてるんだ
「なら笹山さんなんですね(笑) 白川部長は家庭では違う顔なんですね(笑)」
「田所部長に内線しなければ、、」
そそくさとデスクに戻った
ーーー
一日中降り続いている雨は退社時間になっても止まなかった
駅までタクシーを使うか…
「部長、駅まで一緒に行きますか?」
傘を手に持った梶君だった
「男の傘ですみません(笑)」
いや、男の方が気が楽だ
「すまない、じゃあ遠慮なく。ああ、駅近くのケーキ店までで良いですから。」
「プリン買って帰るんでしたね(笑) 付き合います(笑)」
「コホン!」
照れくさいな
梶君はとても仕事ができる男だ
きっとこのまま順調よくいけば出世をしていくだろう
爽やかでイイ男だし彼を狙う女性も多いように見受けられる
「部長は笹山さんとご結婚されてどうですか?」
「どう、とは。」
「僕、もう30半ばだし、田舎にいる親がお前は結婚を考えてる相手なんかはいないのかってうるさくて(笑)」
そうか
梶君はそんな年齢だったか…
「で、相手はいないと?」
「今は(笑) 好きだった人は会社辞めて結婚しちゃって。」
「そう。うちの会社?」
「ええ、まぁ… (笑)」
ん? 口ごもった?
「あの、笹山さんは、、お元気ですか?」
「元気ですよ。」
「そうですか… 良かった(笑)」
… 辞めて結婚した社員って
まさか
「部長は奥さんにプリンを買って帰るような夫をしてるんですね(笑) ほんと意外ですね(笑)」
「そうですかね。」
「僕、今だから言いますけど、笹山さんのこと好きだったんですよね(苦笑)」
ーー あぁ
やっぱり そうか
梶君は困ったような笑顔で眉尻を下げ頭を掻いた
「いつも一生懸命で明るくて笑うと小さくエクボができる所とか可愛かったなって。」
香さんが好きだったと夫の僕に告白している
今更どうしたいんだ...
「時々、何かでヘコんでる時も時々ありましたけど(笑) 僕が助けてあげたいと思っても自力で何とかがんばりますっ!って(笑) そこは彼女らしくてたくましくて健気で。何度もグッときてました。ははっ(笑)」
いくら過去の話だとしても
気分の良い話じゃない
でも…
香さんが時々ヘコんでた?
梶君は気付いていたのか
気付けなかった自分が少々情けなく感じる...
プリンの店の前に着き梶君もプリンを購入すると言うので傘の礼として彼の分も一緒に購入してまた駅へと向かった
「これ(プリン) ありがとうございます(笑)」
駅で梶君と別れた
爽やかな笑顔で少し頭を下げた
ーー 彼女が退職してから何年も経ったのに
どうして今更あんなことを僕に告白したんだ
宣戦布告ならもう遅い
香さんは僕のものだから
ーーー
帰宅すると香さんは喉に手をあてて眉間にシワを寄せた
「喉が痛い? 熱は、」
何気なく触れようとすると後ろに身を引いた
今 露骨に僕を避けた…
「熱はないので大丈夫です。熱が出る時は突然ですけど、わかるので。これくらいなら大丈夫です。ご飯先に食べますか? お風呂入ります?」
「あぁ~ 、、えっーと、、香さんは?」
「私は先にお風呂入りましたから。」
「お風呂に入って大丈夫なんですか?えーっと、、じゃあ香さんと晩ご飯食べようかな!着替えてきますね(笑)」
ーー爽やかに笑ってみたけれど
スーツのジャケットを脱ぎながら
「はぁーーっ … 」うなだれた
ショックだ…
あんなに露骨に避けられるのは流石に堪える…
その後も いつものように食事をし、僕が風呂に入っている間に香さんは食器を洗って
風呂から上がると香さんはテレビを見ていた
今夜は香さんが好きなアーティストのカイ君とやらが歌番組に出ているようで録画を見返してご機嫌の様子
僕が然り気無く香さんの隣に座ったら
香さんは「プリン食べます?」と立ち上がり冷蔵庫に向かった
「そう、、だね、、(笑)」
また僕を避けた…?
「はい、どうぞ(笑)」
プリンをテーブルに置き
香さんは僕との間にクッションを置いた
こっ、こんなのおかしいだろう!?
明らかに不自然だ!
「あの、香さん…?」
「ふふっ♡♡♡(笑)」
テレビ画面に映る大好きなアーティストを見ながら嬉しそうに微笑んでいる
僕もテレビ画面を見た
カイ君のどこが良いのだろう…
ジェネレーションギャップを感じる
“ジェネレーションギャップ” なんて言葉 今どき使わないかもしれないけれど
「カッコイイなぁ ♡」
僕にはみんな同じ顔に見える...
それだけ僕はオジさんだってことだな
香さんは嬉しそうにテレビの中のカイ君を見つめている
その笑顔
僕にはくれないのか?
香さんとの間に置かれた邪魔者のクッションを睨んだ
こいつが邪魔!
これは “まだ私は腹を立てている” という表現のひとつなのだろうか
それともまさか “僕に触れるのもイヤ ” というアピール?
もう何日だろう
こんなに露骨に嫌がられるなんて
さすがに傷つく…
邪魔者のクッションを退かそうと然り気無く持ち上げかけると香さんはすかさずクッションをまた元の位置に戻した
えぇっ!?
「ふふっ♡♡(笑)」
大好きなカイ君を見てる
テレビを見てるのかコッチを気にしてるのかわからん!
複雑な表情の僕に香さんは突然
「プリン食べないんですか?(笑)」と笑顔を向けた
突然の笑顔にびっくりした
「えっ!食べるよ、、」
プリンを手に取った
今夜こそ然り気無く…
後ろから肩に腕を回しかけると
「まだ寝ませんか?」と聞かれた
良し来た!チャンス!
「寝ましょうか!(笑)」と意気込んだ返事をした
「では先に寝てください(笑)」とサッと立ち上がりキッチンに向かった
そうだった
香さんにはルーティンがあったんだ
洗った食器や鍋を拭いて全て棚にしまってから寝るルーティン
「僕も手伝うよ、」
「大丈夫ですからぁ!(笑)」
“だから近寄るな!” と表情で言われたような威圧感すら感じる満面の笑顔に圧倒された
「… じゃあ、先に寝るよ、、」
うなだれて一人寝室に向かった
あの笑顔
なんか凄く恐い…
そんなに僕がイヤなのか?
嫌いになってしまった?
それだけまだ内心は怒り心頭だってこと?
ショックだ…
あっ、寝室のドアが開いた
心臓が… バクバクしてきた
今夜こそ 少し触れるだけでも…
できればぎゅっと
隣を見ると香さんは背中を向けて横になっていた
背中にそっと触れようとしたら
「はぁ~ … 」
香さんが大きな溜め息をついた
ただ少し触れるだけなのに
たったそれだけなのに
隣に寝ているのに遠い…
切なすぎて僕が溜め息つきたいよ
ん? 香さんはなんの溜め息なんだ?
愛想も尽きた
なんてことないよな…
最後に香さんを抱いたのはいつだったかな…
うっ、、考えない 考えない!
無理矢理でも抱きたくなってしまう
いかんいかん、、
寝よう …
ーーー
ーー 翌朝
行ってきますのキスがしたい
でもやっぱり拒まれるんだろうな…
そんなことを考えている内にもう出掛ける時間になってしまった
靴を履き 鞄を手に持った
「あのっ、香さん、」
笑顔で小さく手を振られた
「いってらっしゃい(笑)」
あ…
「い、いってきます… 」
また今日も出勤前のルーティンだったキスができなかった
でもいい
笑顔で送り出してくれるだけで …
寂しいけど…
ーーー
それから更に一週間
明日は休日だ
いまだ香さんに指先すら触れさせてもらえず
もうそれが当然のような空気になってしまった
こんなの
いつまで続くんだ ーー
「いってらっしゃい(笑)」
ルーティンのように僕に小さく手を振った
「いってき… 」
ーー やっぱりこんなの嫌だ
「忘れ物?」
「貴女はもうすっかり忘れてしまったのですか?」
「え?」
「貴女はいつまで僕にお預けをくらわせるつもりなんですか。」
意味がわからないように目をパチパチさせている
香さんが逃げないよう頬を両手で包み強引に唇を奪った
「これでも全然足りないよ」
強く抱き締めた
「毎日毎日貴女が欲しくて堪らないのに、、ずっと触れられなくて、僕にも限界はあるんですから!」
香さんは顔を赤くして戸惑った表情をしていた
「今夜は覚悟をしておいてください。今までお預けくらった分だけ、僕が満足するまで貴女を抱き尽くしますから。」
耳まで赤くした香さんの頬を撫でた
「そんな可愛い反応されると、、今すぐにでも抱きたくなるじゃないですか(笑)」
愛おしくてまた抱き締めた
「それじゃ、 いってきます(笑)」
真っ赤な顔で何も言えず硬く口を閉じて小さく手を振る香さんに挨拶をして玄関の扉を閉めた
僕は浮かれて緩む自分の頬を軽く叩き
小さくガッツポーズをした
最近の貴女は以前のように屈託の無い笑顔がない
でも本来よく笑うとても可愛い人だ
あの笑顔をまた毎日見たい
貴女を好きになるまで
僕はずっと仕事一筋だった
仕事には充実していたけれど何か足りないとずっと感じていた
そんな僕の世界を色鮮やかな世界に変えてくれたのは香さんだった
全力疾走をした訳でもないのに
壊れたように強く打つ心臓の鼓動も香さんに恋をして初めて感じた感覚だ
一緒に暮らすために
ワクワクしながら一緒に荷物を運び
香さんは意外と力持ちで気がつくと重い荷物も一人で持ち上げていたことに驚き
荷ほどきが済んで香さんの荷物と僕の荷物が一緒に並んでいるのを見て 一緒に暮らすことを実感し
それが僕の
男としての覚悟と責任に変わったことも
これからずっと一緒に幸せになろうと
心の中で強く思ったことも
いろんな出来事
いろんな想い
全て覚えている
香さんとはいろんな思い出がある
どれも全て大切な思い出だ
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